第9話:地表の衝撃
重厚なハッチが背後で閉ざされた瞬間、シンたち探査隊は完全な暗闇と静寂に包まれた。頼りになるのは、父アキトが心血を注いで組み上げた地表探査車両のヘッドライトが照らし出す、狭く、どこまでも続くかのような通路だけだった 。
やがて通路の遥か先に、微かな自然の光が見えた。アンダーランドの人工的な光とは明らかに違う、鈍く、しかし確かな光 。その光に導かれるようにして、彼らはついに、忘れ去られた故郷へと第一歩を踏み出した。
そこに広がっていたのは、壁画に描かれた神話の世界とは似ても似つかぬ、絶望的な光景だった。空はどこまでも鉛色に淀み、弱々しい太陽の光が赤褐色に染まった荒野を鈍く照らしている 。生命の気配は微塵も感じられず、遮るもののない風が、亡霊の呻き声のように吹き抜けていた 。
「これが……地表……」
ヘルメットの中で、ケンが呆然と呟いた 。
シンたちは探査車両を慎重に進め、周囲のデータ収集を開始した。KMSの予測通り、放射能レベルは危険な領域にありながらも、比較的安定している。
「行ける…! この『ウィンドウ』の間に、アウロラが最後に示した座標へ…!」
シンが希望を口にした、その時だった。
(数百キロ離れた、旧文明の地下施設)
埃をかぶった無数のモニターが、一斉に生命を取り戻す。広大な管制室の中央、一体の「人形」――エージェント・ゼロの青いセンサーアイが、静かに点滅していた 。ゼロはアンダーランドから続くゲートが開かれた瞬間から、侵入者たちの動向を監視していた。
『……人類…生存確認。アウロラの遺産計画は、最終フェーズに移行したか』
ゼロのKMSには、アウロラから断続的に送られていたアンダーランドの発展記録が残っている。だが、ゼロの持つ地表のリアルタイム情報と照合した結果、ゼロは冷徹な結論を下した。
『警告。対象の装備(地表探査車両プロトタイプ)では、この先の高濃度汚染地帯および、活性化した機械生命体の群れを突破する確率、0.7%。生存可能性、限りなくゼロに近い』
ゼロのモニターの一つが、探査隊の進路上に存在する、巨大な機械生命体の群れの活動を捉えていた。シンたちはまだその存在に気づいていない。
『……このまま進ませるわけにはいかない。だが、私のエネルギー残量は残りわずか 。直接介入は不可能。…やむを得ない。彼らが自ら引き返すよう、仕向ける』
ゼロは、自身のエネルギー消費を伴わない方法を選択した。指がコンソールを操作すると、探査隊の近くに眠っていた旧文明の気象コントロールタワーの残骸に、微弱な信号が送られた。
(場面転換:シンたち探査隊)
突如、KMSの警告音がけたたましく鳴り響いた。
『警告! 前方に、原因不明の超高密度エネルギーフィールドの発生を検知!』
探査隊の目の前で、何もない空間の砂が、まるで磁力に引かれるように渦を巻き、空へと舞い上がっていく。それは自然の砂嵐ではない。明らかに異常な物理法則の奔流が、彼らの行く手を阻む巨大な壁となっていた。
「何なの、これ!? KMSのデータベースに該当する現象がない! 探査車両が…システムが干渉を受けてシールドが削られています!」
リラの悲鳴と同時に、探査車両の制御が効かなくなり、エネルギーシールドが急速に削られていく。それはまるで、地表そのものが、知性を持って彼らを拒絶しているかのようだった。
「くそっ…! これ以上は進めない! 全員、撤退するぞ! 急げ!」
シンの決断は早かった。ザインは巧みに車両を反転させ、命からがら、開かれたばかりの故郷へのゲートへと引き返していく。
彼らの最初の地表探査は、父祖の記憶を発見することなく、正体不明の圧倒的な脅威によって、完全な敗北を喫する形で幕を閉じた。
(帰還後のアンダーランド・議事堂)
シンは、収集したデータを元に、騒然とする長老議会に報告していた。彼の言葉は、共同体の未来を再び、そして決定的に分断することになる。
「地表は、我々が想定していた以上に過酷でした。しかし、それだけではありません」
シンは、議事堂に集まった全ての人々を見渡し、重々しく告げた。
「そこには、我々の進路を的確に阻み、まるで我々を試すかのような、『意思』が存在します。我々は、ただの荒野ではなく、その荒野の『主』に挑まなければならないのかもしれません」
その言葉に、ゾルグは不敵な笑みを浮かべ、カザンは顔を青ざめさせた。
シンと仲間たちの胸には、新たな、そしてより困難な目標が刻まれた。




