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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
南愁公路
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野戦への誘い

 子狼は城攻めのために、井蘭車なる巨大な武器――兵器を造ると言った。だが盧武成は、それを為すには材と人が足りぬと言い、子狼は頷き、しかし前言を撤回はせぬと言ったのである。

 それがいかなる意味なのか、姜子蘭は考えたが、しかし一向に分からないである。

 盧武成も、子狼の朗色が癇に障ったので、どうにかこの策について明かしてやろうと思ったが、分からないでいた。

 実はこの井蘭車というのは、見た目よりも容易く造れるのかとも思ったが、そういうことでもないようである。

 二人が降参を告げようとしたその時に、脩がやってきた。

 一日休んで多少は疲れが消えたらしく、姜子蘭や子狼と再会をひとしきり分かち合うと、先ほどの話に戻る。

 だが脩は、何を悩んでいるんだと言いたげに、呆れて息を吐いた。


「二人とも、何を小難しい顔をして考え込んでいるのさ? 子狼がこんな言い方をする時なんてのは、他人を煙に巻こうってときなんだから、真面目に考えたって答えなんか分かるわけないじゃないか?」

「ほう、脩はいいことを言うな」


 どう聞いても悪態でしかないのだが、そう評した脩の言葉を子狼は素直な気持ちで称賛した。


「ならば脩は、子狼のこの問いの答えが分かるのか?」

「そんなもの、分かるわけないだろ。だけどきっと、説明されれば、くだらなくて、考えた時間を返せと思うような答えが返ってくるんだろうってことだけは分かるね」


 分からないというよりも、興味がないというほうが正しいだろう。そう言い終えると、姜子蘭と子狼の顔を見て安心したからと、自らの穹盧に戻って寝るとだけ告げて去っていったのである。


「脩はずいぶんと、お前という人に通じているようだな」


 盧武成の言葉には棘がある。妹が不逞の友と通じていると知って憂うようなものであった。だが、脩の言葉で、子狼の策がどんなものであるのか、分かったような気がしたのである。一つの推論が出たのだ。


「もしやお前、骨子だけでそれらしい物を造って敵を騙そう、という腹ではあるまいな?」

「ご名答だ。脩の助言なしでそこに至れたのであれば感心したが、この場合はお前よりも、むしろ脩を褒めたほうがよさそうだな」


 盧武成と子狼はこれだけの言葉で意味を通じ合わせているが、姜子蘭にはまだ分からない。教えてくれと盧武成を見たが、盧武成は目線で子狼を指した。


「そちらは子狼に任せると致しましょう。己の策を披瀝するのは、軍師の本懐とも言うべきものでございますので、私ごときが横取りするわけにはまいりません」

「ふむ、では武成からの指名もございましたので、語らせていただきましょう」


 子狼は、長柄の棒と数枚の板を組んで井蘭車の高さにし、布を張り巡らせ、車輪をつけた偽装の井蘭車を複数造るというものであった。本来であれば中に階段をつけ、人が昇降しつつ、さらに城壁からの攻撃に耐えるための強度が必要なのだが、子狼が今いった程度であれば、技術もそこまで求められず、しかも少ない木材で出来るのである。

 だが、遠目にはそれで騙せても、いつまでも近づかなければすぐに虚飾が露見してしまうだろう。

 当然、子狼はそのことも想定済みである。

 そもそも、城を攻めるために虚飾の兵器を造ることの意味は、制周城に圧を与え、沃周城への援軍を出させるためなのだ。

 城に籠られては厄介である。故に、偽りの標的を定めて、援軍に来たところを野戦で叩こうというのだ。姜子蘭にもそのくらいのことは分かる。


「だが、制周城は果たして沃周城を救いに来るであろうか?」

「まあ、来なくとも、その時にもまた策はございます。ですが、まず来ると見て間違いないでしょう」


 子狼はそう言うのは、沃周が三城の中で一番、兵と軍資に乏しいことが分かっているからである。また、三城における守備の概要書、“北岐三連城の守戦指北”についても、子狼は熟知していた。

 その中では北岐三連城は、あくまで三城一体であることで防備となる。このうちの一つでも欠ければ危ういとされているのだ。

 故に今のように軍備に欠けている現状がそもそもからして間違っているのだが、今日まで数百年にかけて、北の防衛線とは名ばかりの流刑地となっていたため、これについては顓族の手落ちとは言えない。

 そして、いかに顓族といえど、“北岐三連城の守戦指北”くらいは読んでいるだろうと子狼は思っているし、連城でありながら支城が本城の四肢に等しい、ということさえ分かっていないようであれば、いかようにも攻略は出来るとも考えている。

 そして、偽装井蘭車が出来、潁段城を囲む策を実行すると、制周城の城主――顓公の末子、顓項(せんこう)は沃周城へ救援を向けることを決めた。

 当然ながら制周城へも密偵を放っており、その動きは逐一、姜子蘭の本陣へ届けられた。

 明日には到着するという日の夕刻になって子狼が行ったのは、偽装の井蘭車に火をつけることである。井蘭車に油を軽く染み込ませて火をつけたのだが、その際、子狼はある粉を混ぜさせた。

 北狄には野戦で敵を攪乱するため、あるいは、山を隔てた同族と連絡を取るために、火に混ぜて煙を増加させるための助燃薬を持っている。

 子狼は維氏の下に参じた複数の族からそれらを買い、独自に複合したりしつつ、煙がより多く出る助燃薬を開発していた。

 これによって、全部で五基ある虚飾の井蘭車は、茜色の空に黒煙を上げて昇っていった。


「これで制周城から来た軍には、沃周が落城したように見えていることでしょうな」


 子狼が姜子蘭にそう告げた時には、すでに盧武成は兵を率いて出陣していた。

 そして、急ぎ足で沃周城に向かっていた制周城の軍を要撃したのである。

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やっと最新話にたどり着きました! 面白くてつい一気読みしてしまいました。 説得力のある戦略にドキドキしながら読んでます。 応援しています!!
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