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アルファの記憶 Memories of Alpha  作者: 空想シリーズ
第3章:遺産の探求
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第3話:分かたれた故郷

旧資源採掘区画の冷たく湿った空気はシンたちの心に深く沈殿していた。ゾルグとの決裂――それは避けられないと分かっていながらも、あまりにも重い現実だった。人類の過去の過ちを記したデータログは彼を説得するどころか、その頑なな心をさらに固く閉ざさせてしまった。


アンダーランドの中央居住区画へ戻る道すがら、誰も口を開かなかった。リーダーであるシンは唇を固く結び、自分の無力さを噛み締めていた。父祖の歴史という絶対的な事実さえ人の心を一つにすることはできないのか。その無力感が彼の肩に重くのしかかる。


彼の隣を歩くザイン隊長の横顔は鋼のように硬かった。秩序の守護者として彼は共同体の分裂という最悪の事態を目の当たりにしていた。その憤りは憎しみの対象であるゾルグだけでなく、それを止められなかった自分自身にも向けられているようだった。


司令室に戻るとエタ長老とアキト、そしてリラが重い表情で彼らを迎えた。結果はKMSの通信記録を通じて、すでに全員が知っていた。


「……そうか。ゾルグは自ら過去の亡霊となることを選んだか」


エタは深いため息と共にかすれた声で言った。その瞳には深い悲しみと、しかし揺るぎない覚悟が宿っていた。


「シン、お前は何も間違ってはいない。真実から目を背けたのは彼の方だ」


その言葉が、かろうじてシンの心を支えていた。


ゾルグとの決裂という事実はKMSを通じて瞬く間にアンダーランド全域へと伝わった。それは地下都市の空気を一夜にして変えてしまった。


これまでどちらにつくべきか決めかねていた中間派の住民たちは、地表の過酷な真実とゾルグの排他的な思想を天秤にかけ選択を迫られた。


ある者は放射能と機械生命体が闊歩する地表への恐怖から、ゾルグの「地下での自給自足」という言葉に最後の望みを託した。彼らはわずかな食料や私財を手に家族を連れてゾルグが支配する採掘区画へと移住を始めた。通路ではかつての隣人たちが互いに疑心暗鬼の視線を向け、すれ違う光景が日常となった。


またある者はシンたちが示した「未来」に賭けた。特にアウロラの知識に触れて育った若い世代の技術者やザイン隊長の部下である秩序維持隊の兵士たちは、このまま地下で緩やかな死を待つよりも危険を冒してでも新たな可能性を切り拓くべきだと考えた。彼らは次々と司令室を訪れ、シンたちの「地表開拓計画」への参加を志願した。


「シン隊長、俺たちにも手伝わせてください! このまま地下で朽ち果てるのはごめんだ!」


若い技術者の一人が熱っぽく語った。その目には未来への希望の光が宿っていた。


アンダーランドは物理的にも、そして人々の心の中でも二つに分かたれた。地表を目指す「開拓者」たちと地下に籠ることを選んだ「残存者」たち。もはや同じ共同体の民ではなかった。


「これでいい。いや、これでいいんだ」


司令室で志願者たちのリストを見ながらアキトが呟いた。彼はゾルグとの対立で心を痛める息子を励ますように、そして自分自身に言い聞かせるように言葉を続けた。


「全員を救うことなど神であるアウロラにさえできなかった。我々は我々を信じる者たちと共に未来を創るしかない」


彼の顔からはかつての迷いは消え、技術者として、そして父親としての強い意志が感じられた。彼は探査車両の改良計画書を手に取り、再び工房へと向かった。


リラはKMSの膨大なデータを前に黙々と作業を続けていた。彼女が探しているのは地表の脅威を乗り越えるための技術的なブレークスルーだけではない。彼女は分かたれてしまった人々の心をいつか再び繋ぎ合わせる方法はないかと、アウロラの遺した歴史の記録の中にその答えを探し続けていた。


夜、シンは一人アンダーランドを見渡せる古い展望デッキに立っていた。眼下には電力不足で光を失い静まり返った居住区画が広がっている。そしてその奥の暗闇の中、旧資源採掘区画だけが不気Mな作業音と排他的な熱を帯びていた。


(俺は、この故郷を捨てていくのか……)


その選択の重さにシンは押し潰されそうになる。だが彼は天を仰いだ。この分厚い岩盤の遥か向こうにあるまだ見ぬ本物の空を。


(違う。捨てるんじゃない。取り戻しに行くんだ。俺たちの、本当の故郷を)


その時、背後から静かな足音が聞こえた。エタだった。


「シン。迷うことはない。船出の時は、いつだって寂しさを伴うものじゃ」


彼女はシンの隣に立ち、同じように眼下の闇を見つめた。


「お前はノアの箱舟の船長となるのだ。このアンダーランドから未来の種を運び出す大切な役目がある」


エタの言葉にシンは顔を上げた。その瞳にはもう迷いはなかった。


「エタ長老。……いえ、おばあちゃん。俺、行ってきます」


「行ってきなさい、シン。私の、自慢の孫よ」


分かたれた故郷を背にシンは新たな決意を固めた。この地下世界に残された最後の希望を乗せた箱舟は、今静かに、しかし確実にその船出の準備を始めていた。

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