第5話:荒野の遭遇
数ヶ月に及ぶ準備の末、地表探査車両『アルゴス』はアンダーランドの希望を一身に背負い、再び赤褐色の荒野へと滑り出した。二度目の船出だった。ゾルグとの決別、そして共同体の分裂という癒えぬ痛みを胸にシンたち「開拓者」は、人類再生の鍵「コードF」が眠るとされる旧植物研究施設を目指していた。
車内の空気は最初の探査の時とはまるで違っていた。未知への漠然とした恐怖は地表の過酷さを知る者たちの、具体的な警戒心へと変わっている。
「シールド出力、安定。高エネルギー生成装置も正常に稼働中だ」
父アキトの声が緊張感の漂う車内に響く。彼はこの数ヶ月工房にこもりきりで『アルゴス』の改良に全てを捧げてきた。その顔には疲労の色が濃いが、瞳の奥には技術者としての誇りと息子たちを必ず生きて帰すという強い意志が宿っていた。
「KMSの予測ルートをトレース中。最初の高濃度放射線地帯まで、あと30分」
リラが冷静に報告する。彼女の指先は絶えずホログラフィック・キーボードの上を動き、地表の環境データをリアルタイムで解析し続けている。
操縦桿を握るザイン隊長の目は鉛色の空とどこまでも続く荒野を鋭く見据えていた。彼の隣では若い隊員ケンが外部センサーの映像に片時も目を離さない。後部座席ではベテラン兵士のガンナーがパルスライフルの安全装置に指をかけ、静かにその時を待っていた。彼らは一つのチームとして機能し始めていた。
「放射線地帯に突入する! 全員、衝撃に備えろ!」
シンの指示と同時に車内にアラートが鳴り響く。
「オーバーロード、起動!」
アキトが叫びコンバーターのスイッチを入れた。『アルゴス』の船体が青白い光に包まれ、エンジンが咆哮を上げる。車両は猛烈な勢いで加速し、目に見えない放射能の嵐の中へと突っ込んだ。窓の外の景色がぐにゃりと歪み、シールドに当たる放射性粒子がパチパチと不気味な音を立てる。数分にも数時間にも感じられる極限状態。やがてアラートが止み、車両は元の速度へと戻った。
「……なんとか、突破したか」
ケンが安堵の息を漏らした、その時だった。
「待って! 前方に複数の熱源反応! 砂の中に潜んでる!」
リラの警告が安堵の空気を切り裂いた。
ザインが急ブレーキをかける。その瞬間『アルゴス』の行く手の砂地がまるで生き物のように盛り上がり、そこから異形の機械生命体たちが姿を現した。以前遭遇した指揮官機に率いられた群れとは違う。蜘蛛のような多脚を持つ小型の個体、蛇のようにしなやかに動く中型の個体、そしてそれらを統率するかのようにゆっくりと姿を現した重戦車のような巨大な個体。そのどれもが過去の戦争の遺物とは思えないほど、有機的で狡猾な動きを見せていた。
「新型か……! 奴ら、この荒野で独自の進化を遂げているのか!」
ザインが忌々しげに吐き捨てる。
「ガンナー、主砲は中央の大型個体に集中! ケン、小型の奴らを近づけるな!」
「了解!」
戦闘が始まった。ガンナーが放った主砲のエネルギー弾が巨大個体の装甲に着弾するが、甲高い音を立てて弾かれた。
「硬い! シールドを持っているのか!?」
「リラ、解析急いで!」
シンが叫ぶ。
「解析中!……ダメ、これまでのデータパターンと違う! でも、共通の制御周波数があるはず……!」
その間にも蜘蛛型の小型個体が驚異的な速さで『アルゴス』に群がってきた。その鋭い肢がアキトが強化したはずの装甲をやすやすと切り裂いていく。
「シールド、急速に低下! このままじゃ装甲が持たない!」
アキトが悲鳴に近い声を上げる。
「隊長! 音波兵器を試します!」
シンはリラが開発した新型兵器に望みを託した。リラがコンソールを操作すると『アルゴス』から複雑なパルス音波が放たれる。蜘蛛型の動きが一瞬、明らかに鈍った。
「効いてる! でも大型の個体には効果が薄いわ!」
その通りだった。巨大個体は音波をものともせず、その巨体からエネルギー兵器とは思えない物理的な質量を持った杭のようなものを射出した。杭は『アルゴス』の側面に深々と突き刺さり、車体を大きく揺らす。
「エンジン部、被弾! エネルギー出力が低下します!」
ケンが叫んだ。万事休すか。誰もがそう思った。
しかしシンは諦めていなかった。彼はKMSの戦術ディスプレイに表示されるリラが必死に解析する周波数の波形を睨みつけていた。
「リラ! あの巨大な個体が杭を撃つ瞬間、シールドに一瞬だけ他の個体を制御するためのパルス波の『揺らぎ』が生じている! そこを突く!」
「でも、そのタイミングはコンマ数秒よ!」
「やるしかないんだ! 父さん、エネルギーを主砲に! ザイン隊長、もう一度正面から突っ込んでください! 敵に次の攻撃をさせるんだ!」
「正気か、シン!」
ザインが叫ぶ。だがシンの瞳には狂気と紙一重の絶対的な確信が宿っていた。ザインは一瞬ためらった後、覚悟を決めて操縦桿を握り直した。
『アルゴス』は満身創痍の体で再び巨大個体へと突進する。敵は待っていましたとばかりに再びその巨体から杭を射出する体勢に入った。
「今だ、リラ!」
「周波数、特定!」
リラの指がキーを叩いた、まさにその瞬間。
「撃てえええッ!」
シンの絶叫と同時にガンナーが主砲の引き金を引いた。放たれたエネルギー弾はリラが特定した「揺らぎ」の周波数と完全に同調し、巨大個体のシールドをすり抜け杭の発射機構を内部から破壊した。
巨大個体は自らが放とうとしたエネルギーを内部で暴発させ、まばゆい光と共に四散した。統率者を失った他の機械生命体たちは混乱し、砂の中へと姿を消していく。
車内は荒い呼吸の音とKMSの損傷アラートだけが響いていた。彼らは生き延びた。だが『アルゴス』の損傷は深刻で、これ以上の長距離航行は不可能に近かった。
「……だが、見てくれ」
アキトが震える指で前方を指差した。砂塵の向こう、地平線の先に巨大な構造物のシルエットが陽炎のように揺らめいていた。
「あれが……植物研究施設……」
リラがかすれた声で言った。
彼らは希望の灯台をすぐそこに捉えていた。だがその灯台にたどり着くための船は今、沈もうとしている。彼らの真の試練はここから始まるのだった。




