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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
南愁公路
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常山城

 樊の少卿、維氏の領地の北端は常山(じょうざん)という山城である。

 維氏の軍事の長、右司馬たる楼環(ろうかん)は軍を率いてこの地にいた。

 楼環が常山城に入ったのは仲春の半ばのことであり、晦日には既にこの城に勲尭(くんぎょう)が攻めかかってきている。今の楼環は、まだ粉雪が舞う季節だというのに、額に汗し、体から湯気を発しながら守戦に徹していた。

 維氏の領の東、薊国には、北端に長城という、騎馬の民の侵入を防ぐための土塁がある。

 長年に渡って樊国の北地防衛を担ってきた維氏にも長城というものはあるのだが、それが聳えるのは常山城以南の地である。維弓の北地開拓が順調でありすぎたために、長城建設が追いついていないというのが現状であった。

 そもそも維氏の領地というのは、形としては北端というのが東西に間延びしているのである。

 これを攻める勲尭からすれば攻め込む路は多くあるのだが、それでも常山城は、攻めるにも守るにも要所であった。

 常山城は山城であるが、その南側には七つの山道がある。騎馬や戦車が走りやすいように舗装された山道であり、そのすべては維氏の主要な城へと続いている。此処を陥とされれば維氏はたちまち窮地に立たされるが、裏を返せば、常山城が抗戦を貫いているうちは、七つの城と兵や軍資をやりとり出来るのだ。

 この、利害が表裏にある構造を敢えて設けるように進言したのは、今まさに常山城の守備にあたっている楼環であった。

 ただし楼環は、それだけ常山城の堅牢な城に増築させてもいる。

 得れば利が大きく、しかし敵からすれば攻めあぐねるようにすることで、敵の狙いを絞るための策であった。

 そして今、常山城の攻防の趨勢は、維氏に不利である。

 大陸の、とりわけ畿内国では、城と言えば屹然とした石壁を有する城郭のことを指す。だが維氏の領にある城というと、その大半が山城であった。北地に住む民は城壁の閉塞を嫌い、開かれた空を好むため、城郭という文化はなく、その建設にも乗り気にはならない。

 あくまで北地の民とは融和という形を取った維弓としては、そこを強引に押し切ることは出来なかった。

 しかしそれだけに、山中に城塞を築くことには長けており、特に常山城は、楼環が北狄の工人百名を集め、三年をかけて造り上げた城である。

 山の北方には騎突の勢を削ぐための逆茂木が植え込まれており、山中には大小合わせて三十の砦がある。

 そして山頂にある常山城の牙城は、円形の馬防柵と深堀を交互に、三重に備えたものであった。

 そして常山城の北、十里(約五キロ)のところには東西に掛かる白代川(はくだいせん)という川があり、川幅は一里(約五百メートル)、その深さは馬に跨ったまま入り込むと人の頭まで沈んでしまうほどである。

 この白代川には橋はなく、船は渡しの南にしかない。川のあたりには常に斥候を走らせ、造船、架橋の動きあればすぐに常山城から兵を出してその企みを潰す備えもあり、楼環は万全を期していた。

 しかし今、常山城は勲尭からの苛烈な攻勢を受けている。勲尭は白代川を越えてきたのだ。

 勲尭は渡河のために、白代川の水を堰き止めたのである。それも、上流と下流とに堰を造って水嵩の増減を無くし、いざ渡河すると決めたその日に下流の堰だけを壊したのだ。これによって一時的に水位は馬の膝のあたりまで下がった。半刻(一時間)にも満たぬ時であるが、それだけあれば駿足を誇る勲尭族の騎兵一万がすべて、白代川を越えるには十分であった。

 夜半に行われたその渡河作戦により、常山城の山並みは、朝日よりも先に無数の炬火に照らされることとなったのである。

 それでも備えをしていたので、すぐに常山城が陥ちることはなかったが、緒戦の軍略で後手を踏んだことには違いない。

 初日の攻防は激戦であった。攻める勲尭族一万に対し、常山城にいる兵は三千五百である。

 城攻めでは、攻めるには守る側の三倍の兵数が要る、とよく言われる。その常識だけで考えれば、攻防ともに大きな有利があるとは言えない。

 そして地の利は維氏にある。

 ただし勲尭族には、不退転の覚悟があった。

 川を背にし、荒業で白代川を越えた勲尭族には、退路というものがない。兵站もなく、眼前の山城を攻め落とさねば、飢えて死ぬしかないのである。その想いが、兵一人一人の目を血走らせていた。

 それでいて、勲尭族の各将は的確に守りの手薄なところ、重要な砦を狙って攻め寄せてくるのである。

 楼環とて維氏が誇る歴戦の老将ではあるが、勲尭族は楼環よりも優れたものを持っていた。それは伝令である。

 勲尭族の各軍はそれぞれ、本陣に自軍の動向を伝えていた。そのため、勲尭族の本営は、山を攻め登って戦っているにも関わらず、鳥瞰しているかのように戦況を把握していた。その確度は、高所にある楼環よりも高い。

 無数の蠕虫(ぜんちゅう)が足元から這い上がるがごとく、勲尭の兵は、徐々に、しかし着実に、山麓から頂上の牙城へと迫っていた。勲尭族の渡河から三日後のことである。

 追い詰められれば、楼環は牙城の陥落を待たずして兵を逃がし、南の山道での防御戦に切り替えなければならない。といって、あっさりと牙城を捨てるわけにもいかない。その見極めは難しく、一つ時宜を間違えば、石が傾斜を転がるがごとく、維氏の命脈は瞬く間に窮地へと向かうだろう。

 この日の空も、茜色に染まり始めてきた。しかし勲尭族に、攻めの勢いを緩める気配はない。楼環は兵に命じて夜襲の備えをさせた。

 しかしここにきて、急に勲尭族の動きが鈍くなった。

 何事かと思いつつ、楼環は油断することなく、敵情を探らせた。

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