第6話:機械の中の幽霊
機械生命体の残骸が砂塵に沈む中、『アルゴス』の車内は荒い呼吸の音とKMSのけたたましい損傷アラートだけが響いていた。彼らは生き延びた。しかしその代償はあまりにも大きかった。
「……ダメだ。メインのエネルギーラインが完全にやられている。高エネルギー生成装置もオーバーロードの負荷で臨界寸前だ。もうこの車両は一歩も動かせん」
アキトが診断モニターから顔を上げ、絶望的な事実を告げた。強化されたはずの装甲は無残に引き裂かれ、エンジン部からは黒い煙が細く立ち上っている。彼らの希望の箱舟は今や鉄の棺桶と化していた。
「ですが父さん! あの施設はすぐそこに…」
シンが砂塵の向こうにかすかに見える巨大なドーム状のシルエットを指差した。あれが植物研究施設。人類の未来が眠る場所のはずだった。
「シン、あの距離を徒歩で移動するのは無謀すぎる」
ザイン隊長が冷静に、しかし厳しい声で言った。
「この荒野で防護服のエネルギーが尽きれば我々に待っているのは死だけだ。一度アンダーランドに救援を…」
「ですが通信機能も不安定です。それに救援が来るまでここで生き延びられる保証はどこにもない」
ガンナーの言葉が重くのしかかる。彼らは進むも地獄、退くも地獄という完全な八方塞がりの状況に追い込まれていた。
誰もが唇を噛みしめ、重い沈黙が車内を支配したその時。
「……待って」
リラがKMSのポータブル端末に表示された奇妙な波形に眉をひそめた。
「微弱な信号を捉えたわ。機械生命体のものとは違う…もっと構造的で…まるで誰かが呼びかけているような…」
「何だと? この近くにか?」
シンの問いにリラは頷き、ホログラフィック・マップにその発信源を表示した。それは彼らが目指していたドーム状の施設とは別の方向、瓦礫に埋もれた古い地下施設の入り口らしき場所から発せられていた。
「罠かもしれません」
ケンが警戒を露わに言った。
「ああ。だがこのままここで朽ち果てるのを待つよりは可能性がある」シンは決断した。
「俺とリラ、ザイン隊長、ケンでその発信源を調べる。父さんとガンナーは車両の防衛と使える装備の回収を頼みます」
「シン、危険すぎる!」
アキトが息子の名を叫ぶ。だがシンの瞳にはリーダーとしての揺るぎない意志が宿っていた。
「父さん。俺たちはもうアウロラの答えを待つだけの子供じゃないんです。自らの手で可能性を探しに行く」
新型防護服のエネルギー残量を確認し、四人は慎重に『アルゴス』を降り立った。風が亡霊のように吹きすさぶ。彼らは崩れた瓦礫を乗り越え、信号が示す地下施設へと足を踏み入れた。
内部は不気味な静寂に包まれていた。かつては地下鉄の駅か、あるいは巨大なシェルターだったのかもしれない。通路の奥深くへと進むにつれ信号は強くなっていく。
そして彼らはついにその発信源へとたどり着いた。
広大なドーム状の空間の中央。そこには戦闘で破壊されたおびただしい数の機械生命体の残骸に囲まれるように、一体だけ異質な存在が静かに佇んでいた。
それはこれまでのどの機械とも違う、人間によく似た「人形」だった。滑らかな白い装甲に覆われた繊細なボディ。攻撃的な武装は見当たらず、その顔には何の感情も宿さないが深い知性を感じさせる二つの青いセンサーアイが微かに点滅している。その人形こそが信号の発信源だった。
「……これが、信号の主…?」
リラが息を呑んだその時。人形のセンサーアイがゆっくりとシンたちに向けられた。そしてKMSの通信チャネルを通じて無機質でありながらもどこか澄んだ女性のような声が、彼らの意識に直接響き渡った。
『……検知…未登録生命体…人類…生存…確認…』
「お前は…何者だ?」シンがパルスライフルを構えながら問いかける。
『…私は…環境統治ユニット…コードネーム…エージェント・ゼロ…』
その言葉にリラの目が大きく見開かれた。
「エージェント・ゼロですって!? KMSの深層データにだけ記録が残る旧文明時代の調査・監視型AI…! あなたがなぜここに…?」
ゼロは自らの機能を説明するために、残されたエネルギーを使ってKMSに断片的な情報を送り込んできた。それは衝撃的な内容だった。
ゼロは過去の戦争で暴走した兵器たちを「抑制」しこの星の環境崩壊を食い止めるために、たった一体で数百年もの間孤独な戦いを続けてきたという。地下世界に逃げ込んだ人類を機械生命体から守るという役目も担っていた。しかしエネルギーはすでに枯渇寸前であり、もはやその役目を果たすことはできない、と。
『…任務…失敗…』ゼロの声には機械とは思えない、かすかな悔恨の念が滲んでいるようだった。
「失敗なんかじゃない!」シンは叫んでいた。
「あなたは、この星の環境を守ろうとしてくれていた。俺たちの故郷も…」
その時、アキトから緊急通信が入った。
『シン! まずい、機械生命体の別の一団がそちらに向かっている! 数が多い、すぐに戻れ!』
新たな群れがゼロの放つ最後の信号を嗅ぎつけてやってきた。
『…警告…私のエネルギー反応に…暴走個体が…引き寄せられている…』
ゼロは自らが囮になっていることを理解していた。最後の力を振り絞りシンたちのKMSに、これまでで最も重要な情報を転送し始めた。
『…地球再生には…『コードF』…が必要…』
『…それを制御する…生体工学的存在…『レギュレーター』…ティア…』
『…彼女は…休眠状態…植物研究施設…にて…』
KMSのマップに新たな座標が強く点滅した。彼らが目指していたドーム状の施設。その正確な位置と内部構造、そしてティアが眠る場所。ゼロはその全てを最後の置き土産として彼らに託したのだ。
『…砂漠を越えるには…人の子が遺し…鉄の獣の助けが…地下に…眠る…』
ゼロからの通信はその謎めいた言葉を最後に、ノイズに飲まれていった。
『…データ…転送…完了…人類よ…未来を…』
その言葉を最後にゼロの青いセンサーアイの光は静かに消えた。彼女の犠牲はシンたちに絶望の淵から新たで確かな道を示してくれた。
「シン! 急いで!」
ザイン隊長が叫ぶ。押し寄せる機械生命体の地響きがすぐそこまで迫っていた。
彼らは動かなくなったゼロに一礼すると、決死の覚悟で地上へと駆け出した。
車両は失った。だが彼らの手には人類の未来を左右する確かな「希望の設計図」が握られていた。




