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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
王子漂泊
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五凶

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 それは、闇がふきだまっているような空間であった。

 影よりも暗く、夜よりも黒い闇である。

 火の粉の一つさえも明かりをもたらすものがない中に、五人の人間が立っていた。


祁勲(きくん)夔辛(きしん)姚華(ようか)桑皓(そうこく)。皆いるな?」


 真夜中の鳥の鳴き声のような不気味な声が響き渡る。

 その男の声がすると、他の四人は一斉に跪いた。


頊陽(ぎょくよう)どの。我ら四人、ここに」


 そのうちの一人が言葉を発する。こちらははっきりとしてよく通る声であった。

 頊陽、と呼ばれた男が四人のほうを見て告げる。


「二本の矢が放たれた。一の矢は北へ。二の矢は南へ飛んでおる」

「ならば早急に折って参りましょう」


 跪いている一人がそう言うと、頊陽は手を前に出してなだめた。


「焦るな。我らの使命は、まず兵を集めること。いずれ帰られたる我らが王のため、一兵でも多くを集めねばならん。放たれた矢が乱を起こすのであればむしろこちらにも都合がよい」

「その通りでございます。浅慮でありました」

「よい、よい。謝ることではあるまい。すべては我らが王のためである。それに、今は儂が束ねておるが、もともと我ら五凶(ごきょう)に上下はない決まりである。各々、心血を投じて王のために尽くそうぞ」


 その呼びかけに頷くと、四つの影は闇に溶けるように気配が段々と薄れていった。

 頊陽はその中の一人、夔辛(きしん)にだけ、特別に話があるからと言って呼び止めた。


「頊陽どの、いかがなされた?」

「先ほどは他の者の手前もあり、あのように言った。しかし、虢の矢は早々に潰さねばならぬと私も思っている」


 夔辛は落ち着いた声で言う。彼ら――五凶と呼ばれる集団の中で、夔辛は顓頊に次いで年長であった。

 そもそもこの名前からして本名ではなく、五凶とは襲名制である。最年長の者が五凶の中での束ね役となり、その者が死ねば次に年長であるものが束ね役を継ぐというのが決まりであった。


「何か出ましたかな?」

「うむ。(けん)二爻(にこう)が出た」

見龍田(けんりゅうでん)――地上に現れた龍である、と?」

「虞に龍など現れるはずはない。だが、龍の如き異彩であり、今まさに天下に顕れようとしている。いずれ我らと我らが王の妨げとなろう」


 そうなる前に――と頊陽が言うと、夔辛は静かに頷いた。

 そして、他の三人がそうであったように闇の中へと消えていく。




 姜子蘭は今、魏盈と対面していた。

 魏盈は杏邑の城主であり、樊国の三卿では二番目の地位である中卿である。恰幅がよく、やや肥満気味の初老の男だ。

 虞王の権威の下にある者にとって王とその血筋とは絶対であり、儀礼に則るのであれば魏盈は姜子蘭を北に座らせて伏して待つべきであった。

 しかし今、姜子蘭は北に座ることを頑なに辞し、あくまで西に座らせてもらうように頼んだ。


「どう思う、仲洪(ちゅうこう)?」


 その話を聞いた魏盈は、傍らにいる壮年の男に聞いた。

 この人物は魏仲洪といい、魏盈の異腹の弟である。しかし魏盈の兄弟の中ではもっとも才知に富み、杏邑の城主補佐を行っている。つまり杏邑で二番目に権力を持つ人物であった。


「それは王子を名乗る少年の真贋ですかな? それとも、どういう風に座席を決めて会うか、ということですかな?」


 魏仲洪は魏盈の問いかけの意図を正確に問いただした。

 魏仲洪にはこういうきらいがあり、機智に富み知恵を巡らせることは得意であるが、察しの良さというものを見せることはない。必ず魏盈の言葉の真意を確かめてから自分の意見を口にするのである。


「どちらもだ」


 いちいちこういう確認をされることだけが、魏盈が魏仲洪に対して煩わしさを覚えるところであった。

 いつになっても魏盈の思考を読めぬ魏仲洪に対して、頭がよいくせに妙なところで血の巡りが悪い奴めと見下していさえいる。

 しかしそこに目をつむれば、自分の補佐として魏仲洪より優れた者はいないとも思っていた。

 だからこそ虞の王子を名乗る少年という、扱いの難しい事案についても魏仲洪の意見を求めたのである。


「真贋については私も分かりませぬ。ですが我が君に置かれましては、それが明らかになるまではどうか本当の王子であると思って対応ください」

「なるほどの。ならば、やはり私は南に座し、強引にでも王子には北に座っていただくべきであろうか?」

「いいえ。謙譲を以て他者に誠意を示そうとする人には徳があります。その気持ちを無碍にすべきではありません。ですが、それを受けた者が傲りを示すこともまたいい結果を生まぬでしょう」

「ならばどうすればいい?」


 魏盈は苛立ちながら聞いた。


「兄上は南にお座りください。そして、まず北に一礼してから王子に対面し、広間への人の出入りはすべて東からするようにいたします」


 ほう、と魏盈は興味を示した。

 先ほども書いた通り、北に主君、南に臣下、東が主人、西が客というのが座席配置の儀礼である。魏仲洪の言う通りにすると、臣下と客しかおらぬことになってしまう。


「王子も我が君も虞王の臣でございます。臣下が主君の一族を歓待する時には、その場におらぬ主君に敬意を示して北座を空け、公族は客となり、臣下は臣としての立場を全うするためにこのような形を取ることがございます」


 その言葉に魏仲洪はなるほどと頷いた。

 そこで今、姜子蘭は西に座り、魏盈は南に座っているのである。

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