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アルファの記憶 Memories of Alpha  作者: 空想シリーズ
第3章:遺産の探求
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第7話:鉄の墓標

ゼロが最後の光を失った地下施設には、吹き込む風の音と探査隊の荒い呼吸だけが響いていた。彼らは彼女が遺してくれた「希望の設計図」を手に、もはや動かなくなった探査車両『アルゴス』へと戻った。その骸の前に立ち誰もが言葉を失う。この車両はアンダーランドの技術の結晶であり、彼らの旅を支えてくれた唯一の揺りかごだった。それを失った今、彼らはこの荒野に完全に生身で投げ出されたのだ。


「……父さん、すまない。俺のせいで『アルゴス』を…」


シンは無残な姿となった車両を見つめ、アキトに声をかけた。彼の声にはリーダーとしての判断が招いた結果への重い責任が滲んでいた。


アキトはシールドが焼け落ちた『アルゴス』の装甲にそっと触れた。彼の最高傑作であり息子を守るはずだった揺りかご。その無残な姿に技術者としての無力感と息子を危険に晒し続けることへの罪悪感が鉛のように心を蝕む。


(…シン、すまない。俺の船ではお前を守りきれなかった…やはりこの旅は無謀だったのかもしれない…)


だが顔を上げた彼の目に映ったのは、絶望する仲間たちを鼓舞し次の道を探そうと前を向く息子の逞しい背中だった。その姿にアキトは自らの迷いを恥じた。


「何を言う。お前の判断は間違っていなかった」


アキトはシンに向き直り力強く言った。その顔には自らの最高傑作を失った悲しみよりも、息子の決断を誇る父親の光が宿っていた。


「それにこいつの魂はまだ俺たちと共にある。使える部品は全て未来への糧にするさ。この鉄の塊は我々の墓標じゃない。未来への道標だ」


アキトの言葉に探査隊は再び顔を上げた。彼らは感傷に浸ることをやめ、生き残るための作業を開始した。アキトとガンナーは車両から予備のバッテリー、高エネルギー生成装置の小型版、医療キット、そしてわずかな食料と水をバックパックに詰め込めるだけ回収する。その手際は絶望的な状況下にあってもベテランとしての冷静さを失っていなかった。


ザインとケンは周囲の警戒網を張り、リラはゼロが遺したデータを基に植物研究施設への最も安全な徒歩ルートをKMSに表示させた。


「ここから施設までは直線距離で約80キロ。ゼロのデータによれば機械生命体の主な活動領域を避け、比較的安定したルートを通ることができるわ。それでも私たちの防護服の性能で最低でも三日はかかる計算よ」


リラの声はこれからの旅がいかに過酷であるかを冷静に、しかし明確に物語っていた。


全ての資材を背負い、彼らの新たな旅が始まった。バックパックの重さが現実の重さとなって両肩にのしかかる。車両という守りを失った今、地表の脅威はより直接的に彼らの五感を刺激した。吹き付ける風は防護服越しに容赦なく体温を奪い、舞い上がる砂塵は視界を遮る。時折遠くから聞こえる機械生命体のものらしき駆動音が、彼らの神経をすり減らしていく。


最初の一日はひたすらに歩き続けることだけで過ぎていった。アキトは深淵での負傷と慣れない長距離の行軍で肩に鈍い痛みを覚えていた。防護服の補助機能がなければ一歩も歩けなかったかもしれない。しかし彼は弱音一つ吐かず、最後尾から全体のペースを気遣い時折ケンの背負う装備のバランスを直してやった。その姿はシンにとって何よりも心強い支えだった。


ケンはそんなアキトや常に前線で道を切り拓くザインとガンナーの背中を追いながら、必死に恐怖と戦っていた。彼はもはやただ怯えるだけの若者ではなかった。その目は周囲の地形や物音の変化を的確に捉え、KMSのセンサーが拾う前の微かな危険の兆候をザインに報告するまでになっていた。彼の成長はこの絶望的な旅における数少ない希望の一つだった。


夜は巨大なビルディングの残骸の影で身を寄せ合うようにして迎えた。ガンナーが警戒に立ち、他のメンバーはわずかな栄養補給ペーストを口にしながらつかの間の休息を取る。


「……星が、見える」


リラがふと空を見上げて呟いた。鉛色の雲の切れ間からアンダーランドでは決して見ることのできない無数の星々が瞬いていた。それはこの星が完全に死んではいないことを示すささやかで美しい証だった。誰もがその忘れ去られた光景にしばし言葉を失った。


シンはKMSの通信機能を使い、アンダーランドのエタ長老に短い定時報告を送った。『アルゴスを喪失。しかし探査は続行する』。返信はない。この距離ではリアルタイムの通信は不可能だった。彼らは完全に孤立していた。


リーダーとして仲間たちの疲労と精神状態に常に気を配り、気丈に振る舞ってはいたが、彼自身の心もまた見えない重圧に押し潰されそうだった。父の負傷、残り少ない資源、そしてまだ見ぬ目的地に本当に希望があるのかという不安。眠りにつくと父祖が繰り返した戦争の悪夢が彼を苛んだ。


警戒の番を交代したシンが廃墟の闇を見つめていたその時。


キィィ……ン。


遠くから金属が擦れるような甲高い音が聞こえた。それは風の音とは明らかに違う人工的な音。


シンは咄嗟にライフルを構えKMSの暗視モードを起動した。


音のする方角、地平線の先に何かがいた。一つではない。複数だ。シルエットはこれまで遭遇したどの機械生命体とも違う。それはまるで痩せこけた巨人が何かを探して荒野を彷徨っているかのような不気味な姿だった。


彼らはシンたちには気づいていないようだった。ゆっくりと、しかし着実に地平線の向こうへと移動していく。


シンは引き金にかけた指の力を抜いた。汗が額を伝う。


この荒野は眠らない。そして彼らが知らない数多の「何か」が今もこの星のどこかで息を潜めている。


シンは眠る仲間たちの顔をもう一度見つめた。


(必ず、たどり着いてみせる。俺が、皆を)


夜明けはまだ遠い。鉄の墓標を後にした彼らの真の巡礼は始まったばかりだった。

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