帰還
シリーズ完結!
夜の帳が、静かに世界を覆いはじめていた。
暗いアスファルトの向こうから、幾つものヘッドライトが現れてバイクのエンジン音が鳴り響いてくる。
先頭を走るのは荒木狂介。その背後には、沙羅、村上、そして奇跡的に生還したストレイドッグスの仲間たちが続いていた。彼らは、満身創痍で生きて帰ってきたのだ。
路上に破壊された戦車が戦いの凄まじさを思わせた。アジトの建物は砲撃によって半壊し、崩壊寸前だった。
海斗と未来、そして三浦船長や海賊たちが彼らを出迎えた。
バイクを止めた狂介が、崩れかけたアジトを見上げて、一言つぶやいた。
「派手にやってくれたな」
海斗が走り寄る。
「おかえりなさい!」
「ああ、無事に帰って来たぞ」
そう言って、狂介は海斗と拳を合わせる。
「俺も生きてるぜ」
海斗に扮していた村上が笑いながら拳を差し出た。
未来が沙羅に駆け寄り、二人は抱き合った。
「沙羅さん……無事でよかった」
「……あんたの声が聞こえたよ」
「私の声が?」
「そうさ……バグを動かして、あたし達を助けてくれたんだ。あんたは命の恩人だよ」
「……私が、バグを動かしたなんて……怖い」
未来の身体が小刻みに震え、堪えていた涙が一気に頬をつたう。
沙羅はそっと優しく未来を抱きしめた。
「もう、大丈夫。終わったんだ……安心しな」
三浦船長と狂介が握手する。
「無事で何よりだ。リーダー」
「大変な戦いだったみたいだな。カシラ」
「戦車の砲撃でアジトはボロボロだ。これからどうする?」
「俺たちは野良犬だ。またどこか寝床を探すさ」
「ハハハ、さすが、しぶといな」
そう言って二人は笑い合った。
──その夜。
アジトの裏手で瓦礫を避けて整えられた即席の広場に、炎が立ちのぼっていた。
そこには、白布に包まれたひとつの亡骸が、薪の上に横たえられた。
それは未来の父、ドクターこと月島博士の遺体だった。
海斗、未来をはじめ沙羅、狂介らストレイドッグスのメンバーと三浦船長率いる海賊たちが弔いのために集合した。
海斗が薪に火を灯すと、乾いた音を立てて燃え上がる。
炎が夜空を照らし、火の粉が星のように空へ舞い上がっていった。
未来は小さく震える手を合わせ、こらえきれない涙をぬぐっていた。
「……お父さん」
沙羅がそっとその肩を抱く。
「ドクターはね、とても賢くて……本当に優しい人だった。私も、お父さんみたいに感じてたんだ。きっと、天国で未来のことを見守ってるよ」
隣にいた狂介も、静かに手を合わせた。
「ドクター、辛い逃亡生活だったな。安らかに眠ってくれ」
炎は白布をゆっくりと包み込み、やがて空の闇へと溶けていった。
翌朝。
戦いが終わり、世界そのものが深呼吸をしたかのような静けさだった。
海斗と未来は、三浦船長や海賊たちと共に、船に乗り込んだ。
岸では、狂介や沙羅、ストレイドッグスの仲間たちが見送ってくれる。
海斗と未来は、甲板から手を振って、八王子を後にした。
台場島に立ち寄ると、三浦船長が没収していた小型ボートを返してくれた。
「何かあったら、呼んでくれ。いつでも駆けつけるからな」
「ありがとう、カシラ」
海斗は心からの感謝を込めて頭を下げた。
小型ボートに乗り換えた二人は、青ノ島を目指した。
未来は、父の遺骨が納められた小箱を大切に胸に抱いていた。
波の向こうに、なじみ深い島影がゆっくりと浮かび上がってくる。
――青ノ島。
彼らが最初に出会い、そしてすべてが始まった場所だ。
港では、父の武流や村長、金子医師たちが待っていた。
「よく帰ってきてくれた!」
武流が海斗を強く抱きしめる。
「……ただいま」
村長は微笑みながら未来に話しかけた。
「未来さん、無事でよかったな」
「ありがとうございます」
村長が視線を落とす。
「その箱は?」
「父です……ここで、お墓を作ってあげたいんです」
「そうか、そうか、可哀そうに……よし、何とかしよう」
数日後。
島の北にある、海を望む小高い丘の上に、ひとつの小さな墓が建てられた。
未来は、島に自生する白い作百合を手向け、そっと手を合わせた。
その傍らで海斗も静かに手を合わせた。
「……父は、海が好きだったの。よく海水浴に連れて行ってくれたわ」
「ここなら、きっと喜んでくれるよ」
未来は微笑みながら、ゆっくりと目を伏せた。
「私ね……ずっと、父を恨んでいたの」
「えっ……?」
「虫を好きになったのは父の影響だけど、虫を生物兵器にするなんて……きっと罰があたると思ってた」
未来は立ち上がって、海を見渡す。目に涙が浮かび、その声はかすかに震えていた。
「父も分かっていたと思う。自分の成功のため家族を犠牲にして倫理も無視してきたら、どういう結果になるかということを……」
未来の目から涙が溢れ出てくる。
「それでも、父は私を愛してくれていた。あの地獄から逃がしてくれたの」
海斗は未来の傍へ行き、肩を抱いた。
「そして、海斗に会えた……だから今は、感謝してる」
夕陽が、ゆっくりと海の彼方へと沈んでいく。
空が茜色に染まり、風がやさしく二人の髪を揺らした。
未来が、海斗の手をそっと握る。
海斗も、その手をしっかりと握り返した。
ふたりは、言葉を交わさぬまま、ただ夕陽を見つめていた。
静けさのなかで、夕陽が黄金色の海に溶けてゆく。
戦いの日々を終え、ようやく二人の世界に平穏の日々が訪れた。
END
今年の2月から連載を始め、七カ月という月日をかけて、ようやく物語を完結させることができました。
当初は全体のプロットも組んでおり、もっとスムーズに進められるだろうと思っていたのですが、物語が進むにつれて登場人物たちに感情移入するようになり、自然と描写も増えていきました。その結果、話数は当初の想定よりもずっと多くなり、物語も後半に進むにつれて書きたいことがさらに膨らんでいきました。
時には、自分でも先の展開が見えなくなるほど迷走しかけたこともありましたが、それでも筆を止めず、物語を最後まで書ききることができたことは、自分にとって大きな喜びです。今は、長いマラソンを走り切ったような達成感に静かに浸っています。
最後まで読んでくださった方々に感謝いたします。
ありがとうございました。