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強面の隻腕保父さん

書いている物語のついでに思い浮かんだ、ハイファンみたいな何か…長い!

 とある王国の侯爵領にある冒険者ギルド。

 何時もは依頼をこなした荒くれ者どもが併設された酒場でバカ騒ぎをしている時間帯だが、今日はやけに静かで道行く人々は何かあったのだろうかと疑問に思いながら通り過ぎてゆく。


 そのギルドの酒場の一角に、若い5人のパーティが座っており沈黙していた――全員の首から掛かっているギルドタグは金色、つまり冒険者の中でも一握りの者たちが至ることができるA級のパーティーであることを示している。

 すると、その中でもリーダーなのだろう体格の良い黒髪で目つきの悪い青年が口を開いた。


「レクス…お前、舐めてんのか?」

 そう発言した青年は、まだ少年期ぐらいのパーティーメンバーを正面から睨みつけた。


「い、いえ…そんな事は」

 そう発言するレクスと呼ばれた少年だが、顔は俯き膝に乗っている両手はせわしなく動いている。

「舐めてんじゃなかったら、一昨日の戦いはどういうこったよ?全く攻めに来ねぇし牽制の魔法を撃つわけでもねぇ…ボケっと突っ立って俺に庇われる始末だしよ!」

「そ、それは!」

「あん?理由があんなら早く話せよ」

「え、えと…その」

 話せない理由でもあるのか、口を開こうとしながらも最終的には黙ってしまった。


「はぁ~…もういいわ。お前追放な」

「え!?」

 唐突な追放宣言にそう声を上げるしかないレクス。


「当たり前だろ?俺たち<スターダスト>は役立たずを介護するパーティーじゃねぇんだよ!」

 ダァン!

 そう言いながら持っているジョッキを叩きつける青年。

「落ち着けよリーダー。何もいきなり追放ってことはないだろ?」

「そうよ!たまたま調子が悪い日だったかもしれないじゃない!」

 レクスをかばうように、青年の両隣に座っている弓を背負った男と青い石が嵌った杖をテーブルに立てかけているエルフの女が発言した。もう一人のレクスの傍に座っている修道服を着た少女は沈黙を貫いている。


「たまたまだぁ?そんじゃあここ1か月でこいつがボケっとしているのを何度も見ている気がするのは気のせいか?」

「それは…そうね」

 最近のレクスは戦いの最中や野営中にそれなりの頻度で話が聞こえていなかったり、敵の攻撃を無防備に食らってしまうことがあった。

「そもそもの話体調が悪いんなら、俺たちに伝えて近くの安全な場所で休むか依頼に付いて来なけりゃ良かったんだよ!お蔭でリーズとダンは気絶してたじゃねぇか!」

「あー…まぁ、確かにねー」

 冒険者は体が資本であり、少しでも体調がよくなかったり寝不足である場合は仲間に伝えて休むのが生き残るコツであると言われている。


「それにだ」

 一息入れるためかジョッキの中身を飲んだかと思うと、マントに隠されるようにされていた左腕を前に動かし掲げた。

「あん時庇ったせいで俺の左腕は肘から先が無くなっちまったんだぞ!それでも釈明もなにもせず、こんな調子のやつをパーティーに置いとくと思うか!?」

 スターダストの面々以外は静かなギルドに青年の発言が響き渡り、俄かに固唾を飲んで見ていた他の冒険者や受付嬢がざわざわと話し始める。


「おいおいまじかよ」

「あれだろ?山に住み着いちまったドレイクの討伐依頼だったよな?」

「Aランクだけど、あいつらなら何も問題ないってここで話し合ったばかりだぜ」

「なんせドラゴンを狩った英雄様だもんなぁ。Sランクも近いって言われてたのに、リーダーのノルがああなっちまったら昇格どころか降格も見えてくるぞ?」

「元々貴族への対応が良くないってだけで、Aランクなだけだったもんなぁ…今後どうなるんだ?」

 否応にも野次馬と化した者たちの声が聞こえてくる。レクス少年は両手を握ることしかできないようだ。


「あいつらが話してる様に、今までの俺たちだったら何も問題はなかったんだよ。お前が木偶になってなきゃな!」

「あ、あの時は何かが話しかけてきていて集中が出来なくて…」

 やっと理由を話し出すレクスだが、何かが話しかけてきたという良くわからない内容だ。

「何かが話しかけてきただぁ?あのドレイクが助けて―とでも言ってたか?」

「そ、そんなんじゃないです!」

「じゃあ何か?精霊か妖精でも話しかけてきたってか…もしかしたら神々とかな!」

 そう両腕を広げながら声を上げるノル…半分無い左腕が痛々しく映る。


「そんなもん伝説の勇者様でもない限り有りえねぇんだよ…生まれた時から精霊と共に居るっていうあのな。お前はただの魔法剣士だろうが!」

「で、でも、2月前からずっと聞こえてきていて」

 そう反論するレクス。だが


「そんなに前から聞こえんならなおさら俺たちに伝えるべきだろ?3年間も一緒にやってきたってんのに不調を訴えられないぐらいに信用が出来ないってか?」

「で、でも…伝えようとすると皆さん近くから居なくなっていて…」

「近くに居ないなら近づいて伝えりゃいい話だろ」

「そうしようとしたら毎回頭痛がやってきて…」

「はんっ、んなもん信じられっかよ」

 涙ぐみながらも何とか釈明をしようとするが、まるで信じてもらえず膠着状態が続く二人。


「レクスさん、もう諦めましょう」

 そう言い放ったのは今まで黙っていた修道服を着た少女。

「メアリ!?なんでそんなこと言うんだ!?」

「元々私とレクスさんは、ノルさんのパーティーに入れていただいた者たちなのですからリーダーの決定には従うべきです」

「おーおー、よく分かってんじゃねぇか!そこのやつと違ってなぁ?」


「ただ」

「ただ?」

「私も抜けさせていただきます」

「えぇ!?」

 突然の脱退宣言に驚きを隠せないレクスだが、宣言されたノル本人は特に驚いてはいないようだ。


「成程なぁ…元の2人パーティーに戻るだけってか。だからそいつの目が覚めるまで大人しくしていたってわけだ」

「ノ、ノルさん!俺と違ってメアリは居なくなってしまったパーティーの大事な回復役なんじゃ」

 ダンッ!


「おめぇの意見は聞いてねぇ」

 そう威圧をかけるようにジョッキをテーブルに叩き付け、レクスを更に睨みつけるノル。


「うっ…」

「抜けるのは別に構いやしねえぜ?」

「ちょっとノル」

「大丈夫なのかリーダー?」

「何も問題ないだろ、俺たちはAランク冒険者だぜ?回復役につきたい奴なんてゴロゴロしてんだろ」

 確かに一握りであるAランクにあやかって自分も有名にと近寄ってくる者はかなり居る。その中に治癒魔法を使える者は何人もいるだろうと納得するように頷くリーズとダンの2人。


「そんなわけだ…ただ、この街で活動できるとは思わないことだな。外に野次馬も集まってきてんだ、俺の腕が無くなったのはお前だってすぐに広まることだろうよ!」

 笑みを深めてそう発言するノルと顔を青ざめるレクス。街にこの話が広がったのなら泊まることのできる宿もそうだが、道行く人々から暴言を吐かれるばかりか石を投げられることだってあるだろう…そしてそれはメアリにも襲いかかる可能性だってあるのだ。


「脱退届は俺が出しといてやるよ!レクス…お前の顔を見ると傷がうずいて仕方がねぇんだ――二度と面見せんじゃねぇぞ!」

 声を荒げ叫ぶと、後ろを向きもう言うことはないという姿勢を見せる。

 レクスが助けを求めるようにリーズとダンを見つめるが、顔を逸らされ追放が覆ることはないと悟ってしまった。


 ガタッ


 ノルの背後から椅子から立ち上がる音が聞こえ、ギルドの出入り口にまで向かってゆく気配がする。

「い、今まで、お世話になりました…」

 頭を下げたのだろう、金属のこすりあう音が聞こえたかと思うと

 バタンッ!

 ギルドの扉を勢いよく開け、がむしゃらに走り去ってゆく音が遠く離れていった…


「では、私はレクス様を追いかけなければいけませんので」

「待て」

 席を立ちレクスを追いかけようとするメアリを前に向きながらノアが止めた。

「なんでしょうか?お早く済ませていただきたいのですが」

「冷たいねぇ…ほれ、あいつに渡す選別とお前さん宛の手紙だ」

 渡された布袋はずっしりと重く、かなりの量の金が入っているのがわかる。そして世界樹の葉が押印された封蝋と何も封がされていない2通の手紙が渡された。

「手紙ですか…」

「言っとくが見ちゃいないぜ?教会からの手紙なんざ怖くて怖くて」

「もう一枚あるようですが」

「そりゃこの冒険者ギルドからの手紙だ。ありがたーい話がたくさん盛り込まれてるだろうよ」

「そうですか…では」

「あーっと、まだあったわ」

「…なんですか」



「――あいつのこと、頼んだぞ」




 レクスとメアリがギルドを離れて10分後。

「もう良さそうか?」

「いいんじゃねえか?」

「おおーい、ノル。もう始めていいだろー」

 そう話しているのは先ほどまで野次馬をしていた冒険者たち。手には酒の入ったジョッキを持っている。


「ダン、周りに気配は?」

「無いさ…リーズが全力で防音魔法をかけていたから外の野次馬もゼロ」

「そうか…んじゃあ早速――レクスの門出を祝って!」

「「「「乾杯!」」」」

 所々でジョッキを交わす音が響き、明るい会話が繰り広げられてゆく。先ほどまでとは真逆の様相だ。


「あー疲れた!あたしの発言変じゃなかったかなー」

「問題ないでしょ。リーダーよりはマシさ」

 そう話すダンとリーズもテーブルに置かれているジョッキを交わして、面白そうにノルを見つめている。

「な、何だよ」

「だって、ねー?」

「リーダー、レクスの泣き顔を見たくないからって後ろ向いちゃうんだもの。疼いたのは腕じゃなくて目元だってのにねー」

「う、うるせぇ!」

 あの時後ろを向いていたのはそんな理由からだったのだ。


「大体お前らももっと責め立てる予定だったじゃねぇか!俺にだけ任せやがって…」

「だって…ねぇ?」

「歳の近い弟分を責めるのは難しいって」

「お前らなぁ」

 そう呆れた顔しながらジョッキに口を付ける。あの時荒々しく叩き付けたジョッキの中身は酒ではなくお茶であり、万が一にでも酔って本音を出すことがないようにと酒場の店員にお願いしておいたのだ。


「最初は教会の枢機卿サマからの極秘依頼だってから受けたけど、ずるずると3年間過ごしちまったなぁ」

「ノルのギフト狙いの依頼だったから、出会う前までは文句たらたらだったわよねー」

「んで初対面で小動物みたいにビクビクしているレクスに、リーダーの世話焼きが無事発揮されたと」

「世話焼きとは何だ世話焼きとは。あんなに不安そうで辛気くせぇ顔をして、ギルドの横で突っ立ていられたら声かけるしかねぇだろうが」

「そうねー」「そうだなー」

 生暖かい目を向けられて、居心地悪くお茶を飲み干し店員に強い酒を注文する。飲まなきゃやってられるかってんだ。


「教会所属で回復魔法さえも使えるメアリも付いてったんだから、無理せず何度か戦ってりゃ無事にギフトが開花するだろうさ――勇者のな」

「本当に大丈夫ー?私たちに調子が悪いと伝えようとすると頭痛を起こさせていた子よ?教皇の思考に随分と毒されているみたいだし」

「まぁ、それ以外はレクスに対して優しいから大丈夫でしょうよ」

「俺自身も心配だが、そこは神々からの予言とやらと俺のギフトを信用するしかないだろうさ」

 ノルのギフトは仲間にも作用するものであり、成長倍加に才能開花という非常に珍しいダブルギフト持ちだ…さらに才能開花にはそのものが持ってはいるが芽を出していないギフトを見ることが出来、他の2人も複合属性の適正や千里眼などの有用なギフトを持っている。

 ただ、それによってランクが低い頃は教会からの帰属の催促や貴族からの要請もかなり多く、お蔭で3人は地位の高い者たちにはまず疑ってかかるようになってしまったが。


「まさか勇者のギフトが最初からじゃなくて後天的な物だったとはなぁ。相変わらず宗教ってのは、事実を脚色しなくちゃいけない決まりでもあるのかね」

「それここで言ってしまっても大丈夫かい?」

「問題ないだろ。伝承の方を信じているやつらの方が多いんだ、それに知っているのはこのギルドのやつらだけだしな。なあお前ら?」

 周りでバカ騒ぎしている冒険者に向かって聞くと、ジョッキを掲げながらそれに答えてゆく者たちが続出する。


「おうともさ!」

「母ちゃんにすら話してないぜ!」

「他のギルドの奴らにゃ漏らしやしねぇさ!」

「漏らすのはこのジョッキの中身で十分だ…俺たちの胃の中にだけどな!」

「ちげぇねぇ!奢りだってんだからぶっ倒れるまで飲むぞ!」

 そう何度目の乾杯かわからないことをしながらガンガン笑いながらも飲んでいく。


「な?単純な奴らで助かるぜ」

「私たちもその冒険者だけどねー」

「正直レクスがこの中にいないのは寂しいけど、これ以上は僕たちが負担になっちゃうもの」

 勇者のギフトは開花すると攻撃スキルに魔法や軽い治癒魔法とかなり強力な力を得ることが出来、高位の治癒魔法やバフ系の魔法を使えるもの以外に出番は無くなるとされている…それが近いと判明したことにより教会からの依頼は完了すると通達があったのだ。


「あいつが、レクスが本領を発揮できずにいたんだ。嫌われようが芝居をして送ってやるしかねぇだろ?」

「その割には大分長引いちゃったけどねー、どっかのお人よしさんがまだ経験が足りないとかで手放さなくて」

「最終的には大義名分が出来たから良いじゃねぇか。かなり即興になっちまったがな」

「ただその大義名分だってほとんど偽装じゃん――リーダーは元々左手無かったんだから」

 そう言われると、ノルは自分の左腕を眺める。


「まぁな…ただドレイクに肘まで持っていかれちまったのは痛いが」

「手なら手袋越しに再現できてたんだから、腕も何とかできないのかい?」

「無理に決まってんだろ。ただでさえあの手袋の素材は高かったし、そもそも俺じゃ魔力が足りねぇよ」

「私からすれば、その変態的な魔力操作の高さは羨ましいんだけどなー」

 そう、レクスを庇ったことによって左腕の半分を失いはしたが、ノルは昔の事故によって左手を失っていた…それを鍛えた魔力操作と魔力を留める特殊な素材の手袋で補っていたのだ。


「片腕でもBランク程度なら何とかなるだろうが、Aだときついだろうなぁ」

「きついで済ませるんだから、流石隻鬼(せっき)様は違うわねー」

「レクスに2つ名の理由を聞かれた時はみんな慌てたよねー」

 結局傷を負って片角になった高位の鬼種モンスターは手が付けられなくなるほど暴れ狂うという生態を悪用して、身体強化を利用し背丈ほどのある大剣を角に見立てられ、それを振り回して敵を殲滅することから付いた2つ名だと説明した…隻鬼本人は納得していなかったが。


「ただ膨大な報酬を貰えるし、少しの間は休んでも良いかもしれねぇな」

「さんせーい!一度実家に帰らなきゃいけないって思っていたのよねー」

「僕はここ等へんで薬草採取でもして過ごそうかな。高位ポーションの材料は採取方法が大変だから依頼が滞っているみたいだし」

 3人はこれからどうするか話し合いながら酒を飲んでいく…ノルは一瞬顔を歪めていたことから、注文したものの度数がかなり高かったようだ。


「それならノルさん。貴方にちょうど良い依頼があります」

 突然背後から話しかけられ、修理に出している大剣の代わりに腰につけていたナイフに手を掛けるノルだったが

「…なんだギルマスかよ。気配消して近づくのを辞めてくれっていつも言ってんだろ」

「ああ、申し訳ありません。どうにも抜けないものでして」

 振り向いてみると、このギルドのギルマスである細身の壮年の男がやってきていた。


「そんで依頼って?」

「貴方方が2か月ほど前に解決した邪教の施設のことを覚えていますか?」

「ああ…あの胸糞悪かったやつな」

 邪神解放のための儀式が行われていた廃村にあった施設で、かなりの生贄が出た事件の現場だ。思えばレクスがぼーっとしだしたのもあの頃からだったな…いかんいかん、酒が少し回ってきたのか余計なことを考えちまう。


「その施設で保護された子供たちなのですが、この町どころか国の出身ではないことが判明して身寄りがない状況でしてね」

「あー、リーダーが見つけた地下にいた子たちかー」

「その子たちは孤児院に一時的に預けるって決定されていなかった?」

「それが厄介なことになりましてね」

「厄介だぁ?」

「あの邪教の施設は廃教会に存在していたでしょう?この町の孤児院は教会に併設されているのですよ」

「なるほど…恐怖心を再発した奴がいるのか」

「その通りです」

 ボロイ廃教会と今でも現役の綺麗な教会でかなりの違いはあるが、子供たちからすればそんなことは関係なくどちらも恐怖の対象になってしまっているようだ。


「そんで?そのガキ達と俺への依頼にどんな関係があるってんだ」

「端的に言えば、彼らの保護者の代わりになって頂けませんか?」

 はぁ?俺が保護者だぁ?

「勿論ずっとではなく一時的にですが、指名依頼にさせていただきますし割はいいと思いますよ」

「いいんじゃないのー?どうせ休むとか言っていながら体を動かしていないと落ち着かないでしょ」

「ついでに言えば、あの子供たちの1人がやけにリーダーに懐いていたし適任だと思うね」

「おいおい、こんな目つきの悪くて腕も片方ない男に子供を任せるって…正気か?」

「勿論正気ですとも。貴方はもともと孤児院出身だそうですし年下の扱いには慣れていらっしゃるのでは?」

「というか自分でも容姿が怖いってのは認識しているのが悲しいわ…」

「冒険者タグなかったらほぼ悪人に間違われるもんね」

「うるせぇぞお前ら」

 酒が回りだしたのか軽口をたたき始める2人に対してそう突っ込みを入れる…こいつら酒が強くないくせに飲むのは好きなんだよなぁ。


「それで、やっていただけますか?それとも天下のAランク冒険者が子供の御守りはしたくありませんかね?」

「ギルマスも煽って来るんじゃねぇよ…まぁ少しの間で有れば問題ねぇよ」

「本当ですか!それは有り難い――では、これが依頼書になります」

「随分手際がいいな?事前に準備していやがったろ」

「はて、なんのことでしょう」

 とぼける様にしながらも、しっかりと依頼書を2枚渡してくるギルマス。


「ったく…報酬もよさそうだし問題ねぇよ」

 さらっと依頼書を読み、指名依頼ということで名前を書き1枚をギルマスに返した。

「ではきちんと受領させていただきます。早速明日からお願いしますね?」

「おう。昼にここにくりゃいいんだろ?」

 ええと頷くと、まだ仕事があるのか2階の部屋に戻っていく。冒険者には手厚い保護をしてくれるしいい人なんだけど、如何せん気配が薄いのと胡散臭い笑顔が常だから苦手なんだよなぁ…


「依頼の話は終わったぁ?」

「ならぁ飲みなおしましょうよー!」

「おいおい…目を離したすきにどんだけ飲んでんだよ」

 少し話し込んでいるうちにテーブルにはいくつものジョッキが積まれていた。

「だって寂しいんだものー!3年間ずっと一緒だったんだかぁらー」

「リーダーだって寂しいでしょー」

「そりゃまあな」

「ほらほら今日だけは飲んでわすれちゃいましょうよ!」

 そういって渡されたジョッキには、先ほど飲んだ強い酒が並々と注がれている。

「…ったく。お前らはこれで最後の一杯にしとけよ!」

「はーい」「了解でーす」


「んじゃあ改めて――俺らの弟に」

「「「乾杯!」」」

 そんな彼らがジョッキを交わしているはるか上空では、満天の星空がきらめいていた。






「ってのがあったのが5年前か…時が経つのは早いもんだよ、全く」

 冒険者ギルドの隣にあった古い物件を取り壊し、新たに併設された保育院のベランダで、そうぼやく隻腕の男。

「結局あの依頼書には裏面があって、ガキたちが全員自分の意志で自立できるまで依頼は継続されるってのが書かれてたんだよなぁ…あの野郎め」

 しかもあのじいさんは短期間でこの国のギルドの本部長にまで上り詰めやがった…そのせいで気が付いたころには、文句を言うには王都まで行かにゃならんし役職が高いせいでなかなか会えないと来た。

 酒は飲んでも飲まれるなとはよく言ったもんだぜ。

「レクスが無事にあの後開花して、半年前に封印されていた邪神を無事討伐して平和が戻ってきたと世間は喜んでるが、俺にはまだまだ平和が戻ってこねえよ。こんな昔のことも夢で見ちまうしな」

 ぼやきながら朝日を浴び体をほぐす。


「パパどうしたの?」

 ベランダに近づいてくる1人の幼女。

「何でもねーよクレア。あと俺はパパじゃねぇって言ってんだろうに」

「ん-ん!クレアのパパはノル!あんなひげもじゃじゃないの!」

「んなこと絶対に本人の前で言うんじゃねぇぞ?他国とはいえ辺境伯の嫡男なんだから」

 こいつもそうだが、あの時に保護したガキの中には他国の貴族の子供や獣人族の族長の子供だったりがゴロゴロしてやがった…しかもあれ以降も他の邪教施設から保護されてきたのが増えたからな。


 邪教の野郎ども、魔力が高いかギフトが希少な方が生贄に相応しいと高貴な奴らばかり攫いやがって…お陰で今いる奴らは俺のギフトでガンガン成長していってるわ。

それに伴って、貴族への対応が苦手というか嫌いだってのにうちで預かっている事を伝えるために随分と作法について覚えたり、有用なギフト持ちを攫おうとした教会のクズ司祭をぶん殴ったりもしたな…これもあの本部長の策略な気がする。

保育院を離れるやつもほぼいねぇし、俺のギフト目的で置いていってるわけじゃないよな?ただ遠い異国の地だから外交関係でややこしいだけだよな?


 そう思いながら外を眺めると、ギルド前がやけに騒がしいことに気が付いた。

「何かあったのか?騎士みたいのもいるじゃねぇか」

「あ、そーだ!ギルドマスターからパパにでんごん!」

「だからパパじゃねぇって…まぁ今はいい、んでなんだって?」

「ギルドの2かいにきてほしいんだってー」

「あの騒ぎは俺への用かよ」

「それじゃあでんごんおわり!わたしはごはんにいってくるねー!」

「おう。転んだりすんじゃねぇぞー」

 手を振りながらこのギルド併設の保育院の食堂へ向かうクレアを見送ると、自身は2階のギルドマスターの部屋に向かっていった。


 コンコン

「どうぞー」

 聞き馴染みのある声が部屋から聞こえ、入室するノル。

「邪魔するぜギルドマスター」

「もう、いつもはそんないい方しないでしょリーダー。普段通りで大丈夫だって!」

 そこにいたのはかつてのパーティーメンバーのダン…彼はあのギルマスに推薦されてここのトップになったのだ。

「普段通りでって…お客がいるだろ」

 ダンがこちら側のソファに座っているということは、こいつよりも地位の高い者が来ているということだ。まぁダンに挟まれて見えねぇんだけど。


「お客様はお客様だけど、昔みたいな扱いでいて欲しいんだってさー」

「昔だぁ?」

 誰だ?リーズは新しく魔道具の研究所を立ち上げて所長になったが、ストレス解消と称してこのギルドに割と頻繁にやってきては俺を誘ってきて依頼を受けてるから違うだろ?ならクレアの父親…は先月来てたよな。パパじゃないって言われてえらく凹んでたのを覚えてる。

「いったい誰だ?まさか勇者様じゃねぇだろうな」

「近からずも遠からずってとこだね…今日は随分と勘がいいね?」

「俺の勘がいいのはいつものことだろうが。朝に昔の夢を見たんだよ」

 つーか近からずも遠からずってどういうことだ。

 立っているダンの横まで行き目の前の人物を確認すると、純白の修道服に世界樹の女神の象徴である緑のスカラプリオを身に着けた女が座っていた――大人びたが、何処か見覚えのある顔だ。


「…おおっと、栄光の勇者パーティーで教会の聖女様が何の御用でし「ノルさん」……久しぶりだな、メアリ」

 そりゃあギルドの前があんなに厳重になるわけだわ。今や生きる伝説の勇者パーティーの1人だからな。

「お久しぶりですノルさん」

 二コリと笑いながら語りかけてくるメアリ。


「ああ…なんだ?随分と自然に笑えるようになったじゃねぇか」

 さっきの薄ら寒い笑顔は何だったんだ。

「ええ、レクス様との冒険の中で自分に正直になろうと思いまして」

「まぁ大分ぷるぷるしている時とかがあったから分かりやすかったけどねー」

「えぇ!?」

 大きく口を広げながら驚くメアリ。

 こいつこんなに感情豊かだったんだな…からかうのが楽しいぞ。

「レクス様には…」

「バレてなかったんじゃねぇか?」

「前方から後方の仲間の表情なんて普通は分からないからねー、僕は後方支援組だから頻繁に見てたけど」

「それだと前線の俺が認識できてたのが普通じゃないみてぇなんだが」

「そうでしょ」「否定できません」

 ぐぬぬぬ。なんでいつも変人扱いされんだ俺は…この前も新人の衛兵に犯罪者に間違えられたしよ。

 それに関しては顔と雰囲気が原因である。


「あ…早速本題に移りましょう。明日にはこの街を離れなければなりませんので」

「もう半年も経つってのに忙しいこったな」

「私は教会の所属なのでまだマシな方ですよ?他の方々はお茶会や夜会に出なければなりませんし、レクス様はそれに追加で縁談も舞い込んできますから」

「うへぇ、大変そうだ」

「あの時からは考えられないぐらいの出世だねー」

「ええ、あの時から本当に…そして変わっていないのはノルさんの左腕だけ。その腕こそが本題です」

 メアリはごそごそとポーチを漁ったかと思うと、淡く輝く液体が入っている小瓶を取り出した。


「こいつは?」

「エリクサー…の劣化品になります」

「おいおい、とんでもない物を持ってきやがったな」

 エリクサーとは身体の欠損を直し、若返りすらも可能とさせる伝説の霊薬である。


「こちらは人の手によって作られた物なので、若返りの力はなく身体の欠損を治すのみにとどまりますが」

「だから劣化品ってわけだ…でも、これにぴったりな人がここにいるわけだ」

 そうダンとメアリの視線の先にいるのは――隻腕のノル。


「お、俺にこれを使えってのか!?人が何人も一生を暮らせるぐらい高価なこいつを!?」

「因みにこちらを作られたのはリーズさんと勇者パーティーのお一人です」

「あの野郎…だから最近来てなかったのか!」

「ついでにバラしちゃうことと言えば、僕はメアリと定期的に連絡していたんだよねー」

「はぁ!?」

 ダンの野郎こいつを嫌っていたんじゃ…いや考えてみればあの時かばうような発言をしていたし、あの手紙もダンが準備したんだっけか?


「なんだ、お前ら出来てたのか?」

「そんなわけないでしょー」

「私の好みは筋骨隆々でお優しい方ですので」

 じゃあなんで連絡を取り合ってたんだよ…


「そんなことよりほら、一気に飲んじゃいなよ」

「つってもなぁ…ガキの頃から左手がない生活をしていたからそこまで困っているわけじゃねぇんだよ」

「因みにそのことも落ち着いた頃にレクス様にはお伝えしましたが、それでも怪我をさせた責任があるからと」

「全部あいつに筒抜けかよ…」

 もう、俺があの時後ろを向いていた理由とかも伝わってんじゃねぇか――やばいベッドに戻りたくなってきたぞ。


「ほら!漢ならグイっといってください!」

「それにドアの隙間から見ている子たちのためにも飲んだ方がいいと思うよー?」

「なに?」

 後ろを振りむくと、そこにはドアの隙間から覗いているいくつかの瞳――保育院に住む子供たちだ。

「お前らなぁ」

 近づいていくとドアが開き、わぁっとノルの周囲に集まってくる。


「おいおい、そこにいるのは教会の聖女だぞ?怖くないのか?」

「「おっちゃん」「にいちゃん」「貴方」「パパ」がいるから大丈夫」よ」

そうかい…俺はお前たちと過去のパーティメンバーに挟まれて大丈夫じゃないぞ。というか、そこまで意見できんのならもう自立してんじゃないかね?


「おっちゃんうでなおるのー?」

「お、おう…薬を飲めばな」

「じゃあ早く飲んで治してくれよ!兄ちゃんが俺のけいこをしてくれるなら、ばんぜんな方がいいもん!」

「だがなぁ」

「私のために早く治しなさいな。両腕が使えるようになったあかつきには、お、お姫様だっこをする名誉をあげるわ!」

「それは別に要らん」

「なんですって!?」

 そうワイワイしながらも、子供たちによってどんどん飲まされる方向に持っていかれてゆく。


「む、恋敵の気配…」

「相変わらず悪人面の割にモテるよねリーダー」

「あの荒々しさからのお人よしになるギャップに堕ちる人が多いのでしょう…私もそうでしたし」

「君は本当に正直になってから面白いね」

 蚊帳の外にいる二人はそんなことを話していた。


「パパ、うでなおるの?」

 他の子どもたちを押しのけて前に出てきたのは、食堂に行っていたクレアだ。

「…クレア、パパじゃねぇって言ってんだろ。あと口を拭け」

 んー、としゃがんだノルが持っているハンカチでお弁当を拭かれるクレア。

「パパ!パパのうでがなおるならわたしなんだってまもるよ!」

「ほぅ?具体的には?」

「…パ、パパっていうのをがまんする!」

「1日も持たねぇ気がするなぁ…」

 そう呟きながらクレアの頭を撫でて立ち上がると、メアリたちの前に向かうノル。


「覚悟は決まりましたか?」

「一応な…なんかさっきよりも威圧感が増してねぇか」

「気のせいだと思いますよ…ねぇダンさん」

「ハハハ…マッタクソノトオリデス」

「絶対何かあっただろ…」

「それよりもほらググイっとどうぞ!レクス様からも飲むのを見届けて欲しいと言われていますので!」

「どちらにせよ飲むしかねぇってことじゃん」

 テーブルに置かれている劣化エリクサーを手に取ると、蓋をきゅぽんと外した。


「そうだ!もう一つ通達がありまして、1か月後の王城で開催される邪神討伐達成のパーティーにぜひ参加して欲しいと!」

「あー、そういや本部長から手紙が届いてたね」

「それよりも上位の勇者パーティー直々の招待状をお送りいたします…勿論そこにおられる子供達にも!いかがですか!?」

 そう興奮したように言うメアリと、パーティーと聞いて騒ぎ出すクレア含む子供たちであったが。


「勘弁してくれ…俺はレクスに合わせる顔は持っちゃいねぇんだよ!」

 そういいながら、ノルは瓶の中身を飲み干した。




 その1か月後、馬車が並ぶ王都の広場には多くの子供達を連れた体格の良い黒髪で目つきの悪い男が、王城のパーティーに向かっていた――その男は、両手で子供達と手を繋いでいたそうな。

因みにそのパーティでは、局所的に雷雨や火花が散っていたそうです。ナンデカナー

SFのVRの方で連載している作品もあるので、興味がある方は是非!


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― 新着の感想 ―
面白かった。 ただ、「ガキの頃から左手がない生活をしていた」が冒険者になる前か後か不明ですが、 隻腕で二つ名持ちになった後レクスと三年(この時点で青年)、孤児院で五年の期間費やしたなら 剣握ってから…
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