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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
王子漂泊
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氏姓

 氏と姓は何が違うのか。

 均からそう問われて、盧武成はしまったという顔をした。盧武成にとっては当然の知識であり、今までこともなく使い分けていたことである。しかし均は名しかなく、氏も姓も馴染みのないものである。

 さらに加えて言うのであれば、本来、人には姓と(いみな)、そして(あざな)があるものである。しかし均にとってはそれすらも区別のつかぬことだろう。死んだ范旦が何を持って均、と呼んでいたのかさえも今では分からない。


 ――まあ、諱や字のことは後回しだ。まずは均の質問に答えてやらねばなるまい。


 そう思い、盧武成はまず姓について説明した。


「姓というのは血縁を現すためのものだ。例えば、虞王朝は姜という姓を持つ。そしてこの大陸の諸国には姜姓の君主が多くいるが、これらは元は虞王朝の血縁者から分かれた国ということになる」

「なるほど。では氏とはなんでしょう?」

「これが何とも難しいのだがな。要するに、氏も血縁のつながりを現すためのものではあるのだ。しかし、姓は変わらぬが、氏は自分でつけることが出来る。だいたいは、貴族や大臣が一家を為した時に、その時に与えられた土地や官職を氏として名乗る、ということが多いな」

「何故わざわざそのようにややこしいことをするのです? つながりを現すのであれば、姓だけで事足りるのではないでしょうか?」


 盧武成は困った顔をした。

 今まで当たり前だと認識し、違和感なく使い分けていた言葉を解きほぐして他人に説明することはなんと難しいことであろうかと思い知ったのである。

 しかも均は、盧武成のことを困らせようとして聞いているのではない。

 ただ単純に、前提となる知識が違うのだ。


「まあ、貴族やら大臣やらになると色々と憚ることがあってな。例えば主家から分かれた家であれば、そのまま同じ姓を名乗るのは遠慮したいという場合もある。逆に、主家から離れて自分の特色を出したいとか、独立したいという気持ちから氏を持つこともある。一概に、こうだと説明できる理由はないのだ」

「そういうものですか?」

「ああ。市井の人間は単純な物事を好むが、偉くなると複雑なものを好むようになる」


 盧武成は曖昧な言い方をした。

 そしてもう一つ、話している間に思い出したことがあったので補足としてそちらも説明することにした。


「それと、確か氏というのは元々は史官が生み出した概念である、という説がある」

「史官ですか?」

「ああ。大陸で起きた様々な出来事を記録する官職だよ。この大陸には特に姜姓が多いんだ。それは先ほど説明したように、諸国の多くは虞王から分かれた国であるからなのだが、そうなるとどうしても歴史書の中に姜某が多くなる。その煩わしさを避けるために史官たちが、何処其処の地に勢力を持つ姜姓のだれそれ、という書き方をするようになった。その通称がやがて広まって氏になったという通説があるらしい」


 もっとも真偽は分からないがな、と付け足した上で盧武成は言う。しかし信憑性の高い説ではないかと盧武成は思っている。


「ところで、盧どのの盧、というのは氏か姓かどちらなのですか?」

「氏だ。が、俺の場合はただ単純に養父の氏を名乗っているに過ぎない。そちらのほうが使い慣れているし、姓を名乗るつもりもないのでな」


 ならば盧武成の姓は何なのであろうかと均は気になった。しかし盧武成は姓を名乗るつもりがないようなのでそれを聞くことはやめた。




 盧武成と均はそれからも旅を続けた。

 しかし道中で馬の一頭くらいは買えるであろうという盧武成の算段は外れることとなる。気がつけば二十日ほど歩き、道程の半ばを越えていたが馬を買えそうなところは見当たらない。

 たまに厩舎らしきものを見つけても、そこに馬はおらず、顓公に徴収されましたとか、商人にすべて売ってしまいましたと言われるばかりである。

 あるいは、馬はいるにはいるが売ってしまうと生計が立ち行かなくなってしまうので売れないと断られてしまうのである。

 盧武成は密かに焦っていた。

 均は今のところ気丈に振る舞ってはいるがかなり無理をしている。少なくとも残り半分の道のりを歩いて行けるようには思えなかった。

 盧武成はかなり気を使い、歩速を落として歩いてはいるのだがそれでも幼い均には過酷な旅である。しかも道中には宿と言えるものもほとんどないので、野宿をすることも多い。

 そうなれば、いくら盧武成が安心して寝ろと言っても安堵して眠りにつくことは出来ないだろう。

 かく言う盧武成にしても、眠ってはいても気を張っているのでしっかりと休んでいるわけではない。疲労が蓄積しているのは盧武成も同じであった。

 しかも盧武成は、食事を確保するために野獣を狩るという役目もあった。今の盧武成の得物と言えば自作の弓矢と、范旦の家にあった棒だけである。それで野鳥や野犬を仕留め、捌くこともしているのでどうしても余計な会話が煩雑になってきていた。

 始めのうちは色々と話しながら歩いていたのだが、気がつくと二人は無言のまま歩を進め、何も言わずに眠りにつくような有様であった。

 そんなある夜のことである。

 盧武成は腹を括って、夜道を行くことにした。

 理由は、そろそろ智氏の領内が近いからである。今二人がいるのは顓領の智氏の領の境目であり、実質的に誰も管理する者のいない間隙の地である。それよりはまだ智氏の領に入ったほうが馬を買うにも宿を借りるにも便利だろうと思ったのである。

 均が寝付いたのを確かめると盧武成は均を背負った。疲れから熟睡している均は起きる気配がない。今のうちに進めるだけ進んでしまおうと決めたのである。

 しかし、夜道を歩いている最中、けたたましい蹄音で均は目を覚ますこととなる。

 盧武成は起きた均に気を払うより先に背後を見た。そこには、均より少し年上かというくらいの少年が馬首にしがみついていた。馬は少年のことなど意に介さず走り続けている。

 盧武成は踏み潰されないように脇に逸れた。

 馬は興奮しているようで、やがて脚元にあったくぼみに気づかずに転倒した。当然、少年もその勢いで投げ出されてしまう。

 とりあえず助けなければと思っていたが、耳を澄ますと蹄音は止んでいない。馬が駆けてきたほうを見るとそこには戦車が三乗いた。そこには鎧を着た兵士が乗っており、いずれも武装している。

 彼らは松明を持ってこちらに向かっていた。盧武成と均には見向きもせずに少年のほうへ向かっていった。

 穏やかならぬ雰囲気である。この少年は追われているのだろうとすぐに分かった。

今日はここまでで、これ以降はあらすじに書いた通り、奇数日の十二時更新とさせていただきます。

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