第10話:帰還と新たな亀裂
地表での突然の放射能レベルの急上昇はシンたち探査隊に容赦なく襲いかかった。命からがら緊急脱出路に駆け戻り重々しいハッチが閉ざされた時、隊員たちは安堵と同時に深い絶望の吐息を漏らした。彼らが持ち帰ったのは希望の報告ではなく、地表が想像を絶する死の世界であるという残酷な真実だけだった。
疲労困憊のままアンダーランドへと帰還した探査隊はすぐに長老議会へと召集された。議事堂は彼らの帰還の知らせを聞きつけた住民たちでごった返している。誰もが地表からの吉報を固唾を飲んで待っていた。
シンとリラは、地表で収集した全てのデータを議事堂中央のホログラフィックディスプレイに投影した。鉛色の空、赤褐色の荒野、予測を上回る放射能レベル、そして未知の汚染物質。希望に満ちていた住民たちの顔がその絶望的な映像とデータを見るうちに、徐々に不安と恐怖に染まっていく。
「これが…我々が目指すべき場所だというのか…」
誰かの呟きが議事堂の重い沈黙を破った。
「見ろ! やはり地表は我々に牙を剥く! アウロラ様は、我々がこの地下にいるべきだと、警告しておられたのだ!」
長老カザンが待っていたかのように叫んだ。探査隊の「失敗」は彼の信仰の正しさを証明する格好の材料となった。彼の支持者たちもまた、恐怖に駆られ地下での現状維持を強く訴え始めた。
その声にゾルグが嘲笑を重ねた。
「見たか! 地表への挑戦など、無謀な夢想に過ぎんかったのだ! KMSに頼り切った空想の計画は、これで破綻した! 我々は地下で、自らの手で生きていくべきだ! 資源はまだある!新たな採掘場を見つけ、自給自足の真の自由を築き上げるのだ!」
彼の扇動は恐怖に満ちた人々の心に巧みに入り込んだ。地表という死の世界へ挑むよりも、慣れ親しんだこの地下で自らの力で生き抜く方が遥かに現実的に思えたのだ。
「違う!」シンは必死に声を張り上げた。
「地表が過酷であることは事実です! しかし、だからこそ、このまま地下に留まれば我々は緩やかに滅びるだけだ! このデータは我々が生き残るために何が必要かを示している!」
秩序維持隊長のザインもまた、探査隊としての経験からシンの言葉を支持した。
「地表は厳しい。だが、このままではアンダーランドもいずれ限界を迎える。我々は次の段階に進むべきだ!」
しかし、彼らの声は恐怖と利己心に駆られた長老たちと住民たちの怒号にかき消されていった。隊員のケンは、地表の過酷な現実と共同体の醜い対立を目の当たりにしただ俯くことしかできなかった。シンの父アキトもまた、息子を信じたい気持ちとは裏腹に再び広がる混乱に顔を青ざめさせていた。
議事堂が修復不可能なほどの分裂に陥ろうとした、その時。
「静まりなさい」
エタの静かな、しかし威厳に満ちた声が響き渡った。彼女は絶望に満ちた人々の顔を一人一人見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「私たちはアウロラの光が消えても、生き残らなければならない。地表が危険であるならその危険を乗り越える方法を見つけるのです。それはこの共同体が団結し、知恵を結集することでしか成し得ません」
彼女はシンとリラに視線を向けた。
「シン、リラ。あなた方が命がけで持ち帰った情報は決して失敗の証ではありません。それは、私たちに『何が足りないのか』を教えてくれる、最も貴重な『教訓』です。足りない情報を集め、足りない技術を開発する。この共同体を分断ではなく団結へと導くのです」
エタの言葉は再び議事堂に静けさをもたらした。彼女の強い意志は絶望と対立の渦中にいる人々にわずかながらも冷静さを取り戻させた。
アンダーランドは地表の厳しい現実に直面し、新たな段階へと移行しようとしていた。共同体としての「選択」と「団結」が問われる精神的な試練の始まりだった。




