025
「あのな…しんみりと盛り上がってる所悪いんだが、この話には続きがあるんだ」
「……オーナー?」
「まず問題として、早乙女には跡取りが紗千くんしかいない。そして九城家にも当主である瑠璃ちゃんが跡取りをもうけなければならない事情がある」
「つまりどういう事ですか…?」
「瑠璃ちゃんと紗千くんが結婚したとして、両家の跡取りの問題が出てくるんだ」
それは…うん。わかるけど。私まだ十五なんですが…。
「つまり、お互いに外から種をもらう必要が出てくる。しかも秘密裏にな。早乙女家は表向きには紗千くんを男としてゴリ押すらしいから」
「バレないんですか?そんな無茶苦茶な嘘…」
「それが出来るのが九城や早乙女といった家の力だよ」
私には生まれながら普通の生活は許されていなかったと…。
何よそれ…。
「私は…やっぱり嫌です! 決められた結婚も、何も知らない家の当主になるのも! 絶対に嫌です!」
「瑠璃ちゃんの気持ちはわからなくもないよ。でも、俺はこの話を受けたほうがいいと思う」
「オーナーまでそんなことを言うんですか!? 見損ないました! 信じられる人だと思っていたのに…」
「話は最後まで聞きなさい! いいかい?紗千くんがこの話をねじ込んだ裏には訳がある」
「訳…?」
「ああ。東雲は九城側に瑠璃ちゃんの情報が既にいっていると仮定して、幾つも縁談を準備していたそうだ。 しかも全て東雲の思い通りになるような相手にだ」
「………」
何処までも恐ろしい親だよ…。私が何をしたっていうの?
藤崎さんはそれを知ったからこそ知らせてくれたんだよね…。
「そんなところへ嫁いだら瑠璃ちゃんが無事でいられる保証はない、それはわかるね?」
「…はい」
「だから紗千くんは家の力を使って大急ぎでこの縁談をねじ込んだ。東雲側としても早乙女家なんていう影響力の大きな家と繋がるまたとないチャンスだ。この時点で必要不可欠となる瑠璃ちゃんの安全は保証されるんだ。 で、この縁談が成立すれば瑠璃ちゃんは今まで通り学校にも通えるし、ここでバイトをしていてもいいそうだよ」
「…え?」
「つまりだ、瑠璃ちゃんの安全を確保するという、紗千くんの希望通りになる訳だ」
「それが紗千さんの希望…? 私と結婚というのは…」
「結婚に関しては紗千くんが自分の力で口説くと言っていたよ。この縁談をタテに無理やり自分のものにするつもりはないって。相変わらず変なところで律儀だよね」
「では先程の種がどうとかっていう話は…」
「今はまだ仮定の話だけど、もし現実になった場合、瑠璃ちゃんは子狐丸との子を産めばいいよって話」
「そんなの! 子狐丸に不誠実です!!」
「まぁ瑠璃ちゃんならそう言うだろうね。でも今は紗千くんの話に乗って当面の身の安全を確保をするのが最善だと思うよ」
本当にそうだろうか…。
結局私は紗千さんと早乙女という家の力に守られるだけで、自分では何もできないまま。
今までもそうやって色々な事に流されてきた結果が今の私で…。しかも今回は紗千さんの好意を利用するような形になる。
そうやって守られた後、私は紗千さんの想いを断れるの? ……無理だと思う。今までの私がそうだったんだから。
結果、私はまた子狐丸を裏切る選択をしてしまう…しなきゃいけなくなる。そんなのはもう嫌!
「子狐丸、お願い。 私を連れて逃げて?どこへでも一緒に行くから…」
「任されたよ」
「瑠璃ちゃん!? 待ちなさい!!」
「ごめんなさいオーナー…」
「はぁ…。仕方ないね…」
困ったような顔をしてから諦めたような笑顔を向けないで…本当に申し訳ないとは思ってはいるの。
「おい瑠璃!! 生半可な覚悟で逃げるつもりなら許さねぇぞ」
雪乃さんは簡単に許してくれないですよね…。だけど今の私に何ができるの?
「逃げたらだめなんですか? 今の私にはそれしかできません!」
「生意気にもオレに口答えしやがるか! いいぜ、ならその覚悟ってのを見せてみやがれ!」
覚悟…か。目に見える何かで示せって事よね。
「……子狐丸、刀を貸して」
「瑠璃!?」
「いいから貸しなさい!!」
子狐丸、ごめんね…。ちょっと借りるよ。
受け取った刀を鞘から抜き放つ。なんて重いんだろう…。
「それでオレとやり合おうってか?その度胸はみとめ…おい!! 瑠璃、お前何を!?」
「雪乃さんに武器なんて向けませんよ。大切なお母さんですから…」
代わりにポニーテールに結んでいた長い髪を掴み、一気に刀で切った。
「瑠璃…髪は大切にしてたんじゃ…」
「髪より子狐丸との約束のが大切だから。これでいいの。 ありがと子狐丸、刀は返すね」
「瑠璃…」
ここで流されたら絶対に後悔する。それだけは間違いないから。
私の覚悟が見たいと言うのならこれで許してほしい。
「私は自分にできる事を探します。今ここで早乙女家の力に頼ったら必ず後悔しますから」
「そうかよ…。瑠璃が自分で考えて決めた事だ。その覚悟は見せてもらった。なら、行かせてやるのもオレたちの役目だな。んで、色々片付けるのもオレ達の役目だ」
「しかし雪乃、まだ早すぎないか?」
「うるせぇ! ちっとばかし予定が早くなっただけだろうが。ガタガタ抜かすな」
「その早くなったのが問題なんだけどね? はぁ…まぁでもこれも予定の範疇か。 瑠璃ちゃんの事は任せたよ、子狐丸」
「……わかってる」
オーナーたちがなんの話をしているのかわからないけど、結局私は何をしても誰かに迷惑をかけるだけなのはわかった。
ごめんなさい…。私にできる事を必ず見つけます。
「瑠璃、これを持っていけ。オレからの餞別だ」
雪乃さんに放り投げられたのは山に行く時に背負っていたショットガン…。
「でも…」
「いざって時のお守りだと思っておけ。いいか?無茶はするな」
「はい…」
雪乃さんは優しく笑うと”早くいけ“と。
「行くよ、瑠璃」
「うん!」
子狐丸に抱きあげられて、カフェの裏口から空へ飛び上がった。
「ごめんね…子狐丸。結局頼っちゃって」
「嬉しいからいいよ。それに約束も思い出してくれたからね」
えっと…それは一旦忘れてもらえないかな?これから二人きりになるのに私のメンタルが保たなくなるから。
ちゃんと考えて向き合うから、もう少し時間を…。
「ね、ねぇ子狐丸、藤崎さんは大丈夫かな…」
「今は表向き早乙女との縁談をすすめている状態みたいだし、大丈夫だと思う。それにアイツは死んだりしない」
「どういう意味…?」
「これも九城家の秘密の一つだけど、九城家に仕える者たちは全員妖怪などの血を引いてる」
「……ちょっと待って。 じゃあ藤崎さんが私の知っている頃から見た目が変わらないのも?」
「うん。アイツは隠密部隊に所属してる化け猫の血を引く者だよ」
「誰が妖怪と交わったの…?」
「当時、当主の資格はなく、それでも”見える者達“だね。因みに本来、当主は必ず決められた妖怪と結ばれる」
「じゃあ私にも妖怪の血が…?」
「そうだね。ただここ暫くは瑠璃ほど力を持った当主は生まれていないから、相手もいなかった。だから瑠璃に流れる妖怪の血はかなり薄いと思う」
何処までも九城という家は人ならざるモノと関わりが深いんだね…。
「ん?ちょっと待って…じゃあ子狐丸って…」
「瑠璃の為だけに存在する妖怪。子狐丸と呼ばれた時は驚いたよ。まさに僕が九城家に伝わるその刀だから。瑠璃は本能的に見抜いたんだろうね。それだけの力を持ってるんだよ」
子狐丸が私のためだけに存在してると?そんなの…嬉しいとかじゃなく申し訳なくなるじゃない…。
私がしてきた仕打ちを考えたら…。
「子狐丸、もし私が貴方以外と結ばれていたとしたら、貴方はどうなっていたの…?」
「…次、僕を持つに相応しい当主が現れるまで眠るだけだよ。決して抜けない刀としてね」
そんな…。私は傍にいてくれた子狐丸の前で、何も知らずにただ寂しいからというだけの理由で他の人と付き合ってたんだ…。誰よりも酷い事をしてきたのは私じゃない…。
どうしたら償えるの?またこれから迷惑をかけるっていうのに。
私に今できる事…そんなの一つしかない。
「子狐丸…傷つけてきてごめんなさい。 あの…ね?子狐丸にとって私のこれに価値があるのかはわからないし、罪滅ぼしになるとも思わないけど、受け取って…。今あげられる精一杯だから」
私は抱きかかえられた体勢から上半身を起こし、子狐丸にそっと触れるくらいのキスをした。
もう傷つけないっていう誓いを込めて…。
「瑠璃!?」
こんなに驚いた顔の子狐丸は初めて見たかも。
「その様子だと私のキスにも少しは価値があった?」
「当たり前だよ! だって瑠璃は誰にもしなかったでしょ?手さえ繋がなかった」
「だって…抵抗感しかなくって。 でも不思議だね…」
「うん?」
「今、子狐丸にした時、何も抵抗感なんて感じなかった…。むしろ子狐丸の傍が私の居るべき場所だって思えたよ。今まで散々子狐丸を傷つけてきた私なんかに言われても嫌かもしれないけど…」
「そんなことない! 嬉しい! 瑠璃から僕にしてくれたんだから」
子狐丸は今までで一番嬉しそうな笑顔を見せてくれた…そんな気がしたのはうぬぼれかな…。




