五武随葬
なんとしても謝礼をしたい范玄と、頑なに謝礼を拒む盧武成。
二人のために范家の老家宰が出した折衷案とはこのようなものだった。
「かつて虞の武王が崩御なされた後、遺勅には、特に大功ある五人にて五武を分けよとありました」
「そういう話は聞いたことがない。五武とはなんだい?」
范玄が聞いた。
「五武とは武王が創始したとされる武器でございます。すなわち、剣、戟、楯、弓、矛でございます。武王以前にこれらの武器はなく、武王が焱朝と戦うに際してこれらの武器を作ったとされており、それらの最初の一振りを五武と呼ぶのでございます」
老家宰はそう説明した。
「さて、この五武でございますが、武器でありながら意志を宿し、武王と離れようとせずどこに保管しても気が付けば必ず武王の遺体の戻ってきました。そこで武王の臣らは五武の複製を作らせてそれを継ぎ、原本たる五武を武王と共に埋葬したのでございます」
「なるほど。それで、その話と今の話になんの関係がある?」
「この故事に倣い、王畿では死者に随葬をする時に同じものを二つ作り、一つを骸と共に埋葬してもう一つは近しい者が持っておくという風習が出来ました」
「それで、どうしろと言うんだい?」
「大旦那様の遺髪と玉、剣、玦、刀筆を埋葬し、同じものを主人、盧武成どの、盧子蘭どの、そして均という童子が持てばいかがでございましょうか?」
いい提案だと、范玄は満面の笑みを浮かべた。そして、父の供養と思ってこのようにしていただきたいと頭を下げて頼んだ。
こうなると盧武成も断れない。これを断ることは范旦を弔う意思がないと告げることになるからだ。
結果的に范玄から物品を受け取ることになってしまったが、もうそのことに抵抗はない。むしろ盧武成は、
――この老人は博識だな。
と思った。
盧武成も五武と、それに倣った随葬品の風習のことは父から教えられていた。しかし父は同時に、今では廃れてほとんど知られていない風習であるとも言っていた。范家の老家宰はそういうことを知っており、しかもその知識を機転を利かせて使うことで場を丸く収めてしまった。
物事をよく知り、知識を活用することが出来る人である。范家の繁栄は范旦、范玄親子の手腕もあるだろうが、この老家宰の内助もあったことだろう。盧武成はそう感じた。
そして、盧武成に剣を送り、姜子蘭に玦を送るという配剤もまた慧眼である。
玦は帯につける宝石の装飾のことを指す。この老家宰は姜子蘭が高貴な人と見抜いてそう進言したのであろう。
「では、お二方。今宵はこちらにお泊りください。お急ぎのお二方をお待たせしないように。しかし、我が名にかけてよき玦と剣を用意いたします」
そう言われたので、二人は結局、今夜は范家に逗留することになった。
盧武成と姜子蘭が下がった後、范玄はこの老家宰――士叔來に頭を下げて礼を言った。二人の前では主人として振る舞っているが、今の范玄は父や伯父に接するような恭しさを士叔來に見せている。
「助かりました。おかげで、あのお二人が不満を持つことなく礼を出来ることができます」
「それは構いませんが、主人こそどうしてあのお二人に拘られるのですかな?」
「貴方のほうがよくわかっておられるでしょうに。さては、私のことを試しておられますな?」
そう言うと士叔來は少し意地の悪い顔をしてにやりと笑った。
范玄にとって士叔來は、家宰であると同時に商売の師でもある。家宰が主人の意図を探るというよりも、師匠が教え子の出来を確かめていると表現するほうが正しい。
「あの二人が兄弟というのは、まあ偽りであろう。しかしそれはこちらに害意があっての嘘ではない。そして、子蘭というあちらの少年は高貴な人と見た」
「粗衣でございますよ。それに、武成どのの語られた風習は実際にあるものです」
「高貴な人は、顔立ちと振る舞い、そして言葉に出る。一方の武成どのは礼儀正しい御仁ではあるが、武骨な人だ。もし兄弟というのが真実だとしても、同じように育ったわけではあるまい」
范玄の言葉に士叔來は頷いている。士叔來も同じ見解であった。
「おそらくあの二人は主従であろう。しかし、子蘭どのが目立つことを避けたいので兄弟ということにした。杏邑に向かう目的までは分からぬが、何か重大な使命を帯びた方々であろう。そして、使命のためには身分さえ偽り、臣を兄と敬い、主君の前で厳格な兄として振る舞っていた。大願があり、そのために私心を包み込める人たちである。そういう人物との縁故は大切にしておきたい」
そう言い切ってから、范玄はゆっくりと士叔來の顔を覗き見た。
士叔來は穏やかに笑っている。何を考えているのかが分かりにくい笑みであった。しかしやがて、
「まあ、おおむねそれでよろしいでしょう」
と言った。
范玄は少し愠とした。どうやら士叔來の見立ては違うらしい。ならばどう見たのか、と范玄は聞いた。
「あの二人は主従ではありません」
「どうしてそう思うのだ?」
「盧武成どのは窮国、尤山の生まれと言っておられました。しかし子に粗衣を着せて願を掛けるという風習は南方、茨国に根付くものでございます。一方の子蘭どのは言葉遣いからして間違いなく王畿の人でしょう。子蘭どのが使命を帯びて杏邑に向かわれるのであれば、随従する臣には王畿で長年育った人物をつけるはずです。となれば盧武成どのは旅人であり、義心によって子蘭どのを助けておられるのでしょう」
士叔來に言われて范玄は、そういうものだろうかと思った。
まだ釈然としていない様子の范玄に士叔來は、
「そもそも二人が主従であれば、大旦那様と関わることなく杏邑を一途に目指しておられるはずでしょう」
と言った。范玄は、その言葉で納得した。
「盧武成どのはおそらく大旦那様から均という少年のことを頼まれ、その旅の道中で子蘭どのと出会ったのでしょう。そして、先に武庸に立ち寄ることを条件に杏邑への同行を引き受けたものと私は考えたのですが、いかがでしょうか」
おそらくそうであろう、と范玄は頷いた。
もっとも、その真偽を確かめるようなことを二人はしない。
そう言った事情を二人が隠そうとしているのだから、こちらも知らぬふりをしておくのが誠意であるからだ。