第13話:新たな挑戦の兆し
『警告:第3地熱プラント、圧力異常上昇。コア融解の危険性あり。自動制御システム、応答不能』
アンダーランドの心臓部で鳴り響く、無慈悲な緊急警報。それは、アウロラの沈黙がもたらす、最初の、そして最大級の牙だった。共同体の生命線である地熱発電所が、制御不能の暴走を始めたのだ。
「終わりだ…我々は、アウロラ様に見捨てられたんだ…」
「逃げろ! ここももう安全じゃない!」
パニックに陥った人々が広場を駆け巡り、共同体は一瞬にして混沌の渦に飲み込まれた。長老たちの怒号も、もはや誰の耳にも届かない。
その混沌の真っただ中を、コウ、クロノス、シン、リラは地熱プラントの制御室へと疾走していた。彼らの顔には恐怖の色はなかった。あるのは、この絶望的な状況を自らの手で覆すのだという、技術者としての強い意志だけだった。
制御室は、赤い警告灯が明滅し、パイプの亀裂から噴き出す高圧蒸気が視界を奪う、まさに戦場と化していた。KMSのディスプレイには、もはや親切な解決策は表示されない。ただ、人間には理解不能な速度で、圧力、温度、エネルギー流量を示す膨大な生データが滝のように流れ落ちているだけだった。
「くそっ、データが多すぎる! これでは何が原因か…!」
クロノスが絶望的な声を上げる。だが、コウはディスプレイに食い入るように叫んだ。
「違う! これはアウロラからの挑戦状だ! 彼女は答えを消したんじゃない、俺たち自身に『読め』と言っているんだ! リラ、過去の定常運転時の全データを表示しろ! シン、クロノス、現在のデータとの差異を洗い出すんだ! 異常値の発生源を特定するぞ!」
コウの檄に、若者たちは我に返った。彼らは、アウロラから与えられた新言語『アルファ・ベート』と論理的思考を武器に、この情報の奔流へと挑んだ。リラの指がホログラフィックキーボードの上を舞い、シンとクロノスが複雑な数式を組み立て、異常の原因を猛スピードで解析していく。
「圧力上昇の直接的な原因は、冷却水路の第7バルブの固着です! ですが、制御システムが機能停止しているため、遠隔操作が効きません!」
シンが叫ぶ。
「手動でこじ開けるしかない! だが、プラント内部は超高温と高圧蒸気で、生身の人間が立ち入れる場所じゃない!」
絶望的な状況。その時、制御室の扉が開き採掘夫のタケルが立っていた。彼の顔は煤で汚れていたが、その目は覚悟を決めていた。
「俺に行かせてくれ。採掘用の旧式の耐熱服なら、短時間だが耐えられるはずだ。俺の仲間たちが、家族が、この地下で死ぬのを黙って見てるわけにはいかねえ」
「タケル! しかし、危険すぎる!」
「コウさんよぉ」
タケルは、こんな時だというのに、不敵に笑って見せた。
「もし、あんたのその小難しい計算が間違ってて、俺がここで蒸し焼きにでもなったら、このプラントに『タケル記念館』って名前を付けてくれよな。後世まで語り継がれる英雄ってのも、悪くない」
その命がけの冗談に、張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。コウは、タケルの肩を力強く叩いた。
「死なせはしない。俺たちの計算を信じろ」
作戦は、一刻を争った。コウが制御室から指示を出し、タケルが内部でバルブを操作する。しかし、バルブは高熱で変形し、びくともしない。
「だめだ、コウ! 開かねえ! 俺の力じゃ…!」
「落ち着け、タケル! テコの原理を応用しろ! そこにある一番長い予備のパイプを使え!」
その間にも、KMSの圧力計は、臨界点を示す赤いラインへと、刻一刻と近づいていく。もう、あと数分しか残されていない。
「コウさん! このままじゃ圧力が限界を超えます! 何か手は!?」
リラが悲鳴のような声を上げた。シンは、KMSのエネルギーフロー図を睨みつけ、叫んだ。
「予備の冷却ラインを、直接炉心にバイパスさせます! 一時的に出力は落ちますが、数分なら時間を稼げるはずです!」
「無茶だ! そんなことをすれば、システムにどんなフィードバックがかかるか…!」
「やるしかありません!」
シンの決断にコウが応じた。予備ラインが解放され大量の冷却材が炉心へと注ぎ込まれる。圧力の上昇がわずかに、しかし確実に緩やかになった。
そして、その一瞬の隙をタケルは見逃さなかった。彼はありったけの力を込めて、パイプをバルブに叩きつけた。
キィィン、という甲高い金属音と共に固着していたバルブがゆっくりと、しかし確実に回り始めた。
制御室のけたたましい警告音が一つまた一つと消えていく。圧力計の針が危険領域からゆっくりと安全領域へと戻っていく。
静寂が戻った制御室で若者たちはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
彼らはやり遂げたのだ。アウロラの直接的な答えなしに、自らの知恵と、勇気と、そして仲間との絆で共同体を救ったのだ。
その知らせは共同体全体に希望の光をもたらした。人々は若者たちの成し遂げた偉業を称え、彼らの中に共同体の新たな未来を見た。
エタとガモンはその光景を感慨深げに見つめていた。
「人は…自らの足で立つべきなのだな。アウロラは、それを私たちに示そうとしていたのか…」
ガモンの言葉には、アウロラの真意を理解したことへの、深い敬意が込められていた。
プラントの危機を乗り越えたことは、共同体に大きな自信をもたらした。だが、コウは静かになったKMSのディスプレイを見つめながら静かに呟いた。
「これは、アウロラの故障じゃない。俺たちへの…卒業試験だったのかもしれないな」
彼の言葉にその場にいた全員が息を呑んだ。もしこれが「試験」だったとしたら? アウロラはなぜ彼らを試す必要があったのか。
その答えを示すかのように静かになったKMSのディスプレイに新たなメッセージが、ゆっくりと浮かび上がった。
『遺産計画フェーズ1:完了。評価:合格。次なる教育課程の閲覧資格を承認します。ファイルを開きますか?【ファイル名:アルファの記憶】』




