008
カフェにはまだお姉さんがいるからか、新たなお客さんは来ないけど、オーナーがこの調子では今日はもう新たなお客へ対応は無理そう。どうしたものか…。
何か私に出来ることは…。 お世話になってばかりだし、こういう時こそ力にならないと。
「瑠璃、少し出かけよう」
「オーナーをこのままにしていけないよ…、恩人だもん」
「助けたいなら尚更、出かけるよ」
子狐丸の目は真剣で、これ以上言い返せる雰囲気じゃない。
というか手を貸してくれるの!?ありがとう…。
「わかったよ。 途中で一旦家に寄れたりしない?」
「方向が違うね」
「そう…」
どうしようかな。何処へ行くにしろ平日の昼間に学校の制服で出かけたら補導されかねないし…。
手元に私服はないから、諦めてカフェの制服のまま店を出た。
「どこに行くの?」
「まずは境界かな」
「それって、この世界と異世界とかの境目?」
「理解が早くて助かるよ」
そんなのどこにあるんだろう?疑問に思いながらも、ふよふよと飛ぶ子狐丸についていく。
街から離れ、住宅街を抜け…この街を囲むようにある山へ向かっているみたい。
「子狐丸も妖怪だったんだね」
「今更かー」
「だって子狐丸は子狐丸だし…。幼い頃の私にとっては唯一の親友だったからね」
「………ここから先は道が険しくなるからちゃんとついてきてね」
私のセリフを無視するかのように子狐丸は話を切り、森の中へ続く道へと入っていく。
カフェの制服を汚したらオーナーに怒られるかな。ごめんなさい…こんな山の中に入るなんて思わなかったの。
「ここからは絶対に僕を見失わないで」
しばらく山道を進んだ所で、突然ぴたりと止まった子狐丸にそう言われた。
確かにどんどん道は険しくなってきてるし、一人なら確実に迷う自信がある。
山で迷ったらどうするのが正解だっけ…。どちらにしろ、こんな服装な上に手ぶらの私は迷ったらアウトだろう。
「約束破るけどごめん」
子狐丸は突然そう言うと、長身の美形スタイルに…。
保健室での出来事を思い出して、カーっと顔が熱くなったのがわかる。
当の子狐丸は意にも介さずといった感じで、道を逸れて藪へと入っていくから後を追う。
歩くのがすごくゆっくりだな、と思ったら…。草を踏み分け、邪魔な枝や危ないものは払い、私が歩きやすいようにしてくれてた。
ホントなんなの?この美形狐は。見た目がいいだけじゃなくやる事まで紳士とか…。
子狐丸の紳士っぷりに頭がオーバーヒートしそう。
今まで言い寄ってきた人にこんな気遣いのできる人はいなかった。むしろ自分の要求ばかり押し付けてきたもの…。
「瑠璃、ついたよ」
「えっ?」
考え事をしていたらついてたらしい。
「しっかりしてよ…。僕は瑠璃がいないと駄目なんだから」
「あんな事をしたあとに、その顔でそのセリフはダメ!!」
「瑠璃は時々おかしなことを言うね」
「……」
一気に夢から醒めた。二代目みたいなことを言わないでほしい。
はぁ〜っと一息。
浮かれてたらだめだね。オーナーの力になるために子狐丸は力を貸してくれているのに。
「ここが言ってた境界?」
なんか朽ちた木の柱とか、右奥の方に崩れた建物みたいなのが見えるけど…。
「そう、ここはかつて神社だった。この柱は入り口にあたる鳥居の残骸」
言われてもう一度見てみると確かに面影が。柱には貫が通っていたであろう穴もある。
神社って鳥居を隔てて境内が神域になってて、鳥居が所謂”境界の門“の役割を果たしているとかは本で読んだことがある。
「もしかして移転するのに魂抜きというか、そういう儀式みたいなのをしないままにしたの?」
「ううん、移転はしてない。 ここは元々祟り神を鎮めるための神社だった。 その証に鳥居から本殿までが直線じゃないでしょ。 単にこの神社を建てた村の人達がもう居ないから、忘れられて管理する人もいなくなり朽ちてきてるだけ」
ボロボロだからハッキリとはわからないけど、確かに鳥居からの直線上には建物の残骸はなく、折れ曲がった先にある。
「真っ直ぐ出入りできないよう、こうなってる。こういった造りの神社は土地にとってよくないものを封じるために建てられたものが多いから気をつけてね」
「へぇー。でもこんなに朽ちてたら…」
「うん、もうここには縛られていない。それでもここにいる物好きだよ」
「じゃあそれが今回の元凶…?」
子狐丸は首を振る。
「行くよ」
「ここが目的地なんじゃないの?」
「ここは入り口だって言ったでしょ」
子狐丸はそう言うと、朽ちた鳥居を跨いでいく。
慌てて私も後を追うと、一瞬ピリッと肌に痛みというか嫌な感じが…。朽ちてても境界は壊れてないの…?
「子狐丸…」
「大丈夫、話を聞くだけだから」
震えるほどの寒気に耐えながらも子狐丸についていくと、いきなり全方向から声が。
「わしの住処に入り込むとは…いい度胸じゃな、ニンゲンの小娘。 食ろうてやろうか!」
「ひっ…」
全身に震えが走り、ピリピリと皮膚が痛む。一声一声に肌を裂かれているんじゃないかと錯覚する程。
「冗談がすぎるぞ、いたずら狸が」
「狸って言うな!!」
どこぞの便利ロボみたいな事言ってる…。冷静になれたおかげか、声からくる痛みも消えて、恐怖心もかなり落ち着いた。
子狐丸はどちらへともなく話し続ける。
「昨夜の百鬼夜行、どれだけここにたどり着いた?」
「そうさな…普段の半分も来なんだな。なんぞあったのか」
「空亡が顔を出した」
「まためんどくさい奴がきよったな。どこぞで話題にでもなったんじゃろか?」
「そこまでは知らない。 散り散りになった奴らはいつ戻るかわかる?」
「空亡から逃げとるのなら、無事なもんは日没後には戻るじゃろ。あれは通常、生まれてから次の日の入りまでしかこちらに存在できんからな。 誰ぞ探しよるんか?」
「雪女を一人…」
「ここらでは珍しいな、冬でもないのに…。そんなのは一人で充分じゃろ」
「何か知らない?」
「…少し待っとれ」
声が聞こえなくなったら今度は耳が痛いくらいの静けさ。
音がないってこんな感じなんだ…。風や葉擦れの音すら聞こえないのは不気味でしかない。
「瑠璃、平気?」
「う、うん…今はなんとかね。ありがとう子狐丸」
会話はそこで途切れ、また静けさに包まれた。
しばらくしてザザザザ…っと草を分けて何かが移動している音が聞こえてきた。
ビクッとして見渡したけど、何も見えず。
「大丈夫だから」
子狐丸がそう言って手を握ってくれたら、怖さも引っ込むくらい恥ずかしくなった。だって美形スタイルのままなんだもの!
この子ね、見た目も私の好みど真ん中なんだよ。ほんと、どういう事よ。狙ってるのならあざと過ぎる。
「わしの山でいちゃつくな。その乳もぐぞ!」
草むらから現れたのは丸っこいケモ耳と尻尾のある幼女…。言葉遣いはババ臭い上に怖いこと言われた。
確かに幼女からしたら私のこれは羨ましいだろうね。フフッ…。
「なにやらイラッとしたんじゃが!」
「瑠璃に手を出したら、鍋にするからな」
「…や、やめるんじゃそれだけは、それだけは…。焼かれて沈むのは嫌じゃ…」
狸、鍋…焼かれて…? ああ。カチカチ山か。しかも怖い方の。どちらにしろ狸が鍋にされるわけじゃないはずだけど、連想しちゃうのかな?
「情報持ってきたからそれで堪忍してほしいのじゃが…」
「聞かせて」
狸幼女は境界の向こうへ帰っている妖怪から雪女について聞いてきてくれたそう。
「人の霊を連れとったとか聞いたんじゃがあっとるか?」
「うん、間違いないね」
「なんぞ今回は色々とややこしゅうなっとるようでな…亡者道と百鬼夜行が交わったらしくて、妖怪共も入り込んでくる霊を追い払うのに難儀しよってな、その雪女も収集がつくまで離れられんと走り回っとるそうじゃぞ」
「無事なんだね?」
「そら、まともな人の霊なんぞにやられるような妖怪はそうおらんて。しかも雪女なら尚更な」
「じゃあ、その雪女さんはいつ戻れるの?」
「黙れ、乳女」
「…貧乳!」
「なっ…キサマ、言うてはならん事を!」
「羨ましい? でもね、私も貴女くらいの時は無かったから大丈夫!」
「なんじゃと!? ならわしも…」
「うん、希望はある!」
「そうか! なんじゃお前、そこそこいいやつじゃな! 雪女なら日没後くらいには自由になるじゃろ」
「ありがとう。教えてくれて」
狸幼女は”いいんじゃよ“とはにかむ様に笑った。意外と可愛いかもしれない。
「おい狐、わかっとると思うが…」
「うん、日が暮れる前には帰るよ。 流石に面と向かってやりあいたくはないからね」
「わかっとるならいい。 たまには顔を出すんじゃぞ? 暇でかなわん」
「気が向いたらね」
子狐丸はそれだけ言うと踵を返し、私の手を引いたまま元来た道を戻っていく。




