第14話:父の決断
『……内戦……状態……』
エタ長老からの途切れ途切れの最後のメッセージが、静まり返った通路に絶望の追い打ちをかけるように響き渡った。
故郷は燃えている。自分たちが地表で未来を探している間に地下では父祖が犯したのと同じ、同胞同士の愚かな争いが始まっていた。
「……そんな……エタ長老……みんな……」
リラは通信が途絶えたKMSの画面を見つめその場に崩れ落ちた。故郷の惨状と目の前の絶望。二つの重すぎる現実が彼女の冷静な心を完全に打ち砕いていた。
ケンは負傷した肩の痛みも忘れ、ただ呆然と「内戦」という言葉を繰り返している。ガンナーは忌々しげに壁を殴りつけた。
「ゾルグめ……!」
ザイン隊長の顔は怒りと無力感で歪んでいた。秩序の守護者として彼は何もできない。この地表の迷宮で故郷の崩壊の報せを聞くことしかできないのだ。
だがその絶望の底で最初に顔を上げたのはアキトだった。
彼は腕の中でか細い寝息を立てるシンとその傍らで眠るティアの顔を静かに見下ろした。そしてゆっくりと立ち上がる。その瞳にはもはや技術者としての好奇心も父親としての悲しみもなかった。ただ息子に未来を託された者としての鋼のような揺るぎない決意だけが宿っていた。
「……行くぞ」
アキトの静かだが有無を言わせぬ声が響いた。
「ここを脱出する」
「ですがアキトさん……どうやって」
リラが涙に濡れた顔を上げる。
「道は俺が作る」
アキトはKMSのポータブル端末を操作し、この施設の構造図をホログラムとして投影した。ティアがシステムに干渉した際、施設の深層データの一部がリラのKMSに流れ込んでいたのだ。
「この施設は巨大なエネルギーコアを中心に設計されている。そしてそのエネルギーはいくつかのメンテナンス用の通路を通じて施設全体に供給されているはずだ」
彼は構造図の一点を指差した。
「この通路を使えば地上へと繋がる別の出口にたどり着ける可能性がある。だが……」
アキトは言葉を区切った。
「その通路はメインコアのすぐ側を通っている。そこはこの施設で最も危険な場所だ。暴走したエネルギーと未だに活動している可能性のある最上位のガーディアンたちがいるかもしれない」
それは死地へと自ら飛び込むに等しい行為だった。
しかし彼らにもはや他の選択肢は残されていなかった。
「……やろう」
ザインがアキトの目を見て短く答えた。彼は再びライフルを握りしめる。
「シン隊長が目覚めるまで俺たちが彼と、そしてあの子を守り抜く。それが我々秩序維持隊の最後の任務だ」
その言葉にケンとガンナーも力強く頷いた。
彼らの最後の脱出行が始まった。
アキトを先頭にリラがKMSでルートをナビゲートし、ザインたちが周囲を警戒する。ケンは眠るティアを背負い、ガンナーが意識のないシンを担いだ。
メンテナンス用の通路は狭く暗く、そして不気味な機械の駆動音とエネルギーが漏れる微かな放電音が絶えず響いていた。
彼らは何度もガーディアンの残骸と遭遇した。ティアの力で動きを止めたはずのそれらが時折痙攣するように動き、赤いセンサーを光らせる。そのたびに彼らは息を殺し闇に身を潜めなければならなかった。
そして数時間が経過しただろうか。彼らはついに施設の心臓部であるメインコアが納められた巨大なチャンバーへとたどり着いた。
そこはまさに地獄だった。
暴走したエネルギーが青白い稲妻となってチャンバー内を絶えず走り回り、触れるものすべてを焼き尽くしている。そしてその中央にはティアの力でも完全に停止させることができなかった、ひときわ巨大で禍々しい姿のガーディアンがまるで王のように鎮座していた。その赤いセンサーアイが侵入者である彼らをゆっくりと捉えた。
『警告。プライオリティ・アルファ。全エネルギーをターゲットの排除に集中します』
ガーディアンの主砲が絶望的な光をチャージし始める。
「……これまでか」
ザインがライフルを構えながら呟いた。
その、全てが終わると思われた瞬間。
「……お前たちだけでも、行け」
アキトが静かに言った。彼はいつの間にかチャンバーの隅にあるコアの緊急制御パネルの前に立っていた。
「アキトさん!?」
シンを背負うガンナーの隣でリラが叫んだ。
「このチャンバーの隔壁は数分間なら手動でロックできる。俺があいつをここに閉じ込める。その隙にお前たちは地上へと向かうんだ」
「そんなことをしたら父さんはこの暴走したエネルギーの中に!」
「リラ、みんな、シンを……息子を、頼んだぞ」
アキトは振り返らなかった。彼は震える手で緊急隔壁のロックダウン・スイッチへと手を伸ばした。
「……シン。お前は、俺の、最高の息子だ」
父としての最後の言葉がKMSの通信機を通じて全員の心に響き渡った。
アキトがスイッチを押し込む。
チャンバーと通路を隔てる分厚い分厚い隔壁が、轟音と共にゆっくりと、そして確実に降りてくる。
隔壁の向こうでガーディアンの主砲が火を噴き、アキトの姿が閃光の中に完全に飲み込まれていった。
「アキトさんッ!!!!」
その場にいた誰もが叫んだ。
だが無慈悲な隔壁は完全に閉ざされた。
アキトの犠牲。それは彼らに生き延びるためのわずかな時間を与えてくれた。
涙を振り払い、彼らは地上へと続く最後の通路を走り出した。
アキトが遺してくれた未来をその手に掴むために。




