第13話:静寂のあとで
ティタノマキアの轟音が遠ざかり、代わりに訪れたのは耳が痛くなるほどの静寂だった。探査隊は固く閉ざされた『罪の揺りかご』の扉から続く薄暗い通路の隅に身を潜めていた。安堵はない。ただ肉体的な疲労と魂が抜け殻になったかのような深い虚脱感が彼らの全身を支配していた。
「……シン……嘘だろ、シン……!」
ケンが壁に背を預けながら嗚咽を漏らした。彼の肩はガーディアンのエネルギー弾によって焼かれ、防護服は無残に溶けている。だがその痛みよりもリーダーを仲間を失ったという事実が彼の心を苛んでいた。
ザインとガンナーは黙ってケンの傷に応急処置を施している。その表情は鋼のように硬く一切の感情を殺しているように見えた。だが彼らの固く握りしめられた拳が内に秘めた怒りと悲しみを物語っていた。
「……バイタル、完全沈黙。KMSの診断は……」
リラはKMSのポータブル端末に表示された無慈悲な診断結果を最後まで読み上げることができなかった。彼女の指先はシンの体に接続された生命維持装置のケーブルを意味もなく彷徨わせている。その瞳から大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちた。
「……どいてくれ、リラ」
アキトが震える声で言った。彼はシンの傍らに膝をつくと、手早く自分の端末を接続しKMSの深層コマンドを直接操作し始めた。
「何を…?」
「心肺蘇生プロトコルを手動でオーバーライドする。防護服に残された全エネルギーを使って心臓に直接電気ショックを与えるんだ」
「無茶よ! そんなことをしたらシンの神経系が焼き切れてしまうかもしれない!」
「黙れ!」アキトはリラを睨みつけた。その目は悲しみで赤く充血していた。
「このまま息子がただ冷たくなっていくのを黙って見ていろとでも言うのか!」
父の絶望的な叫びだった。彼は技術者としての最後の、そして最も分の悪い賭けに出ようとしていた。
リラは唇を噛みしめアキトの補助に回った。ザインたちもその悲壮な試みを息を殺して見守る。
『エネルギーチャージ、120%……放電!』
シンの体がビクンと大きく跳ねた。だがバイタルサインに変化はない。
『……2回目、放電!』
再び体が跳ねる。それでもKMSのモニターは死の沈黙を保ったままだった。
「……くそ……くそっ……!」
アキトの拳が何度も硬い床を叩いた。彼の肩から再び血が滲み始める。
「シン……すまない……俺の技術では……」
その時、リラがKMSのポータブル端末を凝視しかすれた声で言った。
「待って……心拍も脳波もかろうじて維持されています。でも意識レベルがゼロのまま戻らない……。まるで魂だけがどこかへ行ってしまったみたいに……」
防護服の生命維持装置は機能している。だが肝心のシンの意識は生命エネルギーを使い果たした反動で肉体という器から離れ、深い記憶の深淵に沈み込んでしまっていた。
絶望的な状況の中、ティアはゆっくりとシンの傍らに膝をつくと、その白く繊細な指先をシンのヘルメットにそっと触れさせた。
「……シンは、生きています。でもとても深い悲しい記憶の海に沈んでいます。私が……シンを迎えに行きます」
ティアが瞳を閉じると彼女の体から金色の光ではなく穏やかで清らかな青い光の波紋が広がった。それは物理的なエネルギーではない。彼女の意識そのものがシンの精神世界へと同調していくかのような魂の「律動」だった。
KMSのモニターに不可思議な現象が現れる。それまで不規則に揺れていたシンの微弱な脳波がティアから発せられる規則正しく優しい波形に少しずつ共鳴を始めたのだ。
(シン……聞こえますか……。あなたの旅はまだ終わっていません。みんながあなたを待っています。だから帰ってきて……)
彼女の祈りが記憶の海の底で孤独に沈んでいたシンの魂に一筋の光となって届く。
やがてシンの体から強張りが抜け、深く安らかな寝息が響き始めた。バイタルモニターの数値が危険な領域から安定した状態へと移行していく。
「バイタル、安定しました! まだ眠っていますが……シンは……シンは、帰ってきたんだわ!」
リラの歓喜の声にアキトは涙で濡れた顔を上げた。仲間たちは信じられない光景を前にただ言葉を失っていた。
全ての力を使い果たしたのか、ティアは再びその場に崩れ落ち深い眠りへとついた。
研究室にはシンの、か細くも規則正しい寝息だけが響いていた。
リーダーを失わずに済んだ。
だが状況は何一つ変わっておらずこの死の迷宮に閉じ込められたままだ。食料もエネルギーも尽きかけている。
これからどうすればいいのか。誰もその答えを見つけられずにいた。
張り詰めた静寂の中、不意にリラのKMSが短い着信音を鳴らした。
画面に表示されたのは『アンダーランド』からの極めて微弱な途切れ途切れのテキストメッセージだった。
それはエタ長老からの定時連絡だった。
『……シン……応答……求む……こちら……ゾルグ派……武装……蜂起……アンダーランドは……内戦……状態……』
その絶望的な第一報に探査隊は言葉を失った。故郷が燃えている。自分たちが地表で未来を探す間に同胞同士の争いが始まっていたのだ。だが彼らに戻る術はなかった。




