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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
撃鹿血戦

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戦勝の宴

 顓遜が、放逐した顓謙鄀の影が完全に西の彷徨に消えたのを見届けて引き返すと、滎倉城内では至るところで酒宴が開かれていた。それは将だけでなく、兵士たちも含めて、三秧軍の者たちは皆、肉を食べ、酒を呑んで騒いでいたのである。

 いたるところから、肉を焼く醤の香ばしい匂いや、川魚を煮詰めた(あつもの)の湯気などが漂ってくる。思いがけず、顓遜の腹が唸りをあげた。

 さらに進むと、そこでは、子狼と共羽仞、そして趙白杵と呉西明の四人が酒を呑んでいた。いずれも将、軍師たる身でありながら、兵士たちと同じように、地に腰を下ろし、石板を卓として盃を置き、酒肴を並べている。


「おう、顓族の軍師どの。お前もこいよ。好きなんだろう、酒?」

「……まあ、好きではありますが」


 趙白杵は、数年来の連れ立ちを呼び止めるような気安さで顓遜を呼んだ。

 将たる身で、わざわざこのような雑踏を酒席とせずとも、と思っていると、子狼はそれを見抜き、


「将の将たる素質とは、兵と苦楽を共にしてこそですぞ。我が君たちも、どこかで同じように呑んでおられましょう」


 と、言った。

 滎倉城には、将の居住区である牙城がある。しかし、常であれば戦勝の宴の際には最も人が集うはずのそこは、今は人一人いない空虚なものとなっているようであった。


「わかりました。ならば、後で参ります」

「なんだよ、後でなどと、つまらないことを言うなよ。酒は大勢で飲むほうが楽しいものだ」


 趙白杵は、なおも強く慫慂(しょうよう)したが、顓遜は、


「ひとまず、我が君に復命だけしておかねばならぬことがございますので」


 と頑なになり、小さく頭を下げるてから、顓項を探しに向かった。

 さらに滎倉の郭内を歩いていると、どこも喧騒に満ち満ちている。しかも、顓族、夏羿族の別なく、気安く酒を酌み交わし合っていた。

 まだ虢には顓戯済が健在であるにも関わらず、こうまで騒ぐのは、些かやりすぎではないかと顓遜は思った。しかし、ここまで苦難を耐え、撃鹿の地で大勝を収めたのであるから、度を過ぎるくらいの慰労があってもよいのかもしれない。


 ――むしろ、まだ敵があるからこそか。


 厳しいだけでは、人はいつか耐えかねてしまう。そうならぬためには、時には、思い切り緩めるということも必要なのである。

 そんな風に考えながら、顓項を探してさらに歩いていると、その姿を見つけることが出来た。

 しかしその顓項は、頬を紅潮させ、李遼に肩を借りながら千鳥足でいる。その手には、瓢箪が握られていた。


「……顓項に呑ませたのですか、李遼どの?」

「……言い訳がましくなりますが、私ではありません。私が見つけたときには、すでに酩酊されておられましたよ」


 李遼はこういった嘘を吐くような人でなく、そもそも、年若い主君に酒を進めるようなこともしない。

 おそらく顓項が、顓謙鄀の言動に耐えかねて自ら呑んだものであろうと、顓遜は判断した。


 ――今は、謙鄀の話はせぬほうがよいか。


 幸いにも、李遼が顓項の世話を引き受けてくれたので、顓項は言葉に甘えることにした。

 そして、先に誘われた共羽仞たちのところに戻ることにしたのだが、どうにも、空腹がひどい。どこかで給仕の者が肉や魚を調理しているだろうから、そちらをもらってから合流することにした。

 滎倉城の西の一角に、それはあった。ただし、料理をしているのは、三秧軍の糧官、包人、獣師、烹人(ほうじん)たちと、紀犁と脩、そして――姜子蘭もいたのである。

 紀犁に厨房の心得があることは顓遜も知っていた。大鍋に向き合いながら、周囲にいる者たちに指示を出している。

 その中の一人、脩という少女は、紀犁に色々と教わりながら、獣肉を捌き、醤や塩などで味付けをしていた。顓遜は脩と何度か面識があり、姜子蘭にとって客人のような人である、と聞かされていたのである。

 しかし脩は、元は市井巷間の人のようであり、厨に立っている姿にさしたる違和感はない。

 だが、この三秧軍において、こと出自だけの話をすれば最も高貴な身分にいるはずの姜子蘭がいるというのが、顓遜にとっては、ただただ奇異に映った。

 さらに言うと姜子蘭は、雉や兎などを捌いている脩と違い、傍らにいる楼盾に教わり、手を借りながら、牛刀を使って猪を解体しているのだ。


「……あの、子蘭どの? 何故、子蘭どのが猪の解体などをなさっておられるのですか?」


 つい、顓遜は近づいて聞いた。


「ああ、これは顓遜どの。大したわけはないのですが、やってみたくなりまして。それでこうして、楼盾の手を煩わせているわけです」

「はあ、やってみたくなった、ですか……」


 肉の屠殺とは、身分の低い者が行う仕事である。いいや、宮廷の包人らにしても、その地位は極めて低く、それは職分などではなく芸という扱いをされる。言ってしまえば、蔑視されるような務めであった。

 顓族にはそういった考えはないが、虞においてはそうであるらしい、という知識をたまたま知っていた顓遜は、思わず眉にしわを寄せた。


 ――とても、虞の王子とは思えないな。


 麻の平服、それも、戎狄が着るような袴つきの粗衣を着て、しかもそれと肌とを獣の血で汚しながら猪肉と向き合う姜子蘭を見て、どうしても顓遜は、そういうことを考えてしまうのであった。

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