島のくらし
午後になり、海斗は未来を連れて島を案内することにした。
診療所を出ると、二人は村の中を歩いていく。
歩きながら海斗は未来に話しかけた。
「年はいくつなの?」
「十四歳」
「そうか、ボクは十六歳」
「年上だね。お兄ちゃんって呼んだらいい?」
「やめてくれよ、海斗でいいよ」
未来がクスッと笑う。
未来は自然に囲まれた島の様子を珍しそうに眺めていた。
「あれは何?」
未来の指差す方向には、穴から水蒸気が噴出して辺りが白く煙っていた。
「ああ、あれは『ひんぎゃ』って言うんだよ。この島は火山島だから、地下で温められた水分が地上に吹き出してくるんだ」
「へえー」
未来は感心しながら、白煙の向こうに見える建物を見つけた。
「あそこの建物は何?」
「ああ、あれは保養施設だよ。地熱を使ったサウナがあるんだ」
「こんなところにサウナがあるのね」
二人が保養施設に近づくと、物陰から猫たちが姿を現した。
「あっ、猫がいっぱいいる」
猫たちは未来のの足元に擦り寄ってきた。
未来は一匹の三毛猫を優しく抱き上げ、その毛並みをなでながら微笑んだ。
「かわいい……」
「ここら辺は地熱で地面が暖かいから猫が集まってくるんだよ」
海斗は近くにある地熱釜からゆで卵を取り出し、未来に渡す。
「この地熱釜でジャガイモやさつまいもなんかを入れて温めるんだ」
未来は殻を剥いてゆで卵を食べる。
「美味しい……」
海斗は一口でゆで卵を頬張り、一気に飲み込んだ。
「食べるの早いのね」
未来が笑うと、海斗もつられて笑った。
「おーい、海斗!」
海斗が振り返ると、武流が軽トラックに乗って、手を振っていた。
「今、島を案内してたんだ」
「そうか、展望公園まで連れてってやるから、荷台に乗れ」
海斗と未来が荷台に乗ると、軽トラックは急な坂道を登っていった。
展望公園は青ノ島全体を見渡せる一番見晴らしの良い場所だった。
島の真ん中に大きなカルデラ(マグマが噴出した後にできた陥没地形)があり、青い海に囲まれた小さい島を一望できる。
未来はその景色に見とれ、しばらく何も言わずに立ち尽くしていた。
「……本当に、きれい」
「そうかい? まあ、俺たちはもう見慣れちまってるけどな」
「ここは、人と自然が共生している……素晴らしい場所だわ」
彼女の目には、涙が滲んでいた。
「さあ、うちに帰って夕飯を食べようか」
武流が未来を誘って、自宅まで軽トラックで送っていった。
蒼井家の自宅に戻ると、三人で食卓を囲むことになった。
テーブルには、武流が漁で獲った新鮮な刺身、畑で採れたばかりの野菜が並んでいる。
未来は目の前に並べられた料理を珍しそうに見つめていた。
「さあ、食べようか」
武流が箸を取り、未来を促す。
「はい……いただきます」
未来は武流に勧められ、少し戸惑いながらも刺身を一切れ手に取った。
刺身を口に運ぶと、思わず目を大きく見開いた。
「……美味しい!」
その様子を見て、武流は満足そうに微笑んだ。
「そうか、うまいか!」
「はい、東京ではこんな新鮮なものを食べたことないです」
海斗も刺身をご飯に乗っけて口にかき込んでいた。
武流は真顔になって、未来に尋ねた。
「東京には……まだ人がいるのかい?」
未来の箸が止まった。
戸惑いつつ、彼女はゆっくりと口を開いた。
「都心はもう、ほとんど沈んでしまいました……みんな県外に逃げています……」
武流はしばし無言で未来を見つめていた。
「そうか……」
やがて口元をほころばせた。
「でも、俺たち以外にも生き残りがいると分かっただけでも嬉しいよ」
武流が笑うと、未来の表情も少し和らいだ。
青ノ島のモデルは実際にある青ヶ島と言うところです。
東京都でありながら最南端の一番離れた場所にある小島に魅力を感じました。
島の様子は青ヶ島のHPとYoutubeの「青ヶ島チャンネル」などを参考にしました。