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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
公子三人
75/114

故事好きの君主

 子狼の話がひと段落ついたところで脩は、


「それで、そろそろ難しい話は終わったのかい?」


 と呆れた顔をして聞いてきた。ここまでずっと話の外に置かれてきた脩には退屈であり、そして仲間外れにされたのが不満だったのである。


「ま、とりあえず終わりだ。悪かったな脩」


 子狼は頬を膨らませている脩を宥めるようにその頭を撫でる。すると子供扱いされたのが気に入らず、脩はさらに憤慨した。

 姜子蘭は誤魔化すように、


「と、ところで薊国のことを教えてくれないか子狼?」


 と聞いた。子狼のほうも、そうですなと言って、まだ立腹している脩を無視して話し始める。


「そうですな。それで、我が君は薊国についてどのくらいのことを御存知ですか?」

「姜姓の国であり、武王の叔父である夸延籍(こえんせき)を国祖に持つ国――というくらいのことくらいだな」


 姜子蘭はそう言った。子狼は次に盧武成のほうを見る。東国、尤山(ゆうざん)の出身である盧武成ならばより詳しいのではないかと考えてのことであった。


「維氏と同じく、北狄の脅威に晒されている国であろう。確か俺が尤山を出た時の薊は侯爵位を有していたはずだが」


 虞王朝にはそれぞれの諸侯に対して定めた爵位というものがある。爵位は世襲であり、各国の君主は存命中は国名と爵位で呼ばれることとなり、史書にもそのように記される。

 ちなみに虞の爵位は上から公、侯、伯、子、男である。

 さらに余談を重ねるなら、諸侯は(こう)じると某公、と諡と公を合わせて呼ばれるのだが、こちらの公は爵位とは関係がない。


「その頃の薊侯は――あまり良い話は聞かなかったがな」


 口ごもる盧武成に子狼は頷く。


「まあそうだよ。そして今もその薊侯は存命でな。そして三人の公子が跡目を争っているのが今の薊さ」

「そ、そうなのか?」


 姜子蘭が驚きの声を挙げる。姜子蘭にとって国の後嗣とは君主が定め、子や臣下はそれに従うものだと思っていた。公子同士で争って跡目を決めることがあるなど信じられなかったのである。


「では今の薊侯の話からせねばなりますまいな。東国の出の武成は評判が悪いと言いましたが、まずはその内容から聞くと致しましょう」


 そう言って子狼は盧武成のほうに視線を向けた。盧武成は、あくまで私の仄聞した限りですが、と前置きして話し始める。


「薊は樊の維氏と並ぶ北辺の守り手で、過去には北狄を破ったこともあります。ただし当代の薊侯は――歴史に倣うことがとても好きであるとの話でございました」

「それはいけないことなのか? 歴史を知ることで今の訓戒とし、過去を手本に胸襟を正すよう努めるのは名君の在り方だと思うのだが? 武成だって武王の故事を引いて私を諌めたこともあったではないか」


 姜子蘭に素直な眼差しで問いかけられて盧武成は腕組みをした。姜子蘭の言葉もまた正しい。だが、薊侯の歴史好きはそういうのと異なり、それをどう説明した物かと考えているのだ。


「会盟の話をすれば早いんじゃないか?」

「ああ、そうだな」


 子狼に助言されて盧武成は頷く。

 会盟とは、かつて虞の武王が諸侯を集めてその前で天を祀り、正義の軍を率いて焱を倒すと誓いを立てた時のことを指す。

 それ以降も、虞の力が健在なうちは時に虞の旧都、吃游(きつゆう)に諸侯が集って虞王の下で天を祀り、王朝に対して二心がないことを誓うこともあった。


「薊侯は樊の敗戦を聞くや、東方諸国を召集して会盟を行い、顓を倒して虞を救おうとしたことがあるのです」

「ならば、ますます忠臣ではないか!?」


 しかし子狼は姜子蘭の言葉に対して首を横に振った。


「薊侯が真に虞を憂う忠臣であったならば、樊の荘公の挙兵に応じて兵を出していたでしょう。ですが薊侯はそれをせず、樊が大敗してから動き出しました」

「それに、会盟という手段に出たことも愚行です。第一に盟を開くのは天子にのみ許された行為であり、諸侯の身でそれを開催せんとするのは越権です。それに、荘公は秘密裏に事を図り顓に悟られぬように挙兵して一度は顓の虚を突くことに成功しましたが、薊侯はわざわざ広く天下に義兵を喧伝しました。これは自らの行動を義挙だと思い込んでいるが故の愚行にございます」


 それが子狼と盧武成の言い分である。

 子狼はさらに薊侯の悪点を挙げた。


「前に、戦に勝つために必要な物として天の時、地の利、人の和と言いました。薊侯の会盟は、樊の大敗の後という天の時を逸し、虞から遠方の地であるという点で地の利を得ず、さらに呼びかけた諸侯の中には窮と奄という対立する二国がありました。これでは参加するはずもなく、つまりは人の和も無いのでございます」


 窮は東方にある国であり、その祖は虞の建国の功臣である。そして奄とは、元は窮の一邑でありながら窮と対立して窮都を攻め、窮の公族を東辺へ追いやった国なのだ。

 この二国に共に呼びかけたところで馳せ参ずるわけがないことは子供でも分かる道理である。しかし大義に酔っている薊侯にはそういう想像さえ出来なかったのだ。


「よいですか王子。故事から学ぶことは確かに大事でございます。しかし古の賢者の業績を真似れば同じ成果が得られると思ってはなりません。行いが成功を招いたのではなく、その行いが時宜を得ており、そこに至るまでに必要なものを積み重ねてきたが故に賢者名君と呼ばれる人は大業を成し得たのです」


 なるほどと姜子蘭は頷く。子狼の言わんとするのは、歴史を知るのに盲目的にならず、その故事の背景を考えて学べということであった。

 薊侯の会盟の話は、その悪しき例の最たるものであった。


「しかしまあ――薊侯は、会盟が頓挫してもそのことに気づかなかったようでございましてな」


 皮肉と呆れの入り混じった声をしながら、子狼は薊の現状について語り始めた。

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