014
人の姿のようでもあり、まるで悪意の塊みたいなソレは私をじぃーっと見ている気がして全身に寒気が。
でもやっぱり知っているような感覚がまた気持ち悪く感じる。
「瑠璃、アレが何かわかった?」
「ううん…でも知らない人ではない、と思う…」
疑問なのは、私の見知った人で亡くなったような人はいないって事。
祖父母の記憶はないし、他にも記憶にある親族で鬼籍に入った人はいない。
私が家を追い出された後、両親や兄、姉に何かあったなら流石に連絡は来ると思うし…。
そうなるとあてがなくなる。
じゃあ全く知らない人?それも違う…。
この嫌な感じ、記憶にあるんだ、どこだっけ……。
「あっ…!」
「気がついた…?」
「三代目…。このねちっこい嫌な感じはあの先輩だ! え、まさか!」
「生きてるよ。あれは生霊。想いだけが暴走した厄介なやつ」
「うぇぇぇ…。確かに別れたあともしつこかったけど、それも数日くらいで最終的には四代目にわからされたはずでしょ」
その恩もあったから四代目の告白を受けたんだし…。
三代目と言えば、唯一復縁を迫って来た人で、やり直して仲良くしていくには深い関係になるのが一番いいとか意味不明の持論を展開してきた人。
付き合っている時の束縛も一番ひどかった…。スマホのチェックとか、バイトや交友関係にまでやたら口出ししてきたし、正直一緒にいて一番キツかったのも三代目。
私から別れてくださいってお願いしたほど…。例の質問なんてわざわざする必要もなかったくらい。
アレが近くに来れば来るほど嫌な感じが増していく…。
普通の寒気とかそういうんじゃない! もっと気持ち悪いものが…身体を舐め回す様な気持ち悪いモノが…イヤっ…
「瑠璃、僕を見て。 いい?アレを生み出した原因は瑠璃にも多少ある。人の想いというのは良くも悪くも強い。それこそ妖怪も生まれるくらいにね。だから気をつけて。お願いだよ」
「う、うん…ごめん…。怖いよ…助けて…アレの視線だけで身体が汚されそうなの…そんなのやだ…」
「くそっ…瑠璃を汚させるものか!!」
子狐丸は刀を抜くと走りざまに一振りでアレを切伏せた。
直後、身体にまとわりつくような、撫ぜまわされていたような気持ち悪いものが消えて、力が抜けて立っていられなかった…。
「瑠璃!」
「ごめ…。…シャワー浴びたい…。私、汚されてない…?大丈夫だよね?」
「大丈夫! 手出しはさせてない! ごめんね…瑠璃がそこまで感度が高いのは予想外だった。もっと早くに手を打てば怖い思いをさせなかったのに…」
「ううん…私の撒いた種だから。実際にされたんじゃなくて…よか…」
「瑠璃! 瑠璃!? ごめん、直ぐに運ぶから!」
…………
……
私が目を覚ましたのはオーナーの家のリビングにあるソファーだった。
怒鳴り声がすごくて寝ていられない。 何事…?
それに…何かまだ身体に残る嫌な感覚が抜けきらないのはどうしてなの…。
子狐丸が斬ってくれた時はスッキリしたはずなのに。
「何してんだテメェは! 惚れた女くらい命がけで守りやがれ!」
「返す言葉もない…」
「身体は無事でも精神が犯される事はあり得るんだぞ! それは無事と言えるか?ああ?」
「言えない…」
「雪乃、それくらいで…。子狐丸にもそれなりの理由があったんだから」
「黙ってろ! お前はオレが他の男に同じ事をヤラれて耐えられるのか?」
「無理に決まってるだろ! 寝取られの趣味はない!!」
えっと…? 子狐丸が雪乃さんに叱られてて、それを止めようとしたオーナーと雪乃さんがケンカしてる?
目覚めるなり色々とハードモードなんですが…。
「精神が犯されるのは身体が犯されるのと同義なんだよ! テメェらオスにはわからんだろうが女ってのはな…!」
「あの…私…やっぱり汚されてしまったのですか…?」
「瑠璃、起きたのか! 大丈夫だ、大丈夫。お前はキレイなままだよ」
駆け寄ってきた雪乃さんに抱きしめられた。
「でもさっき…」
「あのバカ野郎共にわからせるために言っただけだ。瑠璃はよごれちゃいねぇ。大丈夫、大丈夫だ」
「…ほんとうに…?」
「ああ。オレは口は悪いが嘘は言わねぇ。 だよな?」
「そうだな。俺も雪乃に嘘をつれたことはないから安心していい」
でも…さっきの嫌な感覚が消えない。身体を撫ぜ回され弄られるような…気持ち悪い視線が忘れられない…。
「瑠璃、心配ならオレと風呂に入ろう? な? ちゃんと見てやる。記憶に焼き付いたものも全部風呂で流してしまおう」
「はい…」
雪乃さんに連れられて一緒にお風呂へ。
人と入った記憶がないから緊張するけど、今は一人になりたくない。
脱衣所で服を脱ぐ私をまじまじを見つめる雪乃さん。流石に恥ずかしいのですが…
「瑠璃、キレイな身体してるな?」
「雪乃さんのがキレイです。肌も白くて…」
裸を隠しもせず仁王立ちしてるんだもん。堂々としすぎてて普通に見ちゃった…。
「オレは雪女だからな。白いのは仕方ねぇ」
お風呂場でシャワーを浴びたら少しだけスッキリした。身体に残っていた嫌な感触も流れ落ちたような気がする…。
「ほら、こっちに来い」
湯船の中へ誘う雪乃さんに言われるままお湯に浸かる。
「大丈夫だ。お前はけがれを知らねぇキレイな身体してるよ。直接見たオレが言うんだから間違いねぇ」
「はい…」
「それともこんな事されたのか?」
雪乃さんはそう言うと私の身体に触れてきたからびっくりした。
「されてません…。 というか雪乃さんの手、冷たくて気持ちいいです…お湯の中なのに」
「それも雪女だからだな。 ちったぁ落ち着いたか?」
「少し…。 自分の撒いた種ですけど、本当に怖かったです…ここ何日か怖い思いばかりしてましたから」
「自分を責めるな。瑠璃、お前はもうオレの娘みたいなもんだ。何かあったら頼れ。甘えたい時は甘えろ、泣きたい時は胸を貸してやる。いいか?お前は一人じゃねぇ。まだ頼りねぇが狐のガキもいる。うちのダンナもいる。抱え込む必要なんてねぇんだ」
「はい…」
「何も心配いらねぇから…」
雪乃さんの身体と手はひんやりしてるのに、抱きしめられると温かくて…。
堪えていたものをすべて吐き出すように泣いた。
私が泣いている間、雪乃さんはずっと抱きしめてくれてて。嬉しくて温かくて満たされて。
こんなに泣いたのは蔵に閉じ込められて以来かも。
「ありがとうございます…」
「礼なんていらねぇよ。オレが娘に注ぐ愛情は限りなんてねぇからな! まぁバカやりゃあ叱るがそれも当然だ。違うか?」
「いいえ。叱ってくれるのも嬉しいです…。私にはどれも無かったものですから…」
両親が私に怒ったのは、私のためじゃないもの。自分達の思い通りにならないから怒っていただけ。
「今日は泊まっていけ。母娘で一緒に寝るのもいいだろ?」
「はい…」
初対面はすごく怖かった雪女の雪乃さんが、私にとって信頼できる大人になり、更にお母さんみたいな人になるなんて思いもしなかった。




