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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
公子三人
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ルーペイ・ツーイー

 夏羿族の歩哨の兵が逃げたのを見て、盧武成は初めは劇迴を恐れたのかと思った。長城の歴戦の守将たる劇迴であれば夏羿族にもその有名は轟いていると思ったからだ。

 しかし、その兵が叫んだ言葉――ルーペイ・ツーイーという単語を聞いて眉をひそめた。

 盧武成は前にもこの言葉を耳にしたことがある。維氏の領で陶族との戦いに参戦した時、陶族の兵は盧武成をそう呼んだ。それ以前にも、思い起こせば鬼哭山で虎を倒した時に脩も盧武成のことをそう呼んでいた。

 二人は馬を走らせ歩哨の兵を追う。その先には、簡素な穹盧が立ち並ぶ夏羿族の拠点があった。

 男たちは馬に跨り、剣や弓を構えながらも、盧武成を見ながら口々にルーペイ・ツーイーと声を震わせながら叫んでいた。


「劇迴どの。奴らの言うルーペイ・ツーイーとはいったい何ですかな?」

「北狄に伝わる神話だよ。四つの胴、八本の腕を有していてすべての手に異なる武器を携え、一たび戦いを始めれば動く者がなくなるまで戦い続け山野を血で染め上げる無双の怪物だ。夏羿族、陶族、その他にも北地に棲んでいてこの怪物を知らぬ者はなく、その名を聞けば赤子も泣き止むほどに奴らはそれを畏怖している」


 丁寧に説明されて、説明は分かりやすくとも盧武成は頭が痛くなるのを感じた。

 確かに盧武成は陶族との戦いでは厳熊という猛将を討ち、先の夏羿族との戦いでは呀健という剛将を倒した。しかし掠奪を平然と行い、戦を日常とする民族たちにたった一度や二度の勝利で怪物扱いされるのは気に入らない。


「お前らの目はどうなっている!! 俺の腕の数さえ数えられぬほどに曇っているのか!!」


 盧武成はたまらず叫んだ。裂帛の気勢である。しかし夏羿族の言葉が分からない盧武成の叫びは通じることなく、怪物が眦を決して自分たちを睨んでいるかと思って彼らはさらに怯んだ。


「……劇迴将軍、どうにか彼らを落ち着かせていただけませんでしょうか。恥ずかしながら、世間知らずな上に若輩の私には手に余ります」

「――そのようだな」


 劇迴は困った顔をしつつも夏羿族のほうへ馬を進める。そしてしばらくの間、彼らと話していた。

 やがて盧武成の下に戻って来た劇迴は、目を細めて盧武成を睨んでいる。


「お前も子狼と同じ(ともがら)ということか。性格が悪いな。分かりやすい武勲があるならば隠し立てせずに言っておけ」

「武勲、でございますか? 呀健なる将を討ったことであればすでにご存じでは?」

「そちらではない。貴様、陶族の厳熊を倒しただろう。血のような赤馬に跨り、戟を手にした黒鎧の武人というのはおまえのことではないのか?」


 それはそうだと頷いたが、陶族の将を倒したことで夏羿族が自分を畏れるのかが分からなかった。

 劇迴の話によれば北狄でも族が異なれば時に争うこともあり、また中原の国を侵すために協力することもあるとのことである。そして陶族の厳熊は時に夏羿族にも攻めかかり、また夏羿族に協力して薊国を攻めたこともあり、その上で不敗の猛将であるらしい。

 そうなれば、その厳熊が討たれたという話もたちまちに夏羿族に伝わる。そして、その特徴と合致する男が夏羿族でも豪勇で鳴らしている呀健を討ったとあって、いよいよ夏羿族は薊国にルーペイ・ツーイーありと震えあがったようだ。


「とりあえず、ここにいる者のうち、戦士はすべて協力すると言っているぞ」

「……それは、上首尾でございますな」


 劇迴は不愉快そうな顔をしていた。釈然としていないのは盧武成も同じなのだが、物事が順調に進んでいるのを嘆くのもおかしな話なので、そう返すしかなかった。




 そうして、盧武成と劇迴は三日のうちに五百の騎兵を集めてきた。いずれも冬を越すための備えを持たぬ者らである。子狼は利幼に、彼らとその家族が食えるだけの糧食を与えるように頼んだ。それは望諸にある食糧庫をほとんど空にする行為に等しいのだが、子狼は、


「ひと月と経たぬうちに、倍にしてお返しいたしましょう」


 と自信満々に言ってのけたのである。

 そして手にした夏羿族を使って子狼は、岸叔が軍を動かすとその兵糧だけに狙いを定めて奪わせたのである。岸叔が率いているのは三千の兵であり、それだけの兵士の行軍を可能とするだけの兵糧が利幼の懐に転がってきたのだ。その総数は夏羿族を養っても余りある。

 東では大挙して望諸を攻め狙ってきた練孟がいまだ城の一つも落とせず、西では岸叔の軍が利幼の軍ではなく、襲い来る夏羿族と、そして何よりも空腹と戦っている。二人の兄を同時に相手取りながら最も優位にあるのは間違いなく利幼であり、こうなると利幼は子狼の策謀を認めるしかなかった。

 利幼は姜子蘭と子狼を呼び寄せ、直々に称賛を与えた。

 姜子蘭はその言葉を慎んで受け取ったが、子狼は含み笑いをした後に一度その場を辞した。そして、次に利幼の前に現れた時には二人の屈強な兵士を連れていた。その兵士は縦長の袋を抱えている。それはちょうど人が一人収まりそうな大きさであった。


「我が策が公子の大義のための一助となったのであれば何よりでございます。ですが今日はもう一つ、公子に献じたきものがございます」


 そう言うと子狼は兵士に命じて袋を開かせる。その中には、胴を縛られて轡をかまされた岸叔がはいっていた。

昨夜、Xで宣言したことなのですが、もうすぐ100話ということもあり、100話目投稿日の夜にxでスペースやります。

https://x.com/tDvyxBwyfl93723

具体的なことはまた近づいてくればあとがき、活動報告でさせていただきます。現状、自作にどのくらいの読者様がおられるのかはわかりませんが、自分としましては参加者ゼロでも日をまたぐまで虚空に向かって話し続けるつもりです。是非ご参加ください!!

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