表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/30

方舟の島②

 教祖は自己紹介を始めた。


「私は「方舟の会」の教祖をしています神薙國男(かんなぎくにお)です」


 海斗は慎重に口を開いた。


「ボクは蒼井海斗といいます。青ノ島から来ました」


「ホホ―ッ、青ノ島から……この島に何しに来たのかね?」


「青ノ島の村長の手紙を九条島の村長へ届けに来ました」


 教祖は鼻をフンと鳴らし、嘲笑する。


「村長どうしで連絡し合ったところで、どうなるものでもないだろう。日本の政府は大洪水で消失した。日本国はもうないのだ。頼れるものは神しかいないのだよ」


「九条島の村長に会いましたが、こんな場所があるとは聞いていませんでした」


「当然だ。この方舟は、選ばれし者のためのものだからな」


 教祖は、じっと海斗の目を見据えた。


「まもなく神の裁きが落ちる。人類はそれで選別されるのだ」


 教祖は低く、よどみのない声で言った。


「前回の大洪水は、ほんの序章にすぎない。この世界は堕落した。人類は我欲を貪り、罪を犯し続けた。その結果、神の怒りが大洪水となったのだ。そして今、さらなる裁きが訪れる。方舟に乗れるのは、神の意思を信じて選ばれし者だけが救われるのだ」



 海斗は視線を逸らさずに言葉を返した。


「三年前の大洪水は天災ではなく、人工的に引き起こされた気象兵器による人災でした。大洪水を神の裁きと呼ぶには……少し無理がある気がします」


 教祖の顔から笑みが消える。


「私の予言を……疑うのかね?」


「いえ、そういうわけでは……」


 淑恵が一歩前へ出て、海斗の肩に手を置く。


「教祖様は、あなたに『方舟の会』に入ってほしいと思ってらっしゃるのよ」


 淑恵の忠告に、海斗は静かに頭を振る。


「……僕には、助けなければならない人がいます。申し訳ありませんが、入信するわけにはいきません」


 教祖は海斗を睨んだ。


「私の誘いを……拒否するのか?」


 その言葉は、警告に近いニュアンスがあった。


「入信しないと……大変なことになるわよ」


 海斗の耳元で、淑恵が囁く。


「……僕は東京へ行かなくてはなりません。ここで失礼します」


 神薙は鼻先で笑った。


「フン……ここから出られるとでも思っているのか」


 そう言って、隣のサイドテーブルからワイングラスを取り上げ、赤く澄んだ液体を口に含み、ゆっくりと笑う。


「失礼します!」


 海斗は踵を返し、部屋を出ようとすると――

 その瞬間、背後から鋭い衝撃が後頭部に叩きつけられた。


「うっ!……」


 視界が歪み、足元が崩れ落ちていく。

 床に倒れこみ、意識が遠のく。

 倒れ込んだ海斗の視界の先に、顔を覗き込む淑恵の姿が映る。

 美しい顔は微笑みを浮かべていたが、その目はどこまでも冷たかった。


「……だから、注意したのに」


 海斗の意識は、闇の中へと沈んでいった。


 ――海斗が目を覚ますと、そこは牢屋のような場所だった。

 コンクリート造りの部屋の中は暗く、湿っており、簡易ベッドと洗面台と便座が見える。

 鉄製の分厚いドアは鍵を閉められ出ることはできない。


 彼は監禁されたのだ。


 外からは信者たちの祈りの声がかすかに聞こえてくる。


「おーい!ここから出してくれー」


 海斗は助けを呼び、何度か扉を叩いたが、誰も応じる気配はなかった。

 彼は壁にもたれかかり、どうすればよいのか思考を巡らせていた。


 どれほどの時間が経ったかわからない。

 腹の虫が鳴る頃、鉄の扉の下部にある小さな窓が開いた。


「ん?」


 開いた窓からプラスチック製のトレイが滑り込んできた。

 上にはパンとスープが乗っている。


「……ご飯です」


 か細い少女の声が聞こえた。

 海斗は小さな窓に顔を横にして突っ込んで叫んだ。


「頼む!ここから出してくれ」


 薄い青色の法衣を着た少女の足が見えた。


「私は食事を運ぶだけなので……」


「助けてくれ!ボクは東京へ行かなきゃいけないんだ」


「ご、ごめんなさい……」


 少女はその場を走り去っていった。


「おーい!助けてくれー」


 海斗の叫びは空しく廊下へ響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ