族有大暴、罪不贖三代
服が上質であることと、姜子蘭の言葉使いが丁寧であることがまずい。
盧武成のその言葉の意味を二人は分からなかった。
「あのな、范旦どのの身分証を使うということは、俺たちは商人としてあの関所を通るということだ。商人が貴人の子を連れているのはいかにも怪しいだろう?」
そういうものなのか、と二人は思う。
「しかし私の服は、物こそよいが長旅で汚れてしまっているぞ?」
「汚れていても絹だ。見る者には明らかだとも。大体からして、お前の喋り方はどう聞いても庶人のそれではない。お前を商家の若旦那に仕立てることも考えたが、おそらく露見するであろう」
「な、ならばどうするというのだ?」
姜子蘭はうろたえていた。
しかし盧武成は冷静である。
「お前が俺の言いつけを守るのであれば、関所を越えることは出来る。ただし、絶対に否を言うな」
睨まれて姜子蘭は、怯えながらも頷いた。
盧武成は、自らが馬車を曳いて関所を通ろうとした。役人に身分を問われると范旦の持っていた牘を差し出す。
「ほお、商人か。しかし積荷が何もないな?」
狐のように目の細い役人は訝しげに盧武成の馬車を見た。
「従者が一人。そして荷は……その、珍しい目の色をした薄汚い子供が一人か?」
均は盧武成の横に座っており、荷台には縄で縛られた、ぼろを纏った少年が一人乗っているだけだった。
「孟申の地で水害がありましてな。持ち出した衣類や食料はあっさりと売れたのですが、仕入れは出来ませんでした」
「おお、孟申の水害のことはわしも聞いている。してその子供はなんだ?」
「支払いを誤魔化した不届きな客がいましたので、その家の息子を金の代わりに納めて参ったのです」
「しかし何も縛ることはなかろう?」
「一度逃げようとしましたのでこうしました」
盧武成はさらりと言った。
「そうか。しかし小僧、おぬしも、至らぬ親のせいで災難であったな」
役人は荷台で縛られている少年にそう話しかけた。
しかし少年は、あぁ、とかうぅ、と唸るばかりでまともな返事をしない。
「どうも生まれつき言葉が不自由なようです。しかしこれはこれで、口答えせぬのは美徳かと思い連れてまいりました」
「そうか。うむ、よかろう。通ってよいぞ」
役人はそう言って盧武成の馬車から離れ、次の通行人を改めるためにそちらに向かった。
関所から距離を置いたところでようやく、縛られた薄汚い少年――姜子蘭は縄目から解かれた。
「……酷い目に遭ったぞ」
姜子蘭は恨みがましげに盧武成を睨む。
しかし当の盧武成はけろりとしていた。何一つ悪いと思っていない顔である。
盧武成は姜子蘭に、襤褸を纏い、縄で縛られ、口のきけぬふりをしろと言った。
無論、姜子蘭はあからさまに嫌がった。しかし盧武成は、
「お前の祖たる虞の武王はかつて焱朝に囚われ牢にいれられながらもその境遇を甘んじて受け入れ、許されて帰国した後に虞王朝を建てただろう。大業を為さんとする者は一時の恥辱を耐えねばならないものだ」
と言われたので、難色を示しながらも言う通りにした。
しかし無事に関所を通過すると怒りが込み上がってきた。そんな姜子蘭に盧武成は眼差しを強くして言う。
「いいか子蘭。天はすべてを見ている。人の苦労も、人の罪もだ。そして当然、虞王の功罪も知っているとも」
「虞王に罪などあろうはずがない!! いかに市政の民と言えど不敬であるぞ盧武成!!」
姜子蘭は今までで一番声を張り上げた。虞王に罪有りという言葉は姜子蘭にとっては認められず、また認めてはならない言葉であるからだ。
今の姜子蘭は変装していたため腰に剣を佩いていない。その剣は均が持っている。姜子蘭は均のほうを見て叫んだ。
「その剣を返せ均。今すぐこの不信心者を斬り捨ててくれる」
名前を呼ばれて均はどうしていいか分からなかった。剣を抱きかかえたまま、姜子蘭と盧武成のほうを見ておどおどとしている。
盧武成は均を手で制して言った。
「ならば虚王に罪はないのか?」
「む、それは……」
姜子蘭は少し怯んだ。しかしすぐに威勢を取り戻して、
「しかし、我が父には罪はない。むしろ虚王によって傾いた虞王朝を保全したという大功がある」
と叫んだ。
「それは功とは言わぬ。天子における功罪とは万民の父として振る舞いのことのみを表すのだ。善政を敷き民を豊かにすることを徳といい、私欲を貪り不要の死者で世を溢れかえらせることを暴という。そして一度、大暴が起これば三代かけてもその罪は贖えぬものだ」
姜子蘭は顔に怒りを浮かべながらも、反論することなく盧武成の言葉を聞いている。それは盧武成の語るところに思うことがあるからだった。
「虚王から数えてお前で三代目だ。お前の子か甥の代に至るまで虞王朝の罪は消えず、その前に大過あれば虞王朝はこの世から消え去るだろう。それを良しとせず、三代のうちに虚王の罪を贖おうというならそれは大きな艱難を伴う。苦痛を負い、恥を受け、死に勝る痛みを味わうことがあっても受け入れろ。そのくらいの気概がないのであれば、勅書を持って大人しく虢に帰れ」
姜子蘭は何かを言おうとした。
しかし言い返せなかった。それは盧武成の言葉に道理を感じてしまったからである。