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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
北岐烈風
135/167

山中の伏兵

すいません、予約投稿忘れてました!!

 恒華山の山賊の危機を知ってから半月。とりあえず、その間は虢と制周城の往来は控えさせ、顓項は顓遜に命じて山賊の動向を探らせた。

 そこで明らかになったのは、どうも恒華山の山賊はただの山賊ではないらしいということである。顓の兵を襲うにも策略を用いており、伏兵や奇襲を多用しているようであった。

 ただ力任せに襲撃するだけの短絡的な相手ではないらしく、そうとなれば顓遜としてもいっそう慎重にならなければならない。

 山賊風情と高を括っていれば、足元を掬われる。その危殆を胸に抱きながら策を練りつつ、当初の予定どおりに潁段城へ向けて出陣した。

 顓項は将軍としてその軍を率い、紀黎は制周城の留守を務めている。

 このとき、顓項、紀黎、顓遜の三者には同様の胸騒ぎがあった。言ってしまえば取るに足らない山賊討伐なのだが、その裏でもっと大きな何かが息を潜めて迫っているように思えたのだ。

 しかし、そこに確たる根拠がないので誰もそれを口に出せずにいたのである。

 三者が共に不気味さを覚えながら、顓項と顓遜率いる一千の軍は出発から二日後、潁段城へと入った。

 潁段城は歓声をもって顓項の軍を迎えた。彼らからしても恒崋山の山賊は脅威であり、それを討つために制周の城主自ら兵を率いて来てくれたことが嬉しかったのである。

 この日の夜、顓項は兵らに常通りの兵糧を配り、さらに酒を振る舞った。

 顓項からすれば、明日から働いてもらうための激励なのだが、将兵はその行動に歓喜した。

 兵たちが酩酊し、騒ぐ城内にあって、顓項と顓遜は、静かに六博に興じていた。


「別に季父上も、今宵は呑んでもかまいませんよ?」


 むしろ、こうまで周りの皆が酔っている中で、なおも素面でいる顓遜が顓項には不思議でならなかった。振る舞い酒となると我先にと向かっていくだろうと思っていただけに、今の顓遜は奇異に映ったのである。


「そのお言葉は有り難くいただいておこう。だが、城主様に、山賊退治を終えるまでは禁酒をせよと厳命されているからな」

「そういえばそうでしたな。ですが、今宵に限っては、一杯くらいは大目に見ましょう。私にも、そのくらいの目の悪さはあります」

「その目溢しには感謝するが――今は、敢えて命に忠実にいるとしよう。如何なる美酒も毎日吞んでいれば飽きが来るからな。我慢がもたらす快楽というものもあるだろうさ」

「そういうものですか?」


 そう言いながら、顓項は六博の盤の横に置いていた盃で口を湿らせる。周囲に置かれた篝火のせいでなく、その頬はうっすらと上気していた。

 顓項が酒を呑んでいることを察しながら、顓遜は知らぬふりをした。制周城では家宰たる紀犁が堅物なために未だ酒を呑んだことがない顓項だが、こういう場で、一杯くらいならばいいだろうと思ったのである。

 顓項にはこれが初陣であり、相手が山賊といえども、一つ間違えば命を落とすかもしれないのだ。その恐怖を紛らわせるために少しの酒を呑むのを咎めることなど顓遜には出来なかった。たった五つしか齢が変わらないとしても、顓遜にも季父として甥への情はあるのだ。




 翌日。顓項は顓遜の献策に従い、積み荷を偽装した輜重隊を編成し、南へ向かわせた。常であれば、制周とその支城から産出された鉱石を運び入れる先は滎倉(けいそう)である。ただしそこへ向かうための経路を顓遜はしっかりと偽装した上で、囮の馬車隊を走らせていた。

 顓遜の見立てでは、どうも恒崋山の山賊はただ暴力だけを自慢とする輩ではないらしい。

 そうなるとこちらも、ある程度の思惑は見透かされていると考えて動かなければならない。顓遜は、必死になって考えた偽りの経路が敵に読まれているという前提で策を組んだ。

 その上で、囮の部隊を襲撃するであろう山賊たちを包囲して殲滅しようと考えているのである。

 いかに強兵を誇ろうとも、山賊は所詮、徒歩の兵である。それに引き換え制周城の兵は、半分は顓の兵であり、つまりは騎兵である。道なき道を音もなく進むことに長けており、しかも機動戦に長けている。負ける道理などないと、顓遜は考えていた。

 そして――囮部隊を密かにつけて二日目の夜。

 顓遜は五百の騎兵を率いて、囮部隊の周囲を囲んでいた。そのうちの一隊が、囮部隊に迫る怪しい集団を見つけたのである。敵影発見の報告を受けた顓遜は、敢えて知らぬふりをさせた。その敵が囮部隊を襲撃したのを見計らって攻めさせるつもりで、いっそう気配を殺し、その一団の行方を見失わぬように下知したのである。

 そして――ついに、囮部隊が襲撃された。顓遜は、ここだと見て兵に合図の鏑矢を鳴らして命じる。潜んでいた兵たちは、偽りの輜重部隊に迫る山賊をめがけて急襲した。しかし――次の瞬間、顓遜の扱うそれとは全く異なる鏑矢が、夜の山道に響き渡ったのである。

 顓遜は慌てて周囲を見回した。すると、今までこちらが包囲していると思いながら、実際はさらにその伏兵を囲む敵影が自分たちを囲んでいたのである。

 しかも彼らは多くが騎乗していた。顓遜は、頭ではそんなことはありえないと思いながらも、しかし目に映る光景は確かに、無数の騎兵を捉えていたのである。


「策としちゃ悪くなかったが――相手が悪かったな」


 そして、山賊の頭目らしき人物がそう投げかける。その声は玲瓏でありながら、禽獣が獲物の喉笛に噛みつくような鋭さがあった。

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