第15話:静かなる時限爆弾
「アルファの記憶」――人類が自らの手で故郷を焼き星を殺したという真実はアンダーランドの住民たちの心に、決して癒えることのない深い傷と、そして重い沈黙を刻みつけた。
広場に人々が集まることは少なくなった。子供たちの笑い声は消え、日々の作業は再びかつてのような無気力な沈黙の中で行われるようになった 。だが、その沈黙の意味は以前とは全く異なっていた。それは希望を失った諦観ではなく自らが背負うべき「罪」と向き合う、痛みを伴う内省の静寂だった。
その重苦しい沈黙を最初に破ったのはエタだった 。彼女はこのまま共同体が悲しみの中に沈んでいくことを許さなかった。アウロラがこの記憶を見せたのは絶望させるためではない。未来を創造させるためなのだから。
エタは語り部となったサナと共に新たな壁画の制作を主導した 。かつての壁画が失われた楽園への憧憬を描いていたのに対し、新しい壁画は真実を描いた。青く美しい地球、科学技術の発展、その果てに訪れた環境破壊と愚かな戦争、そして、死の星「アルファ」の誕生。最後に地下でかろうじて生き延びる、小さな自分たちの姿。それは痛みを伴う、しかし目を背けてはならない彼ら自身の物語だった。
「私たちはこの壁画を共同体の中心に据えなければならない。この過ちを決して忘れないために」
サナは絵筆を握りしめながら、涙を浮かべて言った。
その壁画の前で共同体の教育は一変した。子供たちはアウロラの教える科学技術と共に人類がなぜ滅びたのか、その歴史と倫理を学ぶようになった。「知」は力であると同時に恐ろしい刃にもなりうるのだと。円卓会議も共同体の新たな心臓となった。技術者、労働者、そして長老たちが膝を突き合わせて議論を重ね、技術の危険性と倫理について深く考えるようになった。
そうして、年月が流れた 。
アンダーランドは成熟の時を迎えた。アウロラの知識をただ享受するだけの子供の共同体から、その知をいかに使うべきか自ら問い、選択できる大人の文明へと変貌を遂げたのだ 。
エタの白髪交じりの黒かった髪は今では美しい白銀に変わっていた。長老ガモンは数年前に安らかな眠りについた。彼の最後の言葉は、「エタよ、わしらの子供たちは…もう、大丈夫じゃろうか」だった。コウやマヤ、サナもまた、それぞれの分野で重鎮となり、次世代を育て上げていた。
そして、新しい世代が台頭した。彼らは物心ついた時からKMSを知り、過去の罪を自らのものとして背負って生まれた最初の世代だった。
その中でも、特に傑出した二人の若者がいた。
一人はコウの最後の弟子であり、技術部門の若きエース、シン。エタの孫である彼は、優れた分析家であり、アウロラの論理体系を完全に理解しその応用において師であるコウをも凌ぐ才能を見せていた。
もう一人はリラ。シンの幼馴染であり、パートナーでもある彼女は、KMSの深層データ解析において誰にも真似のできない直感と分析力を持っていた。
この時代、アンダーランドは永遠に続くかのような平穏と繁栄を謳歌していた。KMSは完璧に稼働し、人々はもはや汚染の恐怖を知らない。定刻になれば栄養バランスの計算され尽くしたペーストが、全ての住民に等しく供給される。それが、この時代のアンダーランドの日常だった。
しかし、エタだけは知っていた。この完璧な世界が砂上の楼閣であることを。彼女がかつて発見したKMSの隅で時を刻む「砂時計」のアイコン。その意味を彼女は誰にも明かさずにいた。アウロラが残した静かなる時限爆弾は今も着実に時を刻み続けている。
その日、技術部門の中央管理局でシンはKMSの膨大なデータフローを監視していた 。彼の隣には、パートナーであるリラがいる。
「見てシン。エネルギー転換効率が過去最高値を更新しているわ。アウロラのシステムはまさに芸術ね」
リラはKMSが示す完璧なデータに感嘆の声を漏らした。しかし、優れた分析家であるシンはその完璧なシステムに生じたごく微細な「ノイズ」に言いようのない違和感を覚えていた。
彼の視線はディスプレイの一点に釘付けになっていた。
自己修正プロトコルのログに記録された、0.001秒の遅延応答 。
他の誰もが無視するほどの取るに足らない揺らぎ。
だが、シンの眉間に寄せられた微かな皺はこれから始まる、静かなる崩壊の序曲をただ一人予感していた。
明日から新章になります。
プロローグと第2部の1話は同日に投稿したいと思います。




