033
〜カフェside〜
子狐丸が瑠璃を抱いてカフェを飛び出していった姿を見送るカフェのオーナー、深葉。
「行ってしまったね…」
「ふかくんが寂しそうにするとは思わなかったよ。珍しい…」
「誤解しないでくれよ?雪乃。 まるで手のかかる娘が出来たような感覚だったからね。急に親離れされたみたいな寂しさがあるんだ」
「…そんなに子供が欲しかったら私が産むよ。この件が片付いたら瑠璃に頼もう?」
「そう…だね。瑠璃ちゃんの弟か妹になるのか」
「ああ。瑠璃はもう私の娘だからね」
基本妖怪と人の間に子供はできない。
唯一それを覆す力を持っているのは九城の当主のみ…。
「ところで雪乃、何時まで甘えモードなんだい?」
「うるせー。少しくらいいいだろう。これから暴れようってんだ。少しオフにしてたって…」
「俺はずっとそのままでもいいんだけどね。 それにしても瑠璃ちゃんも思い切ったことをしたね」
「ホントにまさかだぜ…。あんな事をするとは思わなかったんだ…。元々瑠璃を巻き込むつもりなんてなかったからな。ただ単に逃げるにしても覚悟は必要だろ?だからオレに向かって啖呵をきってくれるくらいでよかったんだ…。なのに髪を切っちまいやがって…」
「瑠璃ちゃんも色々と考えた末なんだろうね」
「あいつの覚悟、オレは受け取ったぜ」
「じゃあ…、予定外とはいえ紗千くんがきっかけを作ってくれたわけだけど、どこから手をつけようか?」
「そんなこと言って、折り込み済みな上にあらかた終わってるんだろ?どうせ」
「まぁ…東雲の今後については”彼“に任せると確定しているから、後は現体制をぶっ壊すだけだね。こちらに関しても各方面からの介入は取り付けてあるし、更には紗千くんもやる気だからあっという間じゃないかな」
「オレたちやることあるのかよ…」
「あまり俺らが表立つと困るだろう?だからそうならずに済むようには進めてきたんだ」
「オマエは相変わらず裏でコソコソ動くのが好きだな?」
「人聞きの悪い言い方をしないでくれ。これが古来から鴉天狗のやり方なんだ」
鴉天狗…。
この国において古の時代から影で暗躍してきた。一城から九城まであった大家に仕える国家隠密組織。規模の縮小した現在は七城家が管理運営をしている。
「七城はなんて言ってるんだ? オマエの雇い主になるんだろ?一応」
「九城の当主は何としても保護しろってさ。七城としても九城の本家がなくなると手が打てないからね。やはり九城の持つ”抑え“の力は絶大なんだ。ましてや強力な当主の誕生は今後を左右する重大事項だからね」
「オレも身を持って知ってるよそれくらいはな」
雪女の雪乃。
数百年前、雪娘(雪女より未熟で幼い)を引き連れ暴れまわった暴雪族、雪見酒の頭。
寒い北国から始まった飲んだくれ暴走は各地を雪に埋もれさせつつ南下。
事態を重く見た時の権力者の依頼により九城家が立ちふさがり、次々と雪娘が倒され妖魔界へ送り返される中、最後まで抵抗し続け、当時の九城家当主に倒されはするも見込まれる。
雪娘の罪は問わないという条件で九城家の密偵として長く働く。
近代に入り、各地に鴉天狗と妖怪のペアで拠点を置いて、全国の人ならざるモノの監視と対応をするという計画が七城から提案され、資金は七城が、妖怪は九城が手配するという手筈になり、雪乃にも白羽の矢がたった。
表向きは何処も飲食店や小売店などを経営しつつ、陰ながら人ならざるものへの対処をする。そんな仕事。
ようやく九城から自由になれると喜んだ雪乃はこの街で運命の出会いをする。
カフェオーナーの皮を被った鴉天狗…東風深葉に一目惚れしたのだ。
深葉は、現在も九城家に仕えている東風家から鴉天狗へ出された一人。
当然妖怪の血を引いていて、見ることは出来るが妖怪としての力はほとんど無い。
藤崎家と東風家は九城家に仕える大家として双璧をなす一族だが、メイドの藤崎アヤメは人と妖怪のハーフ。
比べて深葉は何代も代を重ねた現代に生まれたため、妖怪の力が薄いのは必然。
因みに東風家が契った妖怪は化け狐。妖狐とも言われるが、九尾狐ではない。
東風家にはそれに近い強力な化け狐だと伝わっている…。
東風家の現在の当主は狐耳と七つの尻尾を持つ妖艶な美女。凪という名で、普段は完全な人の姿をしており、現在九城家の当主代理を努めている。
そもそも本来ならば九城家というのは必ず力を持った娘が生まれる。同時に婿となる妖怪も生まれ、結ばれる事で力を維持し、家とお国を守ってきた。
しかし、徐々に人ならざるものより生きた人のが多くなり、それに比例するかのように九城家当主の力も弱まっていくことになる。
当然それを放置などできず原因を探りはしたが、現在に至っても詳しい理由は不明。
当主の力が弱ければ婿になる妖怪も生まれず、また力が弱くなる…。
そんな悪循環の中、実質的に九城家を守ってきたのは東風家と藤崎家。
普通なら乗っ取られそうなものだが、どうしてもできない理由がある。
それは九城家のもつ力によるもので、もし裏切ればどちらの家もすべての力を失う。
これは人と妖怪が契るという正式な手続きを行えるのが九城家当主のみであり、それすなわち契約の破棄もできるという意味でもある。
もし反旗を翻せばその瞬間に力を失うよう契約されている以上、下剋上は不可能。
東風家にしろ藤崎家にしろ、現九城家当主候補の瑠璃が強力な力を持つのなら、必ず傘下に入るし、本人達への恩恵も大きい。
現代においてまた妖怪と契る事ができれば家の力も大きくできるのだから…。
そもそも妖怪の血を引く者というのは仲間意識も強く、力を持った相手には忠誠を尽くす。
瑠璃の知らないところで大きな忠誠が生まれていたりと各家の思惑が渦巻き、いろいろな意味で狙われているのを本人は知らない。
「なんか俺達の個人情報が暴かれてる気がするんだが…」
「ああん?何を分けのわかんねぇ事を言ってんだ。 それより早乙女側はどうなってんだ?」
「紗千くんには瑠璃ちゃんの逃避行は知らせたけど、計画はこのまま進めるって」
「ほー。 にしてもよくあの早乙女が動いたな?しかもよりによって九城の為に」
「その辺は紗千くんが早乙女を継ぐと宣言したからだね」
「紗千がか!? あんなに嫌がっていただろう。それ程までに瑠璃に惚れたってのか?」
「うーん、まあ惚れたのもあるだろうけど、紗千くんとしてもいつまでもわがままは言えないと自覚したんだと思うよ。早乙女の家を潰すわけにはいかないからね」
早乙女家。
全国に分社のある早乙女神社の宮司であり、代々巫女が引退後に宮司も務め、後を継いできた女系一族。
常に力でもって人ならざるモノを退ける九城家に対し、穏便に事を進めてきた早乙女家。
両家の確執は深く、穏便に説得してから祓うなり送るなりしてきた早乙女家を軟弱と切り捨てる九城家。
頭脳派と脳筋の様な相容れない両家だが、お互いの力が必要なのも理解はしている。
早乙女としても穏便に済まない場合があるのも当然わかっているし、九城としても早乙女の力を軽視はしていない。
時には手を取り合う様な場合もありはしても、やはり根本的なやり方が違う以上、意見の相違が生まれ結局は別々の道を歩んできた。
現代になり、お互いに影響力の弱くなった両家が手を取り合うという判断をしたのも無理もない。
お互いの家を守るためにも…。ましてや今回は瑠璃という強力な当主候補が生まれた。
早乙女としては恩を売ってでもあやかりたいと思うのは当然だろう。
九城としても当主になる瑠璃をぞんざいに扱った東雲家を潰すには手駒が多いに越した事はない。
そんな両家の思惑の向く先、東雲家。
総資産は数十兆とも数百兆とも言われる富豪で、金儲けのためなら平気で手を汚してきたような一族。
金を手に入れたら次に欲しがるのは何か…。当然権力であり、この国で金の力で手の届く権力の象徴といえば七城か九城。
七城には娘はなく、嫁をもらう計画は九城へ向く。
相当な金を積んで、ようやく見合いまで漕ぎ着け、見合いに来たのは瑠璃の母、真理。
元々九城の家に不満のあった真理は独断で東雲と交渉し、多額の金を受け取って見合いをし、嫁いだ。
当時の九城家当主でもあった瑠璃の祖母、由理は、真理の動きについて報告を受けて把握してはいたが、娘が望むなら…と。見逃して嫁に出す。
唯一出した条件がメイドを連れていけというもの。そのメイドが藤崎アヤメであり、密かな指令を受けていた。
しかし、アヤメからの報告は芳しくなく、真理が金に溺れ堕ちた等無駄なものばかり。子供に関するものはなかなか上がってこない。
祖母として子供が生まれれば祝福のため東雲家へ顔を出しても歓迎されていないのは明らかで、三人目の子供が生まれた時に、顔を見て何かを感じ取った祖母の由理は“瑠璃“という名付けを条件に東雲と関わるのを辞めた。
その後間もなく、何をおいても瑠璃を守れと遺言を残し当主でもある由理は他界。
遺言により、当主代行を任された東風家当主の凪は、由理の遺言を守るため直ぐ様行動にうつる。
アヤメからの情報が少ない以上、自身の家の者や鴉天狗からも手を回して東雲を探るうち、最近になって瑠璃の力の発現を確信。
しかし、表立って瑠璃の奪還ができないと手をこまねいていたところへ早乙女からの打診。
当主を嫁に出すというのは九城家として看過できない問題ではあるが、あくまでも表向きなもので、瑠璃の九城家当主としての立場が保証された上、表から東雲を潰してくれるというのなら憂いもない。
「紗千くんから連絡だよ。直に東雲の上から順番に特大スキャンダルや不祥事で消えるってさ」
「本当に紗千、あいつ何したんだ?」
「元々東雲の人間は叩けばホコリの出る者ばかりだからね。それらの情報は俺達鴉天狗が持ってるし、紗千くんはその情報を早乙女の名を使ってばら撒いたんだろうね」
「わざと紗千に情報を流しやがったな?なんでわざわざそんな遠回りな方法を。 七城をつかえばいいだろ?」
「七城や九城っていうのは表立って世間の知る名ではないだろう?」
「まあ、今の時代だと深く歴史を学んだとか、政界や財界にでも詳しくなければ一般人には知らないもののが多いだろうな。逆に早乙女なら知らねぇやつのが少ないくらいだ」
「だろう? それくらい大きな神社だからね。縁結びや安産祈願といった方面では随一だ。その早乙女が警察やマスコミに証拠と共に情報を持っていったら無視できると思うかい?しかも裏に七城と九城がいるとわかったら、警察やマスコミといった各組織に東雲の息のかかったものがいたとして、もみ消せるわけがない。同時にネットにも情報は拡散してあるしね」
「終わりだな…東雲も」
「そういうことさ。とはいえ東雲程の大企業だ。罪のない従業員もおおい。潰れたらこの国の経済そのものに大打撃だ」
「だからだろ?アイツを東雲から遠ざけて海外へ行かせたのは」
「そう。彼は東雲の人間とは思えないほど清廉潔白で正義感の強い人間だからね。巻き込まないために海外へ送っておいた。こちらのカタがつき次第、呼び戻して東雲を継がせる」
「そう上手く行くかね…」
「東雲という企業にどれだけ鴉天狗と七城、九城の手の者が入り込んでると思ってる?」
「おー怖い怖い。これだから密偵とか、昔いた忍者ってのはおっそろしいんだよ」
「今も忍者はいるよ」
「嘘だろ!?あいつらまだ存在してんのか!?」
「当然じゃないか。忍者というのは鴉天狗の下部組織なんだから。形体を変えはしても無くならない」
「オレ、選ぶダンナを間違えたかもしれねぇ…」
「雪乃!? 俺は雪乃にだけは誠実に、裏もなく接してきたんだ! そんな悲しい事言わないでくれ…」
「冗談だ。 知ってるよオマエの事は誰よりもな。 で、オレは何をしたらいいんだ?雪娘共も久々に暴れられると待ちわびてるんだが…」
「おそらく東雲は悪あがきすると思う。それこそあっちも裏組織を持ってるからね。その相手は俺たちがしないと」
「裏には裏をってか? いいねぇ…面白くなってきやがった!」
「相手は裏組織だからね、遠慮も加減もなしだ。好きに暴れてくれて構わないよ。徹底的に潰すからね」
「よっしゃぁーー!! ヤッパの出番だぜ!」
「瑠璃、来週暇か?」
「優子? うん、バイトがあるくらいかな」
「あーやっぱり瑠璃ちゃんはバイトかー」
「クリスマス限定メニューも出すから忙しいのよ」
「限定!」
「落ち着け麻衣。それってあたしらが店に顔をだしてもいいのか?」
「別にいいよ。というかそんなの確認しなくていいのに」
「いや、ほら…バイト先にダチが来るの嫌がるやつもいるだろうし」
「私は歓迎するよ」
「そうか…。じゃー麻衣、行くか」
「当たり前でしょ! 限定なんて聞いたら」
「こいつはほんとに…」
「あはは。じゃー待ってるね!」




