第15話:父の遺志を継ぐ者
轟音。閃光。そして全てを飲み込む絶対的な沈黙。
分厚い隔壁の向こう側で父であるアキトがその命を燃やし尽くした。
その現実は探査隊の心に永遠に癒えることのない傷として刻み込まれた。
彼らは走った。ただひたすらに。
崩れ落ちる天井、火花を散らす配線、そして施設の崩壊する音が地鳴りのように響き渡る。その全てを背に彼らは光を目指して走り続けた。
ケンは眠るティアをしっかりと背負い、ガンナーが仲間たちを守るように最後尾でライフルを構え続ける。ザイン隊長は皆の先頭に立ち、瓦礫を蹴散らしながら道を切り拓いていく。
そしてリラはKMSのナビゲーションを頼りに泣きながら、それでも必死に地上へと続く最短ルートを叫び続けていた。
どれほどの時間走り続いただろうか。
やがて彼らの行く手の暗闇に微かな外の光が差し込んできた。
「……出口だ!」ケンが叫んだ。
彼らは最後の力を振り絞り、その光へと、なだれ込むように飛び出した。
そして彼らは再び赤褐色の荒野へと生還した。
施設の崩壊音もガーディアンの脅威ももう届かない。ただ鉛色の空の下、荒涼とした風が彼らの体を吹き抜けていくだけだった。
彼らは生き延びたのだ。
その場にへたり込むように座り込んだ探査隊。
アドレナリンが切れ全身を襲う疲労感と共に、今改めて仲間を失ったという絶対的な喪失感が彼らの心を支配した。
「……アキトさん……」
ケンがその名を呼び声を詰まらせた。
リラはもう涙をこらえることができず顔を覆って静かに嗚咽を漏らした。ザインもガンナーもただ天を仰ぎ固く目を閉じるだけだった。
絶望的な静寂の中、それまでガンナーの背で眠っていた意識のないシンがうめき声と共にゆっくりと瞼を開いた。彼の生命はティアの力によってかろうじて繋ぎ止められていたのだ。
「……ここは……」
かすれた声でシンが呟く。
「シン!気がついたのね!」
リラが彼の体に駆け寄った。
「みんなは無事か。リラ、ザイン、ケン、ガンナー……父さんはどこだ……?」
シンの問いに誰もが答えることができなかった。その沈黙が何よりも雄弁に残酷な真実を物語っていた。
全てを悟った。
シンはよろめく足で立ち上がると、彼らが出てきたばかりの施設の出口を振り返った。そこはもう瓦礫の山に埋もれ二度と入ることはできない。
父は、もういない。
そのあまりにも単純であまりにも残酷な事実が、シンの心を完全にへし折った。
「……父さん……俺は……俺はあんたに何一つ……!」
彼はその場に崩れ落ち、荒野の砂を何度も何度も強く握りしめた。リーダーとして気丈に振る舞い続けてきた彼の心が初めて悲鳴を上げていた。
後悔と自責の念。もし自分がもっと強ければ。もし自分が別の選択をしていれば。父は死なずに済んだのではないか。その問いが彼の心を暗闇へと引きずり込んでいく。
そのシンの背中にそっと小さな手が触れた。
振り返るとそこに立っていたのは、いつの間にか目を覚ましていたティアだった。
彼女のどこまでも澄んだ蒼色の瞳が悲しみに暮れるシンをじっと見つめている。その瞳には人間のような感情はない。だがそこにはシンの心の痛みそのものを映し出しているかのような深い深い共感の色が宿っていた。
「……君は……」
シンがかすれた声で問いかける。
ティアは答えなかった。彼女はただシンの隣に静かに座ると、その小さな手でシンが握りしめていた拳を優しく包み込んだ。
温かかった。
シンの生命エネルギーを受けて目覚めた彼女の体温が、まるで父の最後の温もりのようにシンの心へと伝わってくる。
その温もりに触れた瞬間、シンの心の中で何かが弾けた。涙が堰を切ったように溢れ出した。彼は子供のように声を上げて泣いた。父の名を何度も何度も叫びながら。
仲間たちはそんなシンの姿をただ静かに見守っていた。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
涙が枯れ果て少しだけ冷静さを取り戻したシンの耳に、ティアの鈴の鳴るような、しかしどこか機械的な声が初めてはっきりと聞こえた。
「……彼の『遺志』はあなたの中に。そしてこの星の中に生きています」
ティアはそう言うと立ち上がり、地平線の彼方を指差した。
彼女の指し示す先、KMSのホログラフィック・マップにこれまで表示されていなかった新たな光の点が世界地図の上に複数浮かび上がっていた。
「……これは……?」
リラが驚きの声を上げる。
「地球を完全に再生させるために。そしてコードFの力を真に、そして安全に解放するために」
ティアは続けた。
「世界中に点在する休眠状態の『サテライト・コア』のネットワークを再起動させる必要があります。それがアウロラの、そしてあなたのお父さんが最後に望んだ未来への道です」
KMSのマップには森、砂漠、そして氷雪地帯に点在するサテライト・コアの位置が示されていた。それは彼らの旅がまだ始まったばかりであることを示していた。
そしてその旅が父が命を賭して自分に遺してくれた最後の「使命」であることを。
シンはゆっくりと立ち上がった。
その顔にはもう悲しみだけの色はなかった。
父の遺志を継ぎ自らもさらなる決意と覚悟を決めた一人の男の顔がそこにあった。
「……行こう」
シンは仲間たちを見回し力強く言った。
「父さんが遺してくれたこの未来へ」
彼の腕の中ではティアが初めてかすかに微笑んだように見えた。




