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「ねぇ、あまり引っ張らないで…」

この姿の子狐丸は私よりも背が高いから歩幅も違う。しかもこんな歩きにくい山道で手を引っ張られたら転けてしまう。


「ごめんね、無理はさせたくないんだけど急がないと…日暮れまでには街に戻りたいんだ」

空を見上げると、木漏れ日から見える太陽の位置は夕方にはまだ早い。 でもここは山であって街じゃないから…確かにのんびりしてたら、カフェに着くのが日暮れになってしまうかも。


梅雨も近い湿気の多い時期に山登りなんてしたから汗もかいてるし、髪は顔に張り付き、ロングスカートも脚にまとわりついて歩きにくい。学校の制服の短いスカートのが歩きやすかったまであるなこれ。

でも山に生脚で行くほうが危ないんだっけ。虫とかに刺されて悲惨な目にあいそう。

カフェの制服がタイツで良かったくらいだ。


なんとか子狐丸についていくも、時間だけは過ぎていく。

「不味いな…来るのが早すぎる!」

「なにが? というか少し休ませて…」

息も絶え絶えに尋ねるも、答えは帰ってこず、さらに引っ張る力が強くなり、ついに耐えられなくなって躓いた。

「瑠璃!」

転けるかと思ったけど、子狐丸が抱き止めてくれて…。

「ちょっと急ぐから、ごめん。お説教なら後で聞くから」

”なにに謝ってるの?”と言いたかった私の言葉を待たずに、子狐丸はひょいっと私を抱え上げて、走り出した。


ぐんぐん速度は上がり、気がついた時にはまるで風に乗っているかのように空を飛んでた。それはいいんだ。いや、全然よくはないし、もっと気にすべきことがある。

「なんて持ち方するの!?」

「仕方ないでしょ、それともお姫様抱っこのが良かった?」

「それも無理! 恥ずかしすぎて死んじゃう」

だからってまるで俵の様に小脇に抱える?これじゃあ完全な荷物じゃない。ひどい…。

しかも私は汗でベタベタしてるし、もしかしたら匂いも。臭いって思われてない?平気かな。

狐の嗅覚ってどんなだっけ!?


「瑠璃、あれ見て」

乙女の尊厳的な葛藤をしてたら子狐丸にそう言われて、指差す方を見てみた。

「体勢的にキツイんだけど…。 うっ…あの黒い塊はなに? こんなに遠くからでも見てるだけで寒気がする」

黒い大きな塊が街の中をズズっ…ズズっ…と移動してる。あそこだけ色も飲まれてしまったかのような黒い黒い漆黒の塊…。

「あれが空亡」

「怖い怖い…。飲み込まれそうな感覚がする…」

「もう見ないほうがいいね。たぶん、どこかで大きな噂になったんだと思う。昨夜より力が増してる」

「どういう事よ…」

「妖怪は人の噂…つまり、怖いという思いや信じる気持ち、疑う気持ち、そういった否定も肯定も含めた存在を意識する想いで生まれたり、強くなったりする」

「つまり完全に忘れ去られたら…」

「消えるよ。ただ、今みたいに本やネットに情報がある限り、よほど消えたりはしない。その分、急激に強くなったりもする」

ああ、鬼なんかがそうよね。怖いって思うから居るんだって誰かが言ってた。


じゃあもしかして…

「…ねぇ、子狐丸が力を出せなかったのって私のせい?」

「それを聞いてどうするの? 後悔する?もし忘れて消えてたら…って不安になる?」

「だって!」

「今はこうしてちゃんと僕を見てくれているし、力も出せる。それでいい。いつか約束を果たしてくれたらもっと嬉しい」

「…わかったよ。もう何も言わない。約束も思い出せるよう頑張るね…」

「うん、じゃあ帰って伝えてあげよう? 心配してるよきっと」

「だね。ありがとう、私のわがままに力を貸してくれて」

「お礼なら後でもらうよ」

何を言われるのか少し不安になったけど、感謝してるのは本当だから…。私にできることならしてあげよう。



子狐丸は街の上もずっと飛び続け、カフェの裏口にふわっと降りるとようやく私を下ろしてくれた。

「飛べるの意味わかんないんだけど」

「そういうものだから…」

「わかったよ。話したくないなら今は聞かない。まずはオーナーに報告するから小さくなってね」

「はーい」

素直で良い子だ。


ちっこくなった子狐丸を肩に乗せて裏口から入り、厨房を抜けカフェへ。

表の店舗にお客さんもいないし、オーナーもいない。これでいいのか、憩いのカフェとして…。

「居ないんだけど、オーナーは大丈夫かな…?」

「二階だよ。ちゃんと居るから落ち着いて」

私は急いで二階のオーナーの家へ向かった。


何してるのかと思ったら、リビングでノートパソコンとにらめっこ。

「オーナー。 ……オーナーってば!」

声をかけたのに返事は愚か、振り向いてもくれない。必死なのはわかるけど、ちゃんと聞いてほしい。

「落ち込んでた割にネットですか?」

「…情報を集めるならこれが一番だからな。 オカルトウェブなら色々な情報が集まる」

「アテになるんですか?それ…。 ネットって嘘の情報も多いって聞きますし…。せっかく子狐丸のおかげで確実な情報を持ってきたんですから、私の話を聞いてください!」

「今は忙しいんだ! アイツは俺の……、何!? 何処で聞いてきたんだ?」

やっと振り向いてくれた…。


「雪女さんは日没後には戻るそうです。忙しくされてるみたいなので、帰ってきたら労ってあげてくださいね。大切な人なら」

「…気休めはやめてくれ。空亡がでたんだ、食われてたと仮定して助ける方法を…」

またパソコンへ向かってしまったオーナー。

「オーナー。そんなに私と子狐丸が信じられませんか?」

確かに私はまだ学生だし、オーナーからしたら頼りない子供だろう。

それでも私には子狐丸がいる。一人じゃない。


「じゃあ本当なんだな!?」

「瑠璃は嘘なんて言ってない。危険を犯してまで調べてきたんだ。恩人のあんたの為にって! それを疑うな! しかもそうやって無駄に探りを入れるから強大化する!」

「すまん…。全くそのとおりだな。 って瑠璃ちゃん、まさか直接行ったのか?山へ!」

「ええ。子狐丸が連れて行ってくれました。かわいい狸幼女に会いましたよ」

「危ない事を…。 は?かわいい!?アレがか? 祟りで村を滅ぼすような化け狸だぞ?」

「普通に胸の大きさに悩む女の子でしたけど…」

「ああ、瑠璃。それ…言い忘れてたけどアイツは成長しないよ。あれがマックス」

「…え? 幼女の姿が?」

「うん。本人もわかってるはずなんだけど、コロッと希望に絆されてて可笑しかった」

やめてあげて!? 私はなんて残酷な事を言ったのだろう。ごめん、狸さん…。


「あの子。名前とかないの?」

「ないよ。そういうものだからね」

なんか可哀想。あんな山の奥で、一人寂しく居るなんて。

「子狐丸、時々でいいから遊びに行ってあげてね」

「…考えとく」

私が行かないのか、って? 合わせる顔がないじゃない。知らなかったとはいえ、無い希望を与えちゃったんだから。



その日の夜、ふと我に返った狸幼女の絶叫が山に響いた…。

「わし、成長せんじゃろうがぁ!!」







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