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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
公子三人
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師弟の激闘

 北東の地。薊国の後嗣を決める会戦の地で、かつて師弟であった盧武成と呉西明は奇妙な再会を果たした。

 一方は利幼公子の遊軍、夏羿族の軍を率いる将として。

 もう一方は、奄軍の一部将として。

 互いに、相手がいかなる理由でそこにいるのか分からないでいる。

 ただしここは戦場であり、ならばかつて師弟であったことなどは関係がない。


「――武器を捨て、降れ。そうすれば命は取らぬ」


 それでも盧武成は情を見せた。呉西明は逡巡し、喉にまで出かかっていた惰弱をかみ殺して叫ぶ。


「出来ません。御身は私にとって大恩ある師なれど、田氏にも恩があります!! たとえ我が初志を歪めることになろうとも、田氏の恩に報いぬままに剣を捨てることは出来ません」


 そう言われて盧武成は、呉西明の事情は分からないが、彼自身の中に譲れぬものがあるということだけは察しとった。そして、それを解した以上、これ以上言葉を交わすことは呉西明の覚悟への侮辱になるとも分かっていたのである。

 盧武成は戟を握る手に力を込めた。


允綰(いんわん)、俺はこの若武者の相手をする。兵の指揮は任せるから、お前の判断で攻め、不利となれば退け」


 そう言われて允綰という、左目に向こう傷を追った老将は頷いた。盧武成と呉西明の間に何か因縁めいたものがあるのを見て取り、その邪魔をしないように用兵の重責を一身に担うことを決めたのである。

 そして盧武成はというと――呉西明と戦うと腹を括ると、馬を走らせながら呉西明の戦車に肉薄し、その上に飛び乗った。

 そして戟を逆さに向け、呉西明の左右に乗る兵士たちの腹を突いて瞬く間に突き落したのである。


「これで条件は五分だ。お前に師を思う心があるならば、今ここで俺を越えてみせろ」


 そう言い終えた時には盧武成はもう戟を振り上げている。呉西明は目を血走らせて剣を振るった。

 激しく揺れる戦車の上で二人は十合以上打ち合っている。その戦車を走らす御者としては生きた心地がしなかったであろうが、かといって手綱を緩めることも出来ず、呉西明の勝ちを天に祈りながら馬に鞭打つより他になかった。

 無論、盧武成には御者を先に倒そうという気など毛頭ないし、何よりも――それをするゆとりなどなかった。

 戟という長柄の武器を持つ盧武成と、剣を振るう呉西明。

 武器の長さだけであれば盧武成のほうが有利であったが、その不利を物ともしないほどに呉西明の剣筋は激しかった。

 揺れ動く戦車の上で二人は二十合以上打ち合っていた。盧武成はまだ体力に余裕があるのに対して、呉西明は息を切らしている。その乱れた呼吸を整える間もないほどに盧武成は容赦なく戟を振るって攻め立てた。

 しかしその最中、無我夢中で振るった呉西明の一撃が戟の柄に当たり、真っ二つに両断する。形勢が呉西明に傾いた次の瞬間――呉西明は鳩尾に鈍い一撃を受けて戦車の上にうずくまった。


「そういえばお前には教えていなかったな。――武器を持った敵を相手取る時は、相手の武器を払ったり壊した瞬間こそ最も気を引き締めるべし、だ」


 戟が斬られた瞬間、盧武成はすかさず前に跳んで呉西明の腹を蹴りつけたのである。

 うずくまった呉西明を盧武成は斬ろうとはしなかった。すかさず戦車から飛び降りると、盧武成が戦車に飛び乗ったことで騎手不在となっていた自身の愛馬、饕朱(とうしゅ)を呼んだ。饕朱はかつて野生の荒馬だったとは思えぬほどの従順さで主人の声に応え、そちらへ向けて駆けてくる。その背に颯爽と跨ると馬腹を蹴って夏羿族の下へ向かった。

 その背を呉西明は、腹を抑えながら見送ることしか出来なかった。




 利幼軍左軍は、盧武成率いる夏羿族五百の参戦によって息を吹き返した。

 奄軍は小勢の敵を囲んでいるはずが、いつ後背を襲われるかが分からないので浮足だち、しかも外からくる夏羿族と向き合えばそこを内側の利幼軍左軍が的確についてくるのである。

 奄軍の主戦力が戦車であることもこの場合は悪い方向へ作用した。背後から来る敵に対して戦車の向きを変える間に夏羿族は接近してくるのである。まして夏羿族は戦車軍を率いる薊国の軍と幾度となく戦ってきた歴戦の兵であり、奄軍は騎兵というものと戦った経験など皆無に等しい。その点でも利幼軍は有利であり、たった五百の夏羿族は奄軍三千を翻弄した。

 この戦況で田仲乂が採るべき道は、夏羿族を無視して多少の犠牲を容認し、少しでも早く利幼軍の左軍を殲滅することだったのだ。しかし夏羿族五百はそれをさせず、時には田仲乂の戦車にまで肉薄したので囲んでいる左軍だけに集中することが出来なかった。

 恐慌に陥った田仲乂はついに中軍にいる練孟に援軍を要請した。しかし練孟にもそのような余裕はない。今は優勢であるが、兵を割けばそこを利幼に攻めこまれるからである。そもそも田仲乂こそ中軍に助勢して勝利を確実にするべきであるのにそれをせず、逆に援軍を求められたこともあって練孟も苛立っていた。

 その苛立ちが、言葉となって田仲乂の使者に飛んでしまったのである。


「そちらに兵を割くゆとりなどない。むしろ、早くこちらを助けに来い!! それが出来ぬのであれば約束の土地はないものと思え!!」


 練孟にとっては田仲乂への兵の催促のつもりで放った言葉である。しかしそれを伝えられた田仲乂は、


 ――このままでは俺が死ぬかもしれんのだ。死んだ後に土地を貰ったところで何の役にも立たぬ。


 と思うとばかばかしくなり、戦車を翻して南へ――奄国の自領へ向かって遁走したのである。

 こうなると他の兵らもそれに続く。奄軍三千は遼平の地から消えてしまった。

ついに100話です!! ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!!

前にも告知した通り、今日の夜9時からxでスペースやります。もしよろしければ来てください

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