未来
青ノ島の診療所で、漂流してきた少女を医者の金子が診察していた。
海斗、武流、村長は診察室の外で待っていた。
「あのカプセルみたいな乗り物は何だろう?」
「さあな、どこかで船が遭難して、アレに乗って避難したんだろうな」
海斗の質問に武流が答えた。
「救命ボートみたいなものか……」
村長が考え込みながら呟いた。
診療室のドアが開いて、金子が海斗たちを呼び入れた。
「この子の具合はどうかね?」
ベッドで眠っている少女を心配そうに覗き込む村長。
「衰弱はしていますが、命に別状はありません。ここでしばらく入院させましょう」
金子の言葉に、ほっと安堵する村長。
「そうですか、良かった……」
武流が隣にいる海斗の肩を叩いた。
「海斗、お前があの子の面倒を見ろ」
「えっ?」
「島の外から来た大事なお客さんだ」
「明日の漁はどうすんだよ」
「心配するな、俺一人でも何とかなるさ」
海斗は戸惑いながらも、少女の顔をちらりと見た。
少女は微かな寝息を立てていた。
「……でも、面倒見るって、何をすればいいの?」
「彼女に水や食事を用意してやればいい。あとは話し相手になってやれ」
武流は笑いながら、海斗の肩をぽんと叩いた。
「彼女が逃げ出さないように、ちゃんと見張っておいてくれよ」
村長が冗談めかして言うと、海斗は肩をすくめた。
「……わかったよ。やるよ!」
海斗が引き受けると、村長も満足そうに頷いた。
「よし、じゃあ頼んだぞ」
少女を病室に移して、村長と武流が診療所を後にした。
「海斗くん、後はよろしくな。また明日!」
金子医師も自宅へ帰っていった。
診察所には海斗と、まだ眠り続ける少女の二人だけが残された。
窓の外はすっかり暗くなり、月明かりが窓から指している。
海斗は少女が眠るベッドの側の椅子に座り、彼女の顔をじっと見つめていた。
「……君は一体、どこから来たんだ?」
しばらくすると、少女の瞼がわずかに動いた。
海斗は息を飲んだ。
彼女は、ゆっくりと目を開ける。
「……ここは……?」
か細い声で少女は呟いた。
海斗は喜びのあまり、体を乗り出した。
「ここは青ノ島だよ」
海斗がそう言うと、少女は一瞬、困惑した表情を浮かべた。
「青ノ島?」
「東京から350キロ離れた小島さ。君が白いカプセルのようなもので漂流してたところを助けたんだよ」
「……そうだったの、助けてくれてありがとう」
「ボクは蒼井海斗って言うんだ。君は?」
海斗が問いかけると、少女はゆっくりと口を開いた。
「……月島未来」
「どこから来たの?」
「東京から……コクーンに乗って逃げてきたの」
「コクーン?あっ、あの白い乗り物か」
未来は小さく頷いた。
「逃げてきたって、何があったの?」
「……」
未来は頭を抱えて黙り込んでしまった。
「あっ……無理しなくてもいいよ」
「ごめんなさい」
「いいんだ……お休みなさい」
「お休みなさい」
未来は目を瞑り、眠りについた。
翌日、未来は少しずつ回復し、朝食のお粥も食べられるようになっていた。
海斗は自分の生い立ちを未来に話して聞かせた。
「そう、大洪水でお母さんが亡くなったの……」
「ああ、村の半分の人は大洪水の大波にさらわれてしまったんだ」
そこへ、村長と金子医師が病室に入ってきた。
「おお、元気そうだね。私が青ノ島の村長の谷中です」
「私は医者の金子です。しばらくはここでゆっくり休養するといい」
「ありがとうございます。助けてくれて、ありがとうございます」
未来は二人にお辞儀した。
「君はどこから来たのかな?」
村長が未来に質問すると、未来は暗い顔になり俯いてしまう。
「彼女の名前は月島未来。東京からコクーンという乗り物でここまでやってきたんだって」
海斗が未来の代わりに村長の質問に答えた。
「コクーン?あの白いやつか」
海斗が頷いた。
村長は未来の側へ歩み寄ってひざまづいた。
「未来さん、辛いだろうが、外の世界の事を教えてもらえないだろうか?三年前の大洪水が起こって以来、通信が切れ、連絡船も来なくなった。我々はこの島に閉じ込められた状態なんだ。東京が今どうなっているのか、教えてくれないか?」
祈るような村長の言葉に、未来は決心したように顔上げた。
「東京は大洪水で水没しました。大津波が襲ってきて、都心に残っていた人たちは皆流されてしまいました」
「東京が水没……本当か」
村長の驚きの表情で未来を見つめた。
「はい、首都機能は消滅してしまいました。日本も半分は水没してしまって、今は無法地帯になってます」
「日本の政府が……無くなったということか……」
未来が頷くと、動揺を隠しきれない村長はヨロヨロと立ち上がった。
「村長、大丈夫ですか?」
よろける村長を金子が受け止める。
「どうして、君だけ逃げ出せたんだ?」
「私はある研究施設にいて、そこで働いていた父にコクーンに乗せられました」
未来の目から涙が流れていた。
「そうか……辛いことを思い出させてすまなかった」
村長は気を取り直して明るく振る舞った。
「もう心配することはない。この島に住むといい。海斗が島を案内してくれるから」
「えっ?」
海斗が呆気に取られると、
「後は頼んだぞ」
村長は海斗の肩を叩いて、病室を出て行った。