第2話:過去との決別
旧文明の司令室に残された静寂は、探査隊の心に鉛のように重くのしかかっていた。ホログラムが映し出した人類の自己破壊の記録。それは彼らが漠然と信じてきた「神話」が紛れもない「歴史」であったことを証明していた。
「……帰ろう、アンダーランドへ」
シンの静かだが力強い言葉が沈黙を破った。彼の瞳には絶望を乗り越えた新たな決意の光が燃えていた。
「そしてこの真実を……ゾルグに、いや、アンダーランドの全ての人に示すんだ。俺たちはもう同じ過ちを繰り返すわけにはいかない」
しかし帰還への道は絶望的だった。地表探査車両はエネルギーを使い果たし動かぬ鉄の塊と化している。アンダーランドまでの遥かな道のりを、この放射能に汚染された荒野を徒歩で踏破しなければならないのか。
「シン、どうするんだ。このままでは……」
父アキトが青ざめた顔で呟いた。彼の技術をもってしてもゼロからエネルギーを生み出すことは不可能に近い。
その時、リラがKMSのポータブル端末を食い入るように見つめていた。
「待って! この遺跡のデータログに緊急用の地下送電網の記録が残っているわ! 過去の戦争で大部分が破壊されているけれど、一部のラインはアンダーランドの第3地熱プラントに繋がっている可能性がある!」
それは蜘蛛の糸のような、しかし確かな希望だった。
アキトの目が技術者としての輝きを取り戻した。
「なに!? 見せてみろ、リラ!」
彼はリラから端末を受け取ると、その設計図を貪るように解析し始めた。
「……いけるかもしれん。この遺跡の予備バッテリーと車両のエネルギーコンバーターを直結させ、送電網に逆流させる。成功すればアンダーランドのKMSに俺たちの位置を知らせ、限定的ながらもゲートを遠隔操作できるかもしれない。だが失敗すればこの遺跡ごと吹き飛ぶぞ」
それはあまりにも危険な賭けだった。
「やるしかありません」
シンは即決した。彼の決断にザイン隊長もケンもガンナーも無言で頷いた。
アキトとリラによる数時間に及ぶ命がけの作業が始まった。シンたちはいつまた機械生命体が現れるとも限らない遺跡の周囲を、息を殺して警戒し続けた。
そして運命の瞬間。アキトが最後の回路を接続すると地表探査車両のコンソールが一瞬だけ強く輝き、そして完全に沈黙した。
「……成功したのか?」
ケンが呟いたその時。シンのKMSにアンダーランドのエタ長老から途切れ途切れの通信が入った。
『……シン……なのか……? KMSが……未知の……信号を……』
「エタ長老! 俺たちだ! ゲートを開けてくれ!」
アンダーランドに帰還した探査隊は英雄として迎えられた。彼らが持ち帰った「過去の真実」はKMSを通じて全住民に共有され、共同体は再び大きな衝撃に包まれた。父祖の罪の重さを改めて突きつけられた人々は、今度こそ共同体が一つにならなければならないと誰もがそう信じ始めていた。
シンはその真実を携え、最後の説得のためにゾルグが支配する旧資源採掘区画へと向かった。ザイン隊長だけを伴い敵意がないことを示す。
薄暗い採掘区画の中心でゾルグは粗末な玉座に座りシンたちを待っていた。彼の周りには武器を手にした側近たちが鋭い視線を向けている。
「……何の用だ、KMSの使い走りよ。また新たな『お告げ』でも持ってきたのか?」
ゾルグはシンを嘲笑うように言った。
「……くだらん!」
ゾルグは静かにホログラムをかき消し立ち上がった。その目に宿るのはシンへの憐れみと確固たる信念だった。
「シン、貴様は父祖の歴史から何一つ学んでおらん。その映像こそが我らがアウロラやKMSのような『知』に頼ってはならぬという、祖先からの何よりの警告ではないか」
「警告…? これは同じ過ちを繰り返さないための教訓のはずだ!」
「違うな。父祖どもはその手にした大層な科学技術とやらを過信し、大地への感謝を忘れ星を焼き尽くした。そして貴様は今、アウロラという機械が与えた『知』の上で地表という新たな幻想を追いかけている。やっていることは滅びた祖先と何ら変わりはない!」
シンは叫ぶ。「俺たちは違う! この知で未来を…!」
「その『知』とやらが、仲間を勘定に入れるのか!」ゾルグの声が怒りと悲しみに震えた。
「かつてガモン長老は言った。『その温もりを、KMSの計算式で表せるというのか』と。俺が信じるのは祖先がそうしてきたように、この手で仲間を助け、土を耕し、汗を流して生きる道だけだ。命の価値さえ効率で測る冷たい機械の言葉ではない! 貴様は父祖の罪から目を背けアウロラの奴隷となった。俺たちは祖先の無念を胸にこの大地で生きていく。道は分かたれたな、シン」
ゾルグは側近たちに命じた。
「こいつらを追い出せ! そして今すぐ区画を完全に封鎖しろ! 俺たちの『王国』に、KMSの息がかかった者は一歩たりとも入れるな!」
最後の説得は決裂した。
シンとザインは敵意を剥き出しにするゾルグ派の兵士たちに囲まれながら、静かにその場を後にした。
「シン……」
ザインが悔しそうに声をかけた。
「……いいんだ、隊長」
シンは振り返らなかった。彼の心は不思議なほど静かだった。やるべきことはやった。そして進むべき道はもう決まっている。
アンダーランドに戻ったシンはエタ長老と円卓会議のメンバーに全てを報告した。
「ゾルグは真実から目を背けた。彼は過去の亡霊に囚われている。我々は彼らをここに残していくしかない」
その決断はあまりにも重く、そして悲しいものだった。しかし誰もシンを責めなかった。
「……分かった、シン。お前の判断を信じよう」
エタは静かに頷いた。
数日後、探査隊は再び地表へと旅立つ準備を整えていた。今度の旅は帰還を前提としない本格的な移住計画の第一歩だった。アンダーランドの住民の多くがシンたちと共に地表へ向かうことを志願した。
ゲートの前でシンは封鎖された旧資源採掘区画の方角を一度だけじっと見つめた。
(さよならだ、ゾルグ。俺たちは未来へ行く)
地表探査車両のハッチが閉まる。その向こうには絶望の荒野が広がっている。だがシンたちの心にはもう迷いはなかった。人類の未来を、そして父祖の罪をその両方を背負って、彼らは真の夜明けを目指す果てなき旅へと再び歩み始めたのだった。




