第12話:ティタノマキア
『警告。最終防衛シーケンス『ティタノマキア』を起動します』
『当セクターを完全封鎖。区画内の全侵入者を即時排除します』
無慈悲な合成音声が白亜の研究室に響き渡った。
希望の揺りかごは一瞬にして死の罠へとその姿を変えた。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
彼らが入ってきた巨大な扉が凄まじい音を立てて閉鎖されていく。壁や天井からは無数の銃口や異形のガーディアンたちが、赤いセンサーを光らせながら一斉に姿を現した。
「シン!!!!」
リラの絶叫が轟音にかき消される。
エネルギー転送を終えたシンの体は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。彼の防護服のバイタルサインが生命活動の停止を示す長い長い警告音に変わった。
仲間でありリーダーであり、そしてかけがえのない存在。その生命の光が今、目の前で消えた。
その絶望的な事実に誰もが思考を停止させた。
「シン! 目を開けろ、シン!」
父アキトが息子の体に必死に駆け寄る。だがその体はぴくりとも動かない。
「シン隊長!」
ケンがその場にへたり込みそうになるのをザイン隊長が力強く肩を掴んで引き留めた。
「今は嘆く時ではない! 生き延びるぞ!」
ザインの怒号が呆然とする探査隊の心に、かろうじて戦う意志を蘇らせる。
ガンナーはパルスライフルを構え次々と現れるガーディアンたちに応戦する。しかしその数はあまりにも多く、圧倒的な火力の前ではもはや時間の問題だった。
「リラ! 脱出経路は!?」ザインが叫ぶ。
「だめ! 扉は完全にロックされたわ! ここは密室よ!」
リラの声は絶望に震えていた。
ガーディアンたちの赤いセンサーが一斉に彼らに向けられる。エネルギーがチャージされる甲高い音が響き渡る。
もう、終わりだ。誰もが死を覚悟した。
その、瞬間だった。
「……ぁ……」
か細い生まれたての赤子のような声が響いた。
声の主はガラスの円柱の中でゆっくりと身を起こしたティアだった。
彼女のどこまでも澄んだ蒼色の瞳が研究室の惨状を、そして床に倒れるシンの姿を静かに捉えていた。
彼女の瞳に初めての感情が宿る。それは悲しみ。そして怒り。
次の瞬間、ティアの体からシンの生命エネルギーを受けて覚醒した力が、青白い光の波となって研究室全体に広がった。
その光は暴力的なエネルギーの奔流ではない。それはまるで深い悲しみを湛えた鎮魂の祈りのようだった。
光に触れたガーディアンたちが一斉に動きを止めた。赤いセンサーの光が明滅しその動きは明らかに混乱している。銃口はあらぬ方向を向き、互いにぶつかり合いシステムエラーを起こしていく。
『警告…警告…制御システムに、未確認の干渉を確認…論理回路、エラー…』
ティタノマキアの無機質な音声が戸惑っているかのように途切れ途切れになる。
「……なんだ、これは」
ガンナーが信じられないといった様子で呟いた。
「彼女が…ティアが、この施設のシステムに干渉しているのか…?」
アキトもまた目の前の光景を理解できずにいた。
「違うわ!」リラがKMSの分析画面を見つめながら叫んだ。
「彼女は制御しているんじゃない!彼女の存在そのものがこの施設のシステムにとって『バグ』なのよ!彼女が放つ生命の波動が殺戮機械たちの精密な照準システムに致命的なノイズを与えているんだわ!」
ティアの放つ光はガーディアンたちの動きを完全に止めるには至らない。だがその照準をわずかに狂わせ攻撃のタイミングを遅らせることはできた。探査隊にとって絶望の闇の中に差し込んだ唯一の活路だった。
「今しかない!」ザインが叫んだ。
「この混乱の隙を突いて扉をこじ開ける! アキトさん、リラ! 扉の電子ロックを! ガンナー、ケン、援護しろ!奴らの注意をティアから引き離すんだ!」
アキトとリラが閉ざされた扉の制御盤へと走る。ザイン、ケン、ガンナーは動きの鈍ったガーディアンたちを相手に決死の応戦を開始した。
アキトはシンの体を抱きかかえ、その冷たさに唇を噛みしめた。
(シン…お前の命、決して無駄にはしない…!)
リラは涙で滲む視界の中、必死にKMSのハッキングプログラムを走らせる。
「ロックが硬すぎる! でも…ティアのおかげでセキュリティレベルが大幅に低下している! あと少し…!」
その時、一体のガーディアンが混乱から回復しリラへと照準を合わせた。
「危ない!」
ケンがリラの前に飛び出し自らの体を盾にした。ガーディアンの放ったエネルギー弾がケンの防護服を掠め、彼の肩を焼いた。
「ぐっ……!」
「ケン!」
「大丈夫です! それより、早く!」
リラの指が最後のコマンドを打ち込む。
ゴゴゴッ…!
閉ざされていた扉が再びゆっくりと開き始めた。
「行けえええッ!」
ザインの号令と共に彼らはなだれ込むように扉の外へと転がり出た。
彼らが脱出した瞬間、背後の扉は再び永遠に閉ざされた。
扉の向こうからはシステムが完全に回復したガーディアンたちの無慈悲な掃射音が地響きのように響いてくる。
彼らは生き延びた。
だがそこは施設の入り口ではない。まだ迷宮のような研究施設の深部だった。
アキトの腕の中ではシンが冷たいまま動かない。
そして彼らの傍らには全ての力を使い果たしたのか、再び深い眠りについたティアが静かに横たわっていた。
希望と絶望。
二つのあまりにも重い存在を抱きしめながら、探査隊は先の見えない闇の中を再び歩き始めるしかなかった。




