偽撃転殺
活動報告にも書きましたが、今月は奇数日のみの隔日投稿とさせていただきます。
呉西明が密偵から得て、姜子蘭たちに告げたのは、制周城は落城し、城主の顓項は兵をまとめて潁段城に落ちたという内容であった。仔細についてはまだ分からないが、顓項が制周城に入らなかったことについては確かのようである。
その話を聞いたとき、沙元を除いて、この場にいる者たちの視線は子狼に集まる。
「……おい子狼。お前はどこまで性格が悪いのだ? 追撃が首尾よくいかずとも、既に制周城を手にする算段は整えていたのか?」
盧武成は目を細めて睨んだが、しかし氷のような冷ややかな視線を向けられた子狼もまた、呉西明の言葉に困ったような顔をしているのである。
「北岐山を越えずに、城一つ落とせるような兵を用意できるのであれば、わざわざ薊国になどいかず、我が君やお前、脩とともにここまで来ていたに決まっているだろう?」
そして、落ち着いてそう返されると、盧武成も冷静になった。夏羿族、そして維氏から募った兵たちは、今はすべて沃周城の外で野営を張っている。そして、維氏で将をしていた子狼に、虞領の北端に軍を用意するような伝手があるはずもない。
「とにかく西明。制周城が落ちた経緯について調べてくれ。なるべく詳細にな」
そう命じられた呉西明は、その日の夕方までに、言われたとおりのことを調べた。
そして夜。沃周城の客間で食事を取りながら、報告したのである。この場は、姜子蘭、盧武成、子狼がいる。
まず第一に、制周城を落としたのは恒崋山の山賊だということが分かった。
そしてその手段であるが、制周城から沃周城に向けての援軍が経った翌日、山賊たちは大挙して制周城へ攻め寄せたのである。そして西門からひたすらに攻め続けた。といっても、長梯子をひたすら城壁にかけようと試みるばかりで、しかも半日経っても兵の一人すら城壁の上に立つことは出来なかったのだが。
しかし、日が沈みかけた時刻になって、急に城内が騒がしくなった。数少ない兵を西門に集中させている間に、東門からの侵入を許したらしい。それも、城攻めをするよりも前から、旅人に扮して制周城に入り込んでいた者たちが手引きしたとのことである。
「しかし、侵入を許したといっても、それだけで城が落ちるものか? 寡兵なれど、郭内にも兵はいただろう。それに、山賊とて兵を二手に分けているのだ」
盧武成の疑問はもっともであるが、そこについても呉西明はぬかりなく調べていた。
「山賊たちは城内に入るや、一目散に兵糧庫を目指し、占拠したそうでございます。そして、什長以上の兵は城外に出よ、さもなくば兵糧に火をかける、と恫喝したのだとか」
「――どこかで聞いたようなやり口だな?」
盧武成は横目で子狼を睨む。それは前に盧武成が、薊国の練孟の居城、僖陽城を攻める際に子狼から与えられた策と似たものであった。あの時も子狼は、僖陽城になだれ込んだら、兵の一部に兵糧庫を焼き払うようにと指示したのである。
「まあ山賊とは、食い詰めた者の成れ果てであることが多いからな。食えぬことが何よりもつらい、ということを知っているが故の策なのかもしれないぞ?」
そう返す子狼は、口の中に米を含みながら喋っているかのように歯切れが悪い。
実は盧武成はまだ、この山賊は子狼の策の一環なのではないかと思っているのだが、子狼の態度でその疑念はなくなった。これが思惑のうちであれば、子狼は滔々と言葉を並べながらとぼけて見せるはずだからである。
「それで、他に何か分かったことはあるか?」
「はい。その、制周城に入り込んだ兵は騎兵であるとのことです。そして、山賊の頭目は女性であり、趙白杵という氏名である、と」
その氏名を聞いて、子狼が眉をひそめた。どうやらその名に思うところがあるらしいが、しかし、子狼が誰よりも不可解だという顔をしているのである。しかし、黙っているわけにもいかないので、ややあって、重い口を開いた。
「……私の母方の従妹に、そういう名の娘がおります」
「それは、ただの偶然ではないのか? 大陸は広いのだから、同じ氏と字を持つ者だっているだろう」
姜子蘭の言葉には筋が通っている。だが子狼には、そうですな、と頷くことが出来なかった。
「まあそうなのですが、我が従妹は馬術と武芸を好み、顔は佳いのですが粗野でございましてな。正直、良家の子女よりも、山賊の頭目などやっているほうがよほど似合う娘なのでございます」
「そ、それは……なんとも溌溂たる従妹どのなのだな?」
姜子蘭は、困り顔を子狼に向けた。だが確かに、大陸広しと言えど、同じ名で、しかも乗馬出来る女性が二人いるとは考えにくい。
子狼の疑念は他にもあった。
恒崋山の山賊が制周城を落とした際の手法が、維氏の戦術に似ているとのことである。
「西を攻めたくば先ず東を攻めよ。敵の城塞に踏み入れば何に換えても兵糧を手に入れよ。それが出来ぬなら焼き払って逃げるべし。私が二人の師から散々に叩き込まれた教えにございます」
子狼が語る二人の師とは、楼環と肥何である。共に、維氏の宿将というべき人である。
「ともかく一度、制周城にいる趙白杵なる女性に使者を立ててみてはどうだ? 顓族と対立しているのであれば、我らとともに戦ってくれるかもしれないぞ」
姜子蘭の言は、言われなければ子狼から進言しようと思っていたことであった。
翌朝、子狼は呉西明とともに、使者として制周城へ向かうこととなった。




