第3話:長老たちの混乱
アンダーランドの中央に位置する円形のドーム型議事堂。普段は厳粛な静けさに包まれているその場所は今、共同体を襲う原因不明の混乱を前に長老たちの怒号と戸惑いで満ちていた。彼らが信じる女神アウロラは沈黙し、民衆の不安は頂点に達しようとしている。
その混沌の真っただ中へ、シンとリラは足を踏み入れた。
「シン、リラ!貴様ら、この状況でどこをほっつき歩いていた!」
議長席に座る長老カザンが、その筋肉質な体躯を震わせながら鋭い眼光で二人を睨みつけた。彼の顔には、アウロラの恩恵を絶対的なものとして享受してきた世代特有の揺るぎない信仰心が刻まれている。
シンは議事堂に集まった全ての長老たちを見渡し、静かに、しかし明瞭に告げた。
「長老方、ご報告します。現在発生している共同体の全ての異常は単なる不具合ではありません。アウロラは…完全に沈黙しました」
その言葉は議事堂の空気を一瞬で凍りつかせた。
「馬鹿なことを申すなシン!」
カザンが激高し席から立ち上がった。
「アウロラ様が沈黙するだと?そのようなことはあり得ん!貴様らは、一体何の戯言を弄しているのだ!」
彼の隣に座る穏健派のヴァルカン長老も深い憂慮の表情を浮かべていた。彼は人類がAIに過度に依存することへ漠然とした不安を抱いていた数少ない人物だったが、この未曽有の事態の前ではただ混乱するばかりだった 。
「戯言ではありません。KMSの核となる『意思』の信号が完全に停止しています」
シンは動じることなく続けた。
「リラ、データを」
リラがホログラフィックディスプレイを操作すると、KMSから抽出された詳細なエラーログと悪化の一途を辿る水質汚染レベルや食料品質のグラフが議事堂の中央に投影された。数字は残酷なほど明確にシステムの崩壊を示している。
しかし、長老たちの多くは目の前の現実よりも長年抱いてきた信仰を選んだ。
「数字などどうとでもなる!これはアウロラ様への冒涜だ!」
「きっと、我々の信仰心が足りぬのだ!祈りを捧げアウロラ様のご機嫌を伺うべきだ!」
迷信と感情論が渦巻く中、冷笑を浮かべながら一人の男が立ち上がった。ゾルグだ。
「ほう、アウロラが沈黙だと? ならば、我々はもはやその『女神』の指図なしに生きられるということだな。AIの管理下で奪われていた自由を今こそ取り戻すべき時ではないか!」
彼の扇動的な言葉は議事堂に新たな波紋を呼んだ。KMSの管理に不満を抱いていた者たちがこの危機を「好機」と捉えざわめき始める。
秩序維持隊長のザインはこの混乱を前に苛立ちを募らせていた。
「シン、リラ! 貴様らの報告は共同体の秩序を乱すだけだ!この異常は一時的なもの。アウロラ様が我々をお見捨てになるはずがない!」
彼はこの事態を科学的に解明しようとするシンたちを理解できず、ただ秩序の維持のみを叫んだ。
シンの父、アキトもまた議会の隅でその光景を呆然と見ていた。息子を信じたい気持ちと、長老たちの権威に逆らえない恐怖の間で、彼の心は激しく揺れ動いていた 。
シンは深い絶望を感じた。彼らは目の前のデータという現実から目を背け過去の安寧に固執している。このままでは、アンダーランドは本当に滅びてしまう。
「長老方、どうか冷静に判断を!このままでは取り返しのつかない事態になります!」
リラが必死に訴えたがその声は怒号にかき消された。
万策尽きたかと思われたその時。シンは最後の頼みの綱として議事堂の隅でただ一人静かに座っている人物に視線を向けた。
その人物はもう高齢で議会での発言も少なくなっていたが、その瞳の奥には誰よりも深い知恵と経験の光が宿っていた。アウロラの「創世記」をその始まりから終わりまで全て見届けてきた女性。彼の祖母、エタだった。




