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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
三秧連衡

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趙白杵

 子狼と呉西明は馬を飛ばし、一日半をかけて制周城にやってきた。

 山賊に攻め落とされ、落城したというにしては、外から見た様子は穏やかである。しかし城壁に近づくと、物々しい気配が漂っており、近づくにつれ、弓勢が二人を狙って矢を番えるのが見えたのである。

 子狼はしかし、怯むことなく、叫んだ。


「我らは虞の第四王子、姜子蘭の臣である。そちらの頭目にお目通り願いたい。趙白杵どのには――維氏の子狼が来た、とお伝えください」


 その名が通じたのか、城兵たちは、姿を消した。ややあって城門が開くと、中から一人の女性が出てきた。

 目鼻立ちの整った、濡れ羽色の長髪を持った女性である。碧色の胸当てと手甲で身を固めた、黒い(うわぎ)といういで立ちであった。

 美人であることは疑いようはない。しかし、その秀麗な眉目は野趣を帯びていて、山野を駆け回る狼のようでもあった。


「よう、従兄(あにき)!! 達者だったか?」


 口を開けば、その声は玲瓏たるものである。しかし、巨大な笙簧(しょうこう)を、尤山(ゆうざん)(おろし)で吹き鳴らしたようなけたたましさを感じさせるものであった。

 この女性が趙白杵であり、そして子狼の従妹であることはもはや明らかであった。呉西明は暫し呆けていたが、気を引き締めると、隣にいる子狼を見る。子狼は、額に手を当てて嘆息している。


「達者だったか、じゃねぇよ。東に婚家を求めに行っていたはずだろう?」

「それが、どこも退屈な家ばかりでな。馬に乗ることはおろか、武器を寝室に置くのもいけないとさ。ひどい時には、維氏からの刺客じゃないのかと疑われ襲われて、散々に叩きのめす羽目になったこともある」


 たったこれだけのやりとりで、呉西明は趙白杵という女性の人となりを解した。

 子狼にとっては周知のことであるが、それでも、久々に従妹の跳ね返りを目の当たりにして苦慮をあらわにしていた。


「まあ、お前をもらってくれる婿が見つからなかったというのは別にいいさ。それで、何故お前が、虞の北地で山賊の頭目をやっているんだ?」


 主題はそこである。これは、子狼の慧眼をもってしてもまるで見抜けぬことであった。


「ああ、それはだな――」


 口を開けかけたその時である。急に、趙白杵が柳眉を釣り上げたかと思うと、鋭い蹴りが子狼に向けて放たれたのである。どうにか避けたが、無理な躱しかたをしたために、よろけて地面に倒れてしまった。


「そうだ、思い出した。私を置いて楽しそうなところに逃げやがって。一発、殴るなり蹴るなりしてやらなきゃ気が済まないと思って霊戍から出てきたんだよ!!」

「……おう、そうか」


 理不尽に蹴りつけられたというのに、子狼は諦めたように言った。

 趙白杵は子狼を追って霊戍を飛び出してきたらしい。そして、虞を救うのであれば南に向かったのであろうと思って、素直に南に向かったとのことである。姜子蘭たちが東に向かうことは維氏の誰も知らなかったので、これは仕方のないことである。

 しかしそれは、趙白杵が霊戍の外にいる理由にはなっているが、恒崋山で山賊の頭目をしていることの説明にはなっていない。

 子狼に求められて趙白杵が話したところによると、南に向かい、智氏の領を通り抜けて虞領の北地にはいった趙白杵は、そこで山賊に襲われたらしい。しかし武術に秀でた趙白杵は、一人で山賊を打ち倒してしまったのである。

 さて、倒した彼らを適当な官衙につき出そうかと考えていたのだが、趙白杵には彼らが性根からの悪人たちには見えなかった。そこで話を聞いてみると、彼らは元は虞の民であるが、顓の暴政のために食い詰めて山賊にまで身をやつすことになってしまったらしい。

 そのことを知った趙白杵は義侠心を見せ、彼らの頭目となり、顓族から奪うことを主として北地で活動するようになった、とのことである。

 すべて聞き終えた子狼は、言葉を返す気さえ湧かなかった。かわりに、隣にいる呉西明に目だけで、これが我が従妹であると告げた。

 呉西明は当惑しながらも、趙白杵という人については、深く考えないほうがいいのだろうと思った。

 すでにそう心得ている子狼は、趙白杵の従兄としてではなく、姜子蘭の臣として聞いた。


「それで、お前はどうする? 恒崋山の頭目として、我が君に――虞の王子、姜子蘭どのに合力してくれるか?」

「ま、臣従しろとか言わなきゃいいさ。そういう堅苦しいのは私には向いていない」


 趙白杵はからりと笑った。子狼としても、特に趙白杵を姜子蘭の臣にしようというつもりもないのである。それよりも、今はとにかく兵力が欲しいのだ。


「んで、横にいるその男は誰だよ? 従兄(あにき)の従者か?」

「いいや、俺と君主を同じくしている、呉西明どのだ」


 そうかと、一瞥だけを投げると、趙白杵はもう飽きたようである。しかし、一瞬とはいえ、視線を向けられた呉西明は、顔を(あんず)のように赤くしていた。


 ――西明のやつ、胆が据わってやがるな。なかなかどうして、武成の弟子というだけのことはある。


 呉西明が頬を紅潮させたわけが、子狼にはすぐに分かった。気づかぬのは趙白杵だけである。

 しかし子狼はそこに触れるつもりはない。それよりも、もう一つ、趙白杵に確かめておかなければならないことがあった。


「ところで白杵よ。この城を落とした策だが、お前が立てたわけじゃないだろ?」

「ああ、肥何が立ててくれた」


 かつての維氏の宿老であり、子狼にとっては家宰である老人は、今は趙白杵の下で山賊の軍師をしているようである。

 趙白杵は、武勇については並みの男に引けを取らぬが、軍略については疎い。その不足を埋めているのは誰であろうという疑問があった。そして、子狼の考えていた通りの名がでてきたのである。

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