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〜数ヶ月前〜


中学の卒業と同時に、家を追い出されるような形で引っ越してきた街。

実家からは電車で数時間以上離れていてる、全く知らない街。


受験する高校も、住む家も、何も選ばせてはもらえなかった。

それでも高校に行かせてもらえるだけマシだと思い、親の言うとおりこの街にある学校を受験。

中学の先生からはもっと近場にも同レベルの高校があるのにそっちを受けないのか?と言われたけど、私にそんな選択権はないんです。


入試は難なく突破。自慢じゃないけど成績は良かったんだよね。家にいると読書か勉強くらいしかすることがなかったんだもの。



渡されたメモによると駅から徒歩で15分。少ないとはいえ荷物を抱えて知らない街を歩くのは疲れる…。

メモに一応手書きの地図も書かれてるけどわかりにくいし、倍以上の時間をかけてようやく到着。

指定されたアパートは二階建てで、一階と二階にそれぞれ三部屋。私の部屋は二階の201号室。

挨拶をした大家さんに聞いた話だと、一階の101号室と102号室を大家さんが使用していて、二階の203号室にもう一人の住人。私を含めて入居者は三人だけ。


そちらの方にも挨拶に行こうかと思ったけど、大家さんのおばあちゃんに止められた。

無愛想でちょっと不気味な雰囲気の女の人だそうで、ろくに挨拶もしないから、若い娘さんは関わらないほうがいい…なんて言われたら…。

なんだか怖くなって、もし会う機会があればその時に挨拶すればいいか。と思い、部屋を尋ねるのは諦めた。


アパートの私の部屋は六畳一間でお風呂はなし。洗面所とトイレ、後は廊下を兼ねた狭い台所があるだけ…。

私物は数着の服や下着、高校の制服、学校で使う物くらいしかないから小さな衣装ケースが一つあれば事足りる。

他に家から持ってきたのは、自分の布団とか折りたたみの小さな机、鍋とか包丁といった台所用品。

実家でもある程度の年齢からは、私だけ自炊しなきゃご飯も貰えなかったから。

何故か食材だけは使えるところにいつも置いてあったからこっそり使ってたけどね。

お小遣いも貰ってないのに他に方法なんてないもの。食材の管理がずさんだったのは救いだった。




新居での当面の問題は家電とお風呂。絶対に冷蔵庫と洗濯機は必要でしょ…。なによりお風呂がないのは困る! こちとらもうすぐJKなのに…ふざけないでほしい。


アパート周辺を歩いて周り、銭湯を見つけた時は涙が出るほど嬉しかった。値段も安い。

それでも私には痛い出費…。毎日毎日数百円ずつ消えるのは大問題だ。

かと言ってお風呂は毎日入りたいし…。いっそ長い髪も切るべきかな。シャンプーや水も節約できるし。でもここまで伸ばすのにかかった時間を思うと、中々踏み切れない…。

腰まである黒髪を見ながら、どうしようかと悩む。


はぁ…。

ため息をつきながらの帰り道。

銭湯からアパートまでの通り道にある激安スーパーで買い物。

これなら少ない生活費でもなんとかなるかな…?さすがに難しいか。

家事はできるから自炊してやり繰りしなきゃ。本当ならバイトでもしたいところ。

初期費用で冷蔵庫と洗濯機だけは買いたい…。どこか安く売ってないだろうか。

そもそも家電って幾らくらいする物で、どこに行けば買えるの?


買った食品を抱えながら新たな問題に頭を悩ませていた帰り道、行きには気が付かなかったカフェを見つけた。

「D&R…?なんの略だろう。行きには見た覚えがない…。こんなオシャレなのに見逃すとかあり得る?」

看板に書かれていた文字に興味を惹かれ、窓から覗いてみたら、店内も結構いい雰囲気で…。

気がついた時には扉を開けて中に入ってしまっていた。お金に余裕なんてないのに…

「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」

中年の…たぶんイケオジの部類に入るだろうおじさんに言われて一番奥のソファーに座った。


「ご注文は?」

「紅茶を…。砂糖は無しで、ミルク多め…あ、ぬるめでお願いします!」

「畏まりました」

どうせもう入っちゃったのなら一度だけ自販機というもので購入して美味しかったのを頼もう。 “間違いでした…” なんて言って、店を出る勇気は私にはないもの。

おじさんは私からの注文を受けるとカウンターに戻り、紅茶を淹れてくれてる。


「いい雰囲気…お金に余裕があったら毎日通いたいくらい…。ここで宿題とかしたら捗るのにな」

家があんなだし…。くつろげる場所がほしいよ。


「お待たせ。 それじゃあ依頼の話をしようか?」

おじさんは私の前に紅茶を置くと、向かいの席に座りながらそう言う。

ドユコト?


意味がわからないまま、紅茶の入ったカップを口元に運んだら…

「あっつ!! ぬるめってお願いしたのに…しかもミルク入ってない…」

カップの傍には少量のミルクだけ…。

「…おいおい、まさか本当にぬるい紅茶を頼んだだけの嬢ちゃんか!?」

「私、猫舌なんです! それにミルクももっと多めが良かったです…」

ミルクを入れても少量しかないからまだ熱くて飲めやしない。

「ははっ…嘘だろ…。あのな、嬢ちゃん。紅茶は95℃以上の熱い湯で淹れるのが常識だ。カップも予め温めておくくらいなんだ。低い温度で淹れたらえぐみが強くなるんだ。ミルクティーなら先にカップへミルクを注いでおくものだ」

「そうなんですか? 知りませんでした…普段飲むこともないので…」

紅茶にそんな決まりがあったなんて…。自販機恐るべし。あの箱の中でそんな高度なことをしているなんて…。


「大体がだ、猫舌なら冷めるまで少し待って飲めばいいだけだろう?カフェにきてまで態々ぬるめに頼むような人間はまずいない」

「確かに…」

ここにいたけどね! というか、急に話し方とか、キャラ変わったなこの人。


紅茶…。ここのはいい香りだなぁ。少し冷めたから飲めるようになったけど、ものすごく美味しい。

両親はいつも良い紅茶を取り寄せては淹れさせて飲んでいたけど、私は貰ったこともないし…。


それにしても…この人、気がついてるのかな?

目の前に座るおじさんの頭の上にいるモノをつい目で追ってしまった。

真っ白でふわふわしてて、ちょっとかわいい…。これだけ近くにいても寒気とか感じないのはなんでだろう?

街でも時々見かけるけど、そっちは怖く感じるのに…。

こうやって大人しく人の傍にいるのはまず見ない。うちの…ううん、うちの子なんていないんだから!


「……可愛いだろう?」

「はい、真っ白でふわふわしてて… っ!!!」

しまった…つい反射的に答えちゃった。 また変なやつだと思われる…。


「心配しなくていい。俺も見えているからな。 その様子だとなにか嫌な思いでもしてきたか?」

「…別に」

知らないおじさんに話すような事でもないし、話したくない。

ここへも二度とこないから。正確には金銭的な理由で来れない、が主な理由だけども。



「ほう…春から桜彩高校へ入学するのか。 東雲グループの末娘、東雲瑠璃ちゃん。いや、今は九城瑠璃ちゃんと呼ぶべきか。九城は母方の名字なのか…なるほどな」

どうしてそれを! まさかうちの親の関係者?私が家を出る時に母方の名字を名乗るよう強制されたのを知ってるのなんて家族や家の使用人だけだ。どうする?どうする?…取り敢えず社会的に…

「私の個人情報をどこで? ストーカーですか。 変態です! お巡りさん、この人です!! 警察に通報するので電話をかしてください」

「うちの電話を使うのかよ! まずは落ち着け! 俺はソイツから聞いたんだ」

おじさんはそう言うと私を指差す。正確には私の左肩の辺りを。

この人、本当に見えてるんだ…。 なんだ…じゃあうちの親と関係ないや。

あの人達ならそういう人を絶対に近寄らせないはずだもの。


「…私は話したりしないので知りません」

「らしいな。ま、無理もないか…。ソレのせいで苦労したのならわからなくもない。 でもな、いくら無視して否定しようとしても、そこにいるのは間違いないんだ」

「………」

知ってるよそれくらい。どれだけ否定しようが視界に入るんだから。ただ私が認めたくないだけ。


「……もしよかったら、うちでバイトしないかい?」

「はい…?」

「前にバイトしていた子が辞めてしまってね…」

「その人にもストーカーしたんですか? まさか手を出したとか…」

「違うわ!! 大学を卒業して就職したからだ! たまに顔は出してくれるから会えるかもしれないぞ」

「…取り敢えず、そのキャラがブレてるのなんとかしてください。なんだか胡散臭くて気味が悪いです」

「最近の若い子はキッツいな…。こっちが素なんだ。カフェのオーナーとは分けてんだよ。慣れてくれ」

「はぁ…そういう理由でしたらわかりました。 あの…バイト代は出るんですか?」

「おう、時給500円!」

少し悩んだけど、いくらなんでもひどい。

「帰ります」

買い物袋を掴んで帰ろうとしたら“待て待て“と止められたから渋々座る。


「冗談だ。 カフェのバイトは時給ニ千円、こっちの依頼も手伝ってくれるなら相応の額は払う」

「さっきから言ってる“こっち”ってなんですか? いやらしい仕事とかならやりませんよ」

おしゃれだけど、こんなにお客のいないカフェで時給が良すぎるでしょう。普通は精々千円とかじゃなかった?

「小娘にそんな事させるか! 大人をなめるなよ?もしバレたら捕まるだろうが!」

「…バレなかったらやらせるんですか?」

「絶対にないから安心しろ。嬢ちゃんも見えてる、ソイツら関係の仕事だよ」

つまり、この毛玉みたいな…人ならざるモノの類?でも私では役に立てるとは思えない…。


「私、今はあまり見えてないと思います…。ずっと嫌だ嫌だって思ってたら、しっかりと見えなくなって…今は声も聞こえませんから」

「そうか…。んじゃ、取り敢えずカフェのバイトだけでもどうだい? 賄いも出すし、バイト終わりにうちの風呂を使ってくれていい。毎日銭湯へ行くのも大変だろう?」

「いいんですか!? はっ…! 覗く気ですね!?」

うちの毛玉はどこまで話してるのよ。正直助かるけど!


「あのなぁ…。そういうセリフはもっとこう…な?」

どこを見ていってますか…。セクハラオヤジめ。そっちがその気ならこっちだって!

「私、着痩せするんです。これでもEはあります」

「マジか!」

「マジです」

おじさんの頭の上の毛玉が怒ってるっぽい?飛び跳ねてる。

「…いやいや。子供に手を出したりしないから安心しろ、不安ならソイツに見張らせたらいい。ずっと守る様に傍にいるんだからな…」

そう…なんだ。こんなに冷たくしているのに。まだ…。


ここでバイトしながら、もう一度この子と向き合うべきなのかな。

もうぶたれることも、怒る家族もいないんだから…。

べ、別にタダで使えるお風呂に惹かれたわけじゃないんだからねっ!









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