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003



お客として来たお姉さんが、初めてこの店に入った時の私と同じ注文をしたせいで色々と思い出しちゃった。

ここで働かせてもらうようになってから、私自身、気が楽になった自覚がある。

身近に私と同じように見えるオーナーがいるからかな。

だからこそ、親密な相手にはこの話をしようと思えるくらいには勇気がもてるようになった。受け入れてくれる人ばかりではないけどね。元カレみたいな人も当然いる。



オーナーがそっち系の仕事を受けている間、私はさっき淹れてもらった紅茶を飲みながら思い出に浸っていたんだけど、カウンターの上をコロコロと転がる毛玉に気を取られて現実に引き戻された。

メニューで行き先を塞いだら、ぶつかって止まる。


「何するんだよ!」

「カウンターは飲食をする場所なの。毛がついたら困るから降りて」

「何度も言うけど、毛玉にしか見えないのは瑠璃が未熟だからだよ!」

未熟?言ってくれるじゃない。毛玉のくせに。

イラッとして指で弾いたらカウンターから落ちていった。

「ひにゃー! 瑠璃はきちくだ! 鬼ばばーだ!」

無視無視。毛玉にムキになるなんて大人気ないし。…誰がババーだ毛玉め! JKをなんだと思ってる。JKってだけでちやほやされるんだから! 三年だけの特権なんだよ!?


はぁ…毛玉相手にイライラしてても仕方ないから、飲み終えた紅茶のカップを洗う。

次はカウンターで宿題をやってしまおうと思い、学校支給のタブレット端末を持ってきて座る。

暇な時は自由にしてていいって言われているし、宿題をしてるのはいつのも事。

しかも、特殊なお客が来ているときは他のお客は入ってこないから気を使う必要もない。

なんだっけ…扉に人避けの結界?とかそんなのが出来てるとか言ってたっけ。


数学と英語の宿題をぱぱっと終わらせて、またカウンターに上がってきた毛玉をつつく。

ほんと、なんだろうこれ…。

私が未熟じゃなければ違うものに見えるとでも言うの?どうしよう、すっごくキモかったら…。

その時は山に捨ててこようかな…。なんてね。

…覚えてないんだもん、名前も姿も…。その記憶だけ抜け落ちたか、きっちりと蓋をされているかのように。



「瑠璃ちゃん、ちょっといいかい?」

「無理でーす。私は普通のJKなんでー」

毎度言ってるけど、そっちの仕事に関しては役に立てないですから。

「そう言わずに…ボーナス弾むからさ」

くっ…。それは…ちょっと美味しい話です。

いつもこう言われて巻き込まれてはいるのだけど、私は本当に大した事はできていない。

ま、いいか…。オーナーがいいなら。


「し、仕方ないですね…」

カウンターからボックス席のソファーに移動し、オーナーの隣に座る。

「ありがとう。 彼女の話を瑠璃ちゃんにも聞いてもらいたいんだ。それで感じた率直な意見を聞かせてほしい」

「聞くくらいならかまいませんよ」

本当に聞くくらいしかできないのに。どうしていつも呼ぶのだろう。



「バイトの瑠璃です」

「オーナー、大丈夫なんですか?この子まだ学生さんですよね?」

「問題ない。俺の弟子みたいなもんだからな」

「誰が弟子ですか! ただのバイトです。破門にしてくれないとアレをバラしますよ?」

「おい、やめろ。俺が社会的に死ぬから! 洒落にならん!」

「フフッ…。 それで、お姉さんはどうしたんですか?」

「は、はい…実は…」

私達の気安いやり取りを見ていて、私にもそういう話をしても大丈夫な相手だと理解してくれたのだろう。

警戒している人には、こうやって巫山戯ている姿を見せたほうが心を開いてくれる。時もある!

勿論駄目なときもある! その辺は相手を見極めて対応を変えるようにしている。

因みにアレって言うのは、オーナーが私のお風呂上がりにうっかり脱衣所に入ってきた事。

うちの毛玉に体当りされて吹っ飛んでったけどね。


「えっと、この間の週末にカレとホテルに泊まったんです」

「……」

チッ…発情期のリア獣か。

「な、何でそんなに睨むの!?」

「気にしないでやってくれ。色々とあるんだ瑠璃ちゃんにもな」

「は、はぁ…。 えっと、その泊まった夜にすごく怖い思いをして…」

「詳細、それを教えてくれなきゃわかんないです」

「ええっ…!? そ、その…私が上で彼が下で…」

「ちっがう!! 怖かった方の詳細です! 誰がお姉さん達のプレイ内容を聞いてますか!!」

「ああ! びっくりしたぁ…」

それはこっちのセリフ! この人ちょっとズレてるの?誰がそんな話を聞きたがるのよ。

…少し興味はあるけど。


「夜中に突然目が覚めて…と言っても本当に起きていたのか、目を開けてたのかすらわからないんだけど、何故かはっきりと見えたの。私の寝ているベッドの横を、沢山の人が歩いていく姿が…」

「痴女なんですか?そんな人の多いところで…」

「違います!! ホテルの部屋って言いましたよ! えっと、それで…洗面所やお風呂場のある部屋とを区切る壁と寝室のベッドの間を、スーツ姿の人や制服を着た学生とか、様々な姿の人がゆっくりと同じ方向へ向かって歩いてたの。何かこう…虚ろな感じ?で…」

「瑠璃ちゃん、どう思う?」

「さあ? たまたまそこに亡者道でもあったんですかね?」

「ほぅ…」

「それで、お姉さんはどうしたんですか?」

道があっただけなら別に問題はないでしょう。気にしなければ平気なはず。


「沢山の人が歩いてたんだけど、制服姿の女の子が一人、ピタッと止まって…ゆーっくりとこっちへ振り返って、ふらふらと向かって来たんです」

「何それこわっ!」

「そうなの! しかもどんどん近づいてきて、最終的には寝ている私の顔を覗き込んできて…。もう怖くて怖くて。でも目の前に顔があるはずなのに、相手の子の顔はわかならいまま…。そこから記憶は無くて、気がついたら朝でした」

何、そのホラー! やめてよ、怪談とか苦手なんだから。


「その日以降、毎晩のようにその制服の女の子が夢に出てくるらしいんだ」

「なんとなくでも知り合いに似てたとかありました?」

「いえ…。制服もよく見るような夏用のものでしたし、髪型も少し茶色がかったショートで、珍しくもなくて」

「それって、あの子みたいな?」

私が指差したのは窓の外、ちょうど店の前の道を歩く女子生徒。あの制服は私と同じ高校の生徒だね。


「確かにあんな感じです。制服も似ていますね、でも髪はもう少し短いかも…」

「へぇーそうなんですね」

「えっと?」

「うん?」

「何か解決方法とか…」

「わかるわけないじゃないですか。 私はただの高校生ですよ?話を聞けってオーナーに言われたから聞いただけです」

「ええぇ……」

私になにか求められても。特別な力があるわけでもないし、別に巫女とかでもないから祓ったりもできません!


「いやいや、瑠璃ちゃんが正解を言ったよ。 貴女が見たのは亡者道つってな、亡くなった人があの世へ向かうために通る道なんだ」

「じゃあ、あの歩いていた人達は全員…」

「ああ。既にこの世のものではない。 おそらく、その近寄ってきた子は貴女が見ていると気がついたんだろう」

「私はどうなるんですか!?」

「貴女の弱っている姿を見るに、このままにしておくのはあまりよくないかもしれん」

「そんな!! 助けてください! 毎日毎日あの子が夢に出てきて、休まらないんです…」

ああ、それでこんなに疲れた感じだったんだ。眠れないのはきついよね…。


色々な方法を提示して話し合った結果、オーナーに任せると。

選択肢をちゃんと与えるオーナーはまともなんだと思う。こういうオカルトの類って詐欺も多い。

占いで誰にでも当てはまる内容を言って高額報酬を請求するようなのもいるし。

「じゃあ、これを持っていくといい。今夜また同じ夢を見るようならそのお守りが対処してくれる」

「本当ですか? ありがとうございます!」

オーナーが渡したのはお守りなんてとんでもない。むしろ毛玉が乗っかった”憑いている“代物。

いつもオーナーの傍にいる真っ白い子。時々こうやってお守りと一緒に出張にでかける。


お姉さんはオーナーに何度もお礼を言うと、会計をすませ、お守り(毛玉憑き)を握りしめてカフェを出ていった。

「毎回まがい物のお守りを渡すなんて詐欺じゃないですか?」

「人聞きの悪いことを言うな。 現物がないと見えない人には安心できないものなんだよ。あいつに任せておけばしっかりと道に戻してくれる」

「言いたいことはわかりますが…。 というか、どうして制服の子はお姉さんについて来たんですかね?」

「未練でもあったんだろう。誰かみたいに彼氏とのいい思い出が欲しかったとかな」

「…殴りますね?思いっきり殴ります! 歯を食いしばってください!」

「こい、JKに殴られるなんて一部界隈ではご褒美だ!」

「…やっぱりやめておきます。変態オーナーを悦ばせてもなんの得にもなりませんし」

全く…。女としての私にこれっぽっちも興味ないくせに。

子供としか思ってないのは知ってるんだから。それに関しては何も不満もないけどさ。

だからこそ信じられる人でもあるんだし。


お姉さんが帰った後、お店に来たお客はコーヒーを飲みに来るだけの常連さんくらいで、平和なものだった。


因みにお姉さんの話を聞いた報酬は五百円玉一枚。貰えるだけありがたい。

賄いだといって美味しいオムライス(ハンバーグ付き)も出してくれたし、店舗の二階にある、オーナー宅のお風呂も借してもらってるのだから。







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