015
その日の夜、初めてオーナーの家に泊まった。
少し前まではオーナーの一人暮らしだと思っていたから、当たり前だけど…。
カフェの二階にあるオーナーの家には私の入ったことの無い部屋があるのは知ってた。だって扉がいくつかあるんだから。当然、勝手に開けるような無粋な真似はしていない。
私が出入りしたのは、リビングとそれにつながるキッチン、後は洗面所とお風呂くらいなもの。
他に少し入ったのは倉庫になっていて、私のもらった家電とかが押し込まれていた部屋かな。
入ったことのない扉の一つが雪乃さんの部屋で、今夜はそこに泊めてもらう事になった。
「ベッドじゃなくて悪いな。オレはこうじゃねぇと落ち着かねぇんだ…」
雪乃さんの部屋は和室の畳敷き。そこだけは元々のイメージ通りの雪女で逆にびっくり。
服と同じで部屋もこう…なんていうの?ヤンキッシュ?そんな感じかと思ってたから。
私としてもこっちのが落ち着くからありがたい。
「私も普段から畳に布団なので大丈夫です」
ベッドなんて高級なもの、幼い頃しか使ってない。子供用ベッドが小さくなってからはうっすい布団一式しか支給されなかったし。
雪乃さんと布団を並べて眠る。
初夏なのに涼しいのはやっぱり雪乃さんのおかげ?
「寒くないか?」
「はい。こうやってお布団に潜り込むと丁度いいくらいです」
家だと最近は蒸し暑くなってきて寝苦しかったのに…。
こうして話していると雪乃さんが雪女だって忘れそうになる。普通にキレイなお姉さんだし、寝る時は服装も派手じゃなく、浴衣だから余計にかも。
「瑠璃は一人暮らしで不便してないか?」
「はい。今は子狐丸もいてくれますし。それにオーナーから家電等も頂いたので…」
「ああ、紗千が置いていきやがったやつか…。全部持っていって良かったんだぞ?」
「必要な物は頂きましたから」
うちの部屋は狭いし、要らないと思ったものは断った。テレビとかみたいな娯楽品は使わないから。
「紗千さんってどんな人なんですか?私はまだお会いしたことがなくて…」
「アイツは生意気なガキだな。それと、女好きだから瑠璃は特に気をつけろ」
「ええっと…?女性なんですよね?」
「ああ。客も口説くような奴だからな。瑠璃は確実に紗千のタイプだろうな」
接客する人としてどうなんだろうそれ…。会うのが怖くなってきた。
「外見はまぁ美人なほうで、中身は王子だと思え。言動はイカれてる」
「お礼を伝えたかったのですが、会うのが不安になりました…」
「ま、根は悪いやつではないから大丈夫だ」
雪乃さんがそう言うなら…。
そのまま他愛のない話をしていたらいつの間にか眠っていて、ひんやりと冷たい感触に目が覚めたのは日が昇りかけた朝方だった。
なんだろうと思ったら…冷たかったのは雪乃さんの腕だったのね。まさか抱き枕のようにされてるとは思わず、びっくりしたけど。
「ふかくん…もっと積極的にしてくれてもいいんだよ…遠慮しなくても…」
雪乃さん!?腕どころか足まで絡めてきて耳元で不穏なセリフを言わないでください!
ふかくんって…あっ、オーナーか! 名前、深葉さんだし。もしかして私、間違えられてる!?
これ、不味いんじゃ…。
そう思ってなんとか雪乃さんを振り解いて逃げようとしたのだけど、力が違いすぎる!
「ふかくん? なんで逃げるの?いつもならちゃんとわたしを満足させてくれるのに…」
一人称までかわってます!! 普段の雪乃さんと違って可愛らしい上に、オーナーとのそういう生々しいのを聞かせないでください!
「んーー! ダメだ…力が強すぎる…」
腕を振り解けない!
「ほら…ちゃんとおっきくして…」
「ダメっ…雪乃さん、本当に洒落にならない!! 手の場所! んっ…私はそこに何も無いからぁ…」
「どうして隠すの?ほら、いつもみたいに…」
「んっ……やめっ… そこは…やっ…だめっ… 助けて…子狐丸!!」
なんとか絞り出した声だった筈なのに、
「瑠璃!!」
私を呼ぶ声と共に部屋に飛び込んできた子狐丸は私に覆いかぶさっていた雪乃さんを思いっきり突き飛ばした。
絡みつくように抱きつかれてた私も当然巻き込まれて、布団から転がり出た勢いのまま壁に激突。
したたかに頭をぶつける羽目に…。
「うう…いったぁ…。加減してよ子狐丸。でも助けてくれてありがとう…」
「大丈夫!? る…り…」
大きい美形スタイルの子狐丸が私から目をそらす。どうしたの?
「瑠璃、服…」
見下ろして自分のあられも無い姿に慌てて布団で隠す。驚きすぎて悲鳴も出なかった……。
「私の服は…?」
「多分それ…」
子狐丸が指差す先には未だ寝息をたてている雪乃さん。その手にガッシリと握られてるのは私が着てたもの。
昨夜、泊めてもらうって決まった時に、当然着替えなんて持って来てなかった私は、雪乃さんに浴衣をパジャマ代わりに借りた。そりゃあ脱げやすいだろうけど、こんなに見事にひっぺがされることってある!?転がる時にセルフあ〜れ〜をやっちゃったとでもいうの?
昨日着ていたものは下着も含め全て洗濯させてもらったから、当然履いてないし着けてない…。
「子狐丸、見た!?」
「…見てない」
あの顔は嘘だ…。真っ赤になってこっちを見ようともしないし。
今まで着替えやお風呂にもついてきてた子狐丸だけど、あの様子だと見ないようにしてくれてたんだ…。なのにこんなタイミングで見られたなんて…。
「瑠璃、なにがあった?」
背を向けたまま聞いてくる子狐丸。
「…寝ぼけた雪乃さんが私をオーナーと間違えて甘えてきた…」
かなりギリギリというか、もう色々とアウトだったけど、女の人だしセーフ! という事にしたい…。
ただ、おかげで昨日の気持ち悪かった体験は完全に上書きされた。だってリアルに触れられるのと違いすぎたから。昨日のは錯覚だったってよぉーくわかった。
喜んでいいのかは微妙なラインだけど、悪意のない雪乃さんの方がずっとマシだと思える。
子狐丸が雪乃さんから浴衣を取り返してくれて、ようやく身体を隠せるようになり…。
雪乃さんの部屋に干していた下着とかを回収して、着替えたらやっと落ち着いた。
その間、子狐丸はずっと背を向けてくれてるあたり、本当に紳士だよ。
「…ごめんね子狐丸。助けてくれてありがと」
「ううん…こっちこそ」
「もうこっち向いていいよ。 昨日はどこで寝てたの?」
「ドアの外…部屋に入るなって雪乃に言われたし」
まさか一晩中!?
「ごめん…」
「僕が好きでやってることだから謝られるのは違う」
「でも…!」
子狐丸は静かに首を振るとニッコリと笑う。美形でその仕草は心臓に悪いからぁ!
気持ちを切り替えて、泊めてもらったお礼に朝ごはんの仕度でもしようとキッチンに行ったら、既にオーナーが起きてコーヒーを淹れてた。
「おはようございますオーナー。泊めていただいてありがとうございました」
「二人ともおはよう。それくらいかまわないよ。 雪乃は?」
「…まだ寝てます」
朝の事は黙ってよう…。
「あー大丈夫だったか? その、寝ぼけた雪乃に…」
普段一緒に寝ているはずのオーナーなら雪乃さんがああなるのを知ってて当然だった!
「オーナー、それ以上何も言わないでください。じゃないとこれから私も“ふかくん”って呼びますよ?」
「や、やめろ!! それだけは…」
こんなに狼狽えるオーナーも珍しい。雪乃さんが居なくなった時とは違う慌てっぷりに私のイタズラ心が…
「いつも相当激しいんですね…。あんな事してるなんて…」
「なっ…! ちょっとその辺詳しく!」
しまったぁ!! この人、私が悪乗りするとノッてくるの忘れてた!!
「え…いや…」
「嫁がJKと…なんて最高に盛り上がるじゃないか。ほら、詳しくきかせてくれ」
「くっ…」
言えるわけ…ないっ!
「瑠璃、浮気? 何したの雪乃と!」
「ちがっ…。 えっ、浮気!?浮気って何!!」
「ほら、聞かせてくれ。今朝の雪乃はどんなだった?」
「瑠璃!!」
「ふ、ふたりとも落ち着いて…」
朝から散々だよ!! 半分くらいは自業自得だけど!




