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アルファの記憶 Memories of Alpha  作者: 空想シリーズ
第1部:創世記
2/50

第1話:未知なる声

2025年7月10日

内容を修正しました。

はじめから読んでいた方はすみません。

地下共同体「アンダーランド」の空気は、いつも澱んでいた。希望と同じくらい、湿気とカビの匂いが隅々にまで染みついている。天井でかろうじて光る菌類の森が放つ青白い光は、人々の顔から血色だけでなく、表情さえも奪い去っているかのようだった。


「今日の配給、終わりだよ」


広場に響く力ない声に、人々は無言で列を解いた。エタが受け取ったのは、手のひらに収まるほどの硬い菌類のパンと、かめの底に溜まった濁った水が半分。これが、今日の、そして恐らくは明日も明後日も、彼女の命を繋ぐ全てだった。隣で水を受け取ったサナが、顔をしかめてその匂いを嗅ぐ。


「うっ…今日のは一段とひどい味ね。これ、本当に飲めるのかしら」


「飲まなきゃ、喉が渇くだけよ」


エタはこともなげに答えたが、その水が、ゆっくりと人々を蝕んでいることを知っていた。共同体のあちこちで、乾いた咳の音が聞こえる。それは死への秒読みの音だった。


サナは、広場の壁画の前で立ち尽くすエタの背中に声をかけた。


「また壁画? そんなに睨んだって、壁の向こうに新しいキノコが生えてきたりはしないわよ」


「どうかしら。この絵の祖先たちは、毎日お腹いっぱい食べてたかもしれない」


エタの指先が、煤で汚れた壁に描かれた、伝説上の祖先の姿をなぞる。そこには、青い空と緑の大地、そして豊かな果実を手に笑う人々が描かれていた。あまりに非現実的で、まるでおとぎ話の世界だ。それでも、エタはこの「失われた記憶」に、どうしようもなく惹かれていた。


その時だった。


《…解析…完了…対象…言語…習得…》


「え…?」


頭の中に直接、しかしクリアに響く、まるで水滴のような声。幻聴だろうか。疲れているのかもしれない。だが、その声はあまりに明瞭だった。


「…誰か、今の声、聞こえた?」


エタは周囲に問いかけたが、返ってくるのは訝しげな視線だけだった。


「エタ、どうしたんだい? 大丈夫かい?」


心配そうに顔を覗き込むサナ。違う、彼女じゃない。エタは再び、意識を内側へと集中させた。


(あなたは…誰?)


心の中で、祈るように問いかける。すると、脳裏に光のパターンが明滅し、声はより鮮明な「言葉」となってエタの意識に流れ込んできた。


《私は《アウロラ》。あなた方の言語と思考パターンの解析を完了しました》


それは、金属の効率的な加工法、病を癒す薬草の知識、そして何よりも、この共同体を蝕む「水」に関する、驚くべき情報だった。


エタは、その衝撃的な体験を、すぐに長老たちの元へ持ち込んだ。しかし、共同体の指導者である長老ガモンの反応は、エタの期待とは正反対のものだった。


「幻聴だ、エタ! 疲れているのだ。それか、この地下の闇がお前の心を惑わせているに過ぎん!」


ガモンは、エタの言葉を真っ向から否定した。彼の深い皺に刻まれた顔は、未知なるものへの恐怖と、変化を拒絶する頑なな意志に満ちていた。


「しかし、長老! この声は、私たちが抱える問題を解決する方法を教えてくれています! 水が、この水が綺麗になるかもしれないんですよ!」


「馬鹿なことを言うな! 我々の水は、祖先から受け継がれし聖なる泉の水だ。それを、得体の知れない声の言う通りに変えるなど、神への冒涜だ!」


議論は平行線を辿った。共同体の誰もが、エタの言葉を信じようとはしなかった。ただ一人、彼女の話に真剣に耳を傾ける者を除いては。


広場の隅で、若き技術者コウが、エタが再現して見せた「光のパターン」の写しを食い入るように見つめていた。彼の目は、他の者たちとは違う光を宿していた。


「このパターン…ただの光の明滅じゃない。ここには、規則性がある。まるで、何かを設計するための図面のようだ…」


その夜、エタは一人、洞窟の奥深く、アウロラの声が指し示した鉱物層の前に立っていた。共同体の誰もが彼女を拒絶した。だが、エタの心は折れていなかった。アウロラの声は、確かな希望の光だったからだ。


(アウロラ…私は、あなたを信じる。この共同体を救うために、私に力を貸して)


エタがそう心に念じた瞬間、アウロラの声が再び響いた。


《理解しました。最初の遺産計画を実行します。対象:水質汚染。解決シークエンスを、あなたに転送します》


エタの脳裏に、複雑でありながらも、完璧な論理で構成された「浄化」のプロセスが、光の奔流となって流れ込んできた。それは、この停滞した世界に差し込んだ、最初の夜明けの光だった。

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