夜の奥に沈むもの
自分で考えた設定を元に AIで出力したものになります。
BL風味 ふわっとしている サスペンスで不穏です。見ていてあまりいい気持ちにならない表現もありますのでお気をつけください。
この作品について、自己責任でご覧になってください。
静かな雨が、ガラス窓を撫でていた。
ジークはソファに身を沈めたまま、マグカップから立ち上る湯気をぼんやりと見つめていた。ほのかに香るカモミールティーは、マイケルが差し出してきたものだ。手際よく淹れられたその香りは、いつものように穏やかで、何の違和感もないはずだった。
「落ち着いた?」
マイケルの声は、いつもと変わらず柔らかかった。
ジークは軽く頷いたが、胸の奥のざわつきは拭えなかった。エレノアがいなくなってから、すでに半年が経とうとしていた。彼女の部屋はそのまま、口紅の匂いも、置きっぱなしのヘアピンも、洗面台に忘れられた香水の瓶も、何一つ変わらずにそこにある。
「……なあ、マイケル」
「ん?」
「エレノアが、お前に好意を持ってたの……いつ気づいた?」
マイケルは一瞬だけ言葉を止めた。その沈黙が、雨の音に混ざってやけに長く感じられた。
「……あいつ、結構わかりやすかったからな。たぶん、前から、ずっと」
「……そうか」
ジークは小さく笑った。痛みとも、諦めともつかない感情が、胸を満たしていくのを感じた。
(やっぱり、そうだったんだな)
彼は知っていた。自慢の妹が、いつからかマイケルを目で追っていたことも。笑う声が変わったことも。二人の間に流れる気配が、どこか違っていたことも。
けれどそれを口にした瞬間、自分の中で何かが壊れてしまいそうで――ずっと見ないふりをしてきた。
「ジークは、怒らないんだな」
「怒る理由なんてないよ。……親友だもんな、俺たち」
ジークはそう言って微笑んだ。マイケルもまた、笑って見せた。けれどその目の奥には、何か得体の知れない影が揺れていた。
『夜の奥に沈むもの』
──前半──
一
「エレノアがいなくなって、半年だってさ」
ジークはそう呟いた。窓の外には、雨。止む気配はない。カーテンの隙間から差し込む灰色の光が、部屋の中をぼんやりと染めている。
「……そうか」
マイケルは、コーヒーのカップをテーブルに置いた。香ばしい香りが漂う。彼の動きはいつも通りで、整然としていた。だがジークは、その手の震えが一瞬止まったのを見逃さなかった。
「何か、思い出した?」
「いや。……ただ、夢に出てきたんだ。エレノアが」
「どんな夢?」
「地下にいるって、言ってた。冷たいところ。寂しいって」
マイケルは黙った。ジークは、目を細めてその顔を見る。何か言いたそうだったが、やがて唇を引き結び、無言でカップを手にした。
「……なあ、マイケル」
「ん?」
「お前、エレノアのこと……好きだった?」
少しの沈黙。そしてマイケルは、視線を外しながら言った。
「……ジークの妹だ。大切には思ってた」
ジークは苦笑する。
「大切、ね。まあ、分かってたけどな。あいつ、お前のことずっと見てたし」
「……ジーク」
「俺、ちょっとだけ嫉妬してたんだよ。エレノアが、お前に向ける顔が優しくてさ。……兄貴なのに、敵わないなって」
マイケルは何も答えなかった。
二
マイケルは料理がうまい。エレノアがいなくなってからというもの、毎日のように手料理を振る舞ってくれる。
今日の皿には、ローズマリーとガーリックで香りづけされたロースト肉が乗っていた。柔らかく、ジューシーで、独特の甘みがある。
「うまいな、これ。どこで手に入れた?」
「ちょっとしたルートがあってな。特別な肉なんだ」
「へえ……人脈、広いな」
「ジークに元気になってもらいたくてさ。……エレノアも、きっとそう思ってる」
その言葉に、ジークは目を伏せた。
だがその夜、また夢を見た。
暗い地下。鉄の扉。冷たいコンクリートの床に、赤い染みが浮いていた。奥の影の中で、エレノアがこちらを見ている。血まみれのドレス、乱れた髪。何かを訴えている。だが、口は動かず、ただ涙だけが流れていた。
目が覚めると、手には冷たい汗がにじんでいた。
三
翌日、ジークはこっそりマイケルの家を訪れた。彼が買い物に出ている間を狙って。
静かな室内。整然とした家具。冷蔵庫を開けてみると、中には真空パックされた肉が整然と並んでいた。手書きのラベルには日付だけが書かれている。
不意に、目に留まったひとつの小包。そこには「E.N.」と書かれていた。
「……エレノア・ナイト?」
開ける勇気はなかった。手が震えていた。
だがその時、扉が開いた。
「ジーク?」
マイケルの声。ジークは咄嗟に冷蔵庫を閉じ、何事もなかったかのように振り返った。
「ちょっと、忘れ物してて」
「……そうか」
マイケルは微笑んだ。その笑みは、どこか硬かった。
「冷蔵庫、見た?」
「いや。水を飲もうとしたけど、やっぱやめた」
マイケルは、微かに口元を緩めた。それは安堵のようにも、警戒のようにも見えた。
四
日が経つごとに、ジークの中の違和感は強まっていった。
マイケルの仕草。視線。時折見せる、冷たい笑み。そして、料理の味。
「この肉……本当に、どこから?」
「しつこいな。気になる?」
「……気になる」
マイケルはフォークを止めた。
「ジーク、エレノアが消えてから、変わったよな」
「そうか?」
「夢を見るようになったって言ってたろ。地下にいるって……それ、本当か?」
ジークは黙った。
「俺、ジークのこと心配してるんだ。ずっと見てるから分かる」
「……ありがとう」
「エレノアが、何かを伝えようとしてるなら、俺にも聞かせてほしい」
ジークは、ふとマイケルの目を見た。
その奥に、氷のような感情が潜んでいる気がした。
五
ある晩、エレノアの部屋に入ったジークは、彼女の机の引き出しから一冊のノートを見つけた。
【好きな人がいます】という見出しのページ。
その隣に、マイケルの名前があった。
ジークはその文字を見つめたまま、ゆっくりとページをめくる。
【ジークには言えないけど、私はマイケルが好き。ずっと前から、あの人の静かな強さが好きだった】
【ジークは気づいてない。けど、私は罪悪感がある。彼の一番でいたいけど、それは無理なんだって】
【マイケルと、ちゃんと向き合いたい。怖いけど、気持ちを伝えたい】
ページの端に、日付が書かれていた。それは、彼女が失踪する直前の日付だった。
「……気づいてたのか、やっぱり」
ジークの指先は、かすかに震えていた。
『夜の奥に沈むもの』
──後半──
六
その晩、ジークは食事を拒んだ。
マイケルは何も言わず、彼の向かいに座っていた。皿の上の肉が冷めていく。雨がまた降り出した。窓の外には街灯のぼんやりした光だけが、揺れていた。
「……どうした?」
「今日は……腹が減らなくてさ」
「そっか」
それきり、ふたりは言葉を交わさなかった。けれど、その沈黙の奥で、何かが確かに崩れていく音がした。
ジークの視線は、マイケルの手元にあったナイフに落ちた。よく研がれた刃が、灯りを微かに反射している。
「マイケル」
「ん?」
「お前は……どうしてそんなに俺に尽くしてくれるんだ?」
「……今さらだな」
マイケルは笑った。けれどその笑みは、どこか痛々しく歪んでいた。
「昔さ、ジークに助けられたことがあっただろ」
「川に落ちたときか?」
「うん。あのときから……ずっとなんだ。ジークが俺の世界の中心だった」
「マイケル……」
「ジークが笑えば、俺も幸せだった。悲しめば、俺も苦しかった。……でも、ジークにはエレノアがいた」
「それは……家族だ。妹だぞ?」
「違う。違ったんだ、あいつは。ジークの笑顔を、俺より引き出すのは、許せなかった」
その言葉に、ジークの背筋が凍った。
「……まさか」
マイケルは、ふと立ち上がる。静かに歩き、キッチンの奥に消えた。数秒後、冷蔵庫の扉が開く音。パックのこすれる音。戻ってきたとき、彼の手には一つの真空パックがあった。
「お前は、これを食べて、うまいって言った。……優しい味だって」
マイケルの声は、どこかうっとりしていた。
「エレノアはな、最初に心臓が止まったあとも、少しの間、意識があったみたいだった。……泣いてた。お前の名前を呼んでた」
「やめろ……」
「俺は、お前のために全部やったんだ。あの肉も、料理も、記憶も。お前がエレノアを手放せるように。俺のものになるように」
ジークは立ち上がった。喉の奥が焼けるように熱い。だが、涙は出なかった。
「お前は……化け物だ」
「違うよ。ジーク。俺はお前のことを、心の底から愛してる」
「……愛?」
ジークは、キッチンにあった包丁を手に取った。
「そんなもの、誰の命を喰って手に入れたんだ……!!」
マイケルは、ただ笑っていた。悲しそうに、愛おしそうに。
「ジークがそれを言うなら……それでいい。お前が俺を憎んでも、構わない」
「お前は……!」
そのとき、マイケルが静かに目を閉じた。
「これで、ようやくお前も……エレノアを、手放せるだろ」
そして、ゆっくりと自分の喉元にナイフを当て――。
「やめろ!」
ジークの声は、悲鳴のようだった。だが、マイケルは動きを止めなかった。刃が皮膚に食い込み、赤がにじむ。
ジークは、力いっぱいにマイケルの手からナイフを奪い取った。
「……そんな終わり方、させねえよ」
「……どうして?」
「地獄を見せてやる。生きて、全部償え。俺の、妹の、命のぶんだけ」
マイケルは微笑んだ。血に染まった唇で。
「それでも、ジークが俺を見てくれるなら……俺は、幸せだ」
ジークは、黙って警察に通報した。
七
――あれから一年が経った。
マイケルは精神鑑定を経て、治療のための収容施設に送られた。殺人と死体損壊、遺棄の罪は重い。だが彼が見せた「狂気のなかの純粋」は、法廷すら沈黙させた。
ジークは町を出た。エレノアの遺灰を抱えて、静かな郊外の一軒家で暮らしている。
台所に立つたび、ナイフの重みを思い出す。
冷蔵庫を開けるたび、血の匂いが喉の奥を刺す。
夜が来るたび、夢のなかでエレノアが泣いている。
(兄さん、どうして気づいてくれなかったの)
その声が、ジークの胸を締め付ける。
だが、今日も彼は生きている。
マイケルがくれた“静かで恐ろしい愛”を、決して忘れぬように。
そして、エレノアが確かにいたことを――心に刻み続けるために。
⸻
完
楽しんで頂けたら幸いです。