016
今日は土曜で学校も休みだから、一度家に帰って着替えとかを済ませて、すぐにカフェへ戻ってバイトしよう、そう思っていたのに…。
私の部屋に行くためには避けて通れない外階段に誰かがいる。
どんよりした雰囲気だけど、普通に人…だと思う。人ならざるモノに感じる様な違和感はないから。
でも、人もそれはそれで怖い…。所謂ヒトコワってやつ。自分のアパートの階段に知らない人がしゃがみこんでたら警戒するのが普通だと思う。
どうしよう…。早くどこかへ行ってくれないかな。というか、ほんと誰?
「瑠璃、部屋に行かないの?」
「だって…」
「あの人、203号室の人。別に悪い人じゃない。ちゃんと調べてあるから」
ああ! 管理人のおばあちゃんが言ってた…。なるほど納得。
しかも子狐丸が調べた上で大丈夫だっていうなら平気なんだろう。
ん?調べた…? 後で詳しく聞けばいいか。
意を決して階段を上がる。
カンカン…っと鳴る私の足音にビクッとして顔を上げたのは、ボサッとした黒髪のせいで少し不気味な雰囲気だけど、二十代くらいの女の人。
よれっとした上下赤のジャージに、目の下のクマもすごい…。
「お、おはようございます…」
「おオおオぉォ…はょぅ…ござい…ます…」
ひぃ…ゾンビみたいな声出さないで!
落ち着け、落ち着け私。この人は人。大丈夫な人…。
深呼吸を一つ。
「今年の三月頃に201号室に引っ越してきた九城瑠璃です。ご挨拶が遅くなってごめんなさい」
「わ、わわわワタシは、佐和みどりです…」
「みどりさんですね。よろしくお願いします。 それであの…階段でどうされたんですか?」
「ご、ごめんなさい…邪魔してしまって…」
そう言うとみどりさんは、これでもかってくらい端に寄ってくれた。
うん、いい人だ。
お礼を言って横を抜け、自分の部屋へ……?
「(子狐丸、何アレ)」
私の部屋の前になにか動物?らしき毛の塊が丸まってる。
「はぁ……わざわざ降りてきたのか。 狸、山を離れたら力も半減するのにどうしたの?」
狸…山…?まさか、あの幼女狸!?
ゆっくりと顔を上げた毛の塊は悲しそうに“くー“と泣いた。
「瑠璃、取り敢えず家に入れてあげていい?ワケアリっぽいから」
「う、うん…いいよ」
まさか胸の話に怒ってお礼参りとかじゃないよね?
みんなも覚えておいて。女の子に体型の話をして怒らせてはいけない、と。
その場では笑っていても、後々呪いをかけられてても不思議じゃないから!
ま、私の主観だけど。 仮に、太った?なんて軽々しく言われた日には即日で呪う自信があるよ私なら。
狸さんを部屋に入れて、子狐丸が話を聞いているっぽい間に、私はバイトに行くための仕度をすませておく。
私服に着替えて、貴重品だけ入れたかばんに持ち替えて終わりだけどね!
「子狐丸、どう?」
「それが…。ちょっと雪乃の力を借りないと駄目かも」
「じゃあカフェにつれていけばいい?」
「それしかないね」
ちっこい子狐丸を肩に載せ、狸さんを抱き上げて部屋を出る。
「うわっ…」
びっくりしたー…。部屋を出た目の前にみどりさんが立ってたんだもの。
「そ、その子…飼ってるの…?」
「え…?いえいえ! たまたまここでぐったりしてたみたいで…私ではわからないので、これから診てくれる人の所へ連れていきます」
「そ、そう…。こわく…ない?」
一応この狸さんはここらあたりのボスかなにかの一人って話だし、なんて答えたら…。
「や、野生動物なので、元気になったらわかんないですね! 急ぐので失礼します!」
「あっ…」
なにか言いたそうだったけど、現状私には何も答えられないし。何より早く雪乃さんの元へつれていってあげないと!
狸さんを抱えたままカフェまで走り、ドアを開けて飛び込んだら、バカップルが。
「朝から店側で何してるんですか!!」
お客がいないからっていちゃいちゃと! オーナーが何してるんですか…。
「オレはいつも通りだ。 瑠璃、お前が見えてなかっただけだろ…。それより、どうしたんだソレ…」
なんですと!? 私は常日頃からこんなにいちゃいちゃしてる二人の傍でバイトしていたと?
思い返せば、結構な頻度で真っ白い毛玉がオーナーにくっついてた! いくら他の人に見えないからって…さすがにちょっと。
「瑠璃、今更落ち込んでても仕方がないよ。あのバカップルには慣れて」
無理すぎる…。だって雪乃さんがオーナーを後ろから抱きしめながら…これ以上は言えないっ!
「おい、瑠璃。 早くそいつの説明をしやがれ。なんで連れてきた」
説明を求めるのならせめていちゃいちゃするのをやめてください! こうなったら…
「……ふかくん、もっと積極的にしてくれてもいいんだよ? わたしを満足させて…」
「なっ……瑠璃お前!!」
「雪乃さん、寝ぼけて私にそう囁きながら襲ってきました」
「「やめろーーー!!」」
「ではお二人ともお店では自重してください!! 未成年の私も子狐丸もいるんですから!」
「「はい…」」
はぁ…はぁ…。 全く!
「それで瑠璃ちゃん。その狸はどうしたんだい?」
やっと離れたオーナーとちっこくなった雪乃さんは、ようやくきちんと話を聞いてくれる体勢に。
ちっこくなってないと我慢できないとか…仲良すぎるでしょ。
なんだか釈然としませんが! 話が進まないので気にするのをやめます!
「さっきアパートの部屋に帰ったら、うちの扉の前に丸まってたんです。 子狐丸が雪乃さんの力を借りないと駄目だって言うので、連れてきました」
「…随分と弱々しくなってんな、山を降りりゃ無理もねぇが、それにしても弱りすぎだ…どうした?」
”くー“っとなく狸さんと雪乃さんは何やら話してるようだけど、内容はわからない。
「瑠璃ちゃん、まさかと思うけど、あの狸って…」
「例の境界のある山にいた狸さんです」
「……」
変な笑顔のまま固まってしまったオーナー。
取り敢えず手待ちの油性ペンでオデコに狸って書いておいた。
「瑠璃、それかして」
「いいよ」
子狐丸は私から油性ペンを受け取ると、オーナーのほっぺに猫みたいなひげを描き足したものだからもう駄目だった。
「あははっ! 子狐丸、やり過ぎっ…あははっ」
「瑠璃に悪影響を与えたバツ。反省しろ狸オヤジ」




