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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
公子三人
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奄国への使節

 姜仲繪が召し抱えた方士について子狼は何か気にかかっていることがあるらしい。

 しかしそう言いながら、子狼は困ったような顔をしている。

 というのも、何か腑に落ちぬというか、むず痒いものを感じてはいるのだが、それが何であるのか子狼さえもよく分かっていないようなのだ。


『強いて言うなら勘だよ。捨て置いてはいけない何かがそこにあるような気がしてな』

『勘か。お前は何につけても筋道を立てて考える男だと思っていたが、らしくないことを言うじゃないか』

『まあ、そう振る舞ってはいるつもりだよ。そして、そいつが整っていないから、お前にしか話していないのさ。智慧者と思われている俺が、根拠のない直感だけの懸念を我が君や利幼公子に言上するわけにはいくまいよ』


 子狼は今、士直と、甲燕の商人である隗不壬に頼んでその方士について調べてもらっている。

 隗不壬は元より利幼公子を支援するつもりであり、子息たる隗謙が不埒なことを企んでいることを知った後は、隗謙の助命を請う意味もあって利幼のために暗躍していたのだ。時には子狼が策を練る上で必要なことを調べてもらうこともあった。

 ちなみに隗不壬の不肖の息子たる隗謙は、利幼が太子となるのが決まったのと同時に牢から出されている。隗不壬は士直に頼み込んで暫く范氏で預かってもらうことになった。隗不壬の子としてではなく、一人の使用人として働かせて性根を叩きなおしてもらうとのことである。

 さて、方士の話に戻ると、未だその仔細は分かっていない。

 そしてそれが定かになるより先に、姜子蘭は利幼から頼みごとをされた。薊国の使者として奄に行ってほしいというものである。

 独断とは言え、田仲乂は軍を率いて薊国を攻めたのである。このことを放置すれば後々、薊国と奄国の間で争いが起きるかもしれない。しかし今の薊国に他国と争いを起こす余裕はなく、うまく両国の間を取り持ってほしいというのが利幼の頼みであった。

 だが利幼の周りには頼みとする臣がまだいない。劇迴は武人で他国への使者などは出来ず、辛明は利幼の元で新たな体制を整えるために奔走していて、他国に赴くゆとりがない。そこで姜子蘭に頼むという運びになったのである。

 しかし姜子蘭はこれを断った。


「私は客将に過ぎぬ者でございます。自分の臣ではない者を友誼の使者として遣されたとあれば、奄男は薊国によい思いをなさらぬでしょう。然るべき御方を正使としてお立てください。その副使としてであれば、喜んでお受けいたします」


 姜子蘭の言葉はもっともであり、しかし利幼としても他にどうしてよいか分からないので頭を悩ませているのである。

 その時、姜子蘭の後ろで控えていた子狼が発言を求めた。利幼が許すと子狼は、


「子左丞相がよろしいかと存じます」


 と言った。子左丞相――子伯異は、練孟の側近であり岳父でもある老人だ。今の薊国では最も政治、外交に通暁している人物である。

 利幼は難色を示した。子伯異は練孟に近しく、しかもその練孟が田仲乂と結んで奄軍を薊国に入れたのである。そんな人物を正使に立てては何が起きるか分からないと考えるのは当然のことだろう。だが、子狼の考えは違った。


「練孟公子が囚われ、正式な太子が決められた今となっては、子左丞相が他国と謀略を図ってよいことはありません。むしろ利幼太子が態度を明らかにせず、子伯異どのを軟禁しているだけの今のほうが危ういのでございます」

「それはどういうことかな、子狼どの?」

「子左丞相からしてみれば、自分は太子に敵対した身です。左丞相を降ろされることは覚悟なされているでしょうが、それで済ませてもらえるか、という疑心を抱え、それが日々大きくなっていることでしょう。追い詰められれば賢者であっても道を誤るものでございます」


 猜疑心がつもり、自分や一族が殺されるかもしれないと考えだすと何をするか分からない。挙兵して練孟を牢から出そうとするか、あるいは、機密を抱いて他国へ走るか。

 そのようなことをされる前に、大任を与えることで罪を許して引き続き重用する姿勢を示すべきである、と子狼は言うのである。

 また、子伯異という大物を許すことで、二公子の派閥であった者を懐柔するという意味もあった。

 利幼は考えこみ、一度裏に下がった。半刻(一時間)ほどして戻ってくると、子伯異を正使に立てると決め、改めて姜子蘭にその副使の任を頼んだ。こちらは姜子蘭は、先の言葉どおりに了承したのである。




 こうして五十人の兵を伴って奄の国都、殷丘へ向かう使節団が編成された。

 老人の子伯異が正使であり、弱冠十三の姜子蘭がその副使を務める。親子どころか、祖父と孫ほどに年の離れた正使と副使である。子狼は姜子蘭の臣として付き添い、五十人の兵を束ねるのは李博である。かつて、長城で夏羿族に攻められ圧されていたところを盧武成の助勢によって助けられた男だ。

 盧武成は同行すると言い張ったのだが、子狼から他に頼むことがあると言われたので渋々、薊国に留まっている。

 時は季冬。もう間もなく年が明けるという頃である。兵士たちは寒さと戦いながら南へと向かっていた。

 しかしこの使節の中では、知恵者たる子狼でさえもまだ知らない。

 冬の寒気など比べるべくもない恐ろしい敵が、静かに彼らに近づいているということを。

第三章「公子三人」編は今日で終わりとなります。

明日からは第四章「暗影蠢動」編が始まります。引き続きよろしくお願いします!!

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