覚醒
焦げつくような陽射しが、廃道となった国道十六号線を照りつけていた。
その炎熱のなか、バイクの車列が疾走していた。先頭に立つのは荒木狂介。その後ろに連なる十四台のバイクが轟音を放ち、荒れた舗装路を切り裂いていく。
後方を追っていたハンヴィー二台が急に進路を変えて、引き返していった。
「ん?追跡を諦めたのか……」
バックミラー越しに見ていた狂介が振り返る。
すると空を切り裂く轟音が鳴り響いてくる。
「あれは!」
黒く細長い影が、太陽の輝きの中から滑り降りてくる。それは攻撃型ヘリコプターAH-1 コブラだった。
「戦闘ヘリだーッ!」
叫び声と同時に、ヘリの機首が地表に傾いた。
機銃が閃光を放つ。
ダダダダダッ!
二十ミリ機関砲が火を噴き、地表に炸裂音を撒き散らす。一台のバイクが炎を上げて爆発。搭乗者は空中に弾かれ、無残に地面へと叩きつけられた。
「うわぁあああああっ!」
次の一撃で、さらに別のバイクが吹き飛び、ガードレールに激突。破裂音と鉄の歪む音が、周囲を支配していく。
「どういうことだ!本気で殺しにきてるぞ……全員、散開しろ!」
狂介の怒声が叫びとなり、仲間たちは次々とバイクを左右に振って進路を逸らす。
次に狙われたのは、沙羅と村上だった。
機関砲が地面を削り、その一発がバイクの後輪を貫いた。バイクはひっくり返り、二人は地面に体を叩きつけられる。
「沙羅ァーッ!!」
狂介が叫ぶ。
アスファルトの地面に倒れている二人。頭から血を流しながら、村上が這いつくばりながら息も絶え絶えに、沙羅へと手を伸ばす。
「沙羅……大丈夫か」
その問いかけに、沙羅は薄く目を開け、かすかに笑みを浮かべた。
「……ああ、まだ生きてるよ」
コブラが旋回し、二人の真上へと近づいてきて、砲口が、再び火を噴こうとしていた。
──その時、沙羅の意識がふっと浮かび上がるように揺らいだ。頭の奥から誰かの感情が流れ込んでくる。
「未来…未来なの?」
悲しみの感情が、まるで血液のように身体を巡る。瞳の奥が熱くなり、涙が頬を伝った。
「ドクターが…」
そのとき、大気がざわめいた。
空気を裂くような羽音が耳の奥を揺らす。
群れを成した漆黒の影が矢のようにコブラへと突っ込んだ。激しい衝突にコブラは、空中でうねるように回転しながら地面へ墜落する。
激しい爆発とともに火柱が噴き上がり、大地を震わせた。
狂介が目を上げると、空にはビッグバグたちが群をなして飛んでいた。
「バグが……助けてくれたのか?」
アジトの周辺に現れたビッグバグの群れは世界連合軍を襲っていった。
レナード少佐の乗るブラックホークに複数のビッグバグが機体に張り付く。
ドアに設置された機銃で攻撃するが、次々と襲い掛かってくるバグの前足の爪がレナード少佐の体を切り裂いていく。
「ぐああああ!」
そこへ大きなバグが突っ込んできて、レナード少佐は頭ごと食われてしまう。ブラックホークはコントロールを失い、そのまま墜落していった。
地上では戦車隊の砲塔が唸りを上げ、ビッグバグの群れへと放たれる。砲撃を受けてバグの身体が吹き飛ぶものの、砲弾を避けて次々とバグが襲ってくる。厚い装甲を鋭い足の爪で突き、重い車長用ハッチをこじ開けて口から毒液を車内の兵士たちに吹きかける。程なくして戦車隊は機能を停止して壊滅状態となった。
それは紛れもなく地上最強の生物兵器が現代兵器を駆逐する瞬間をまざまざと見せつけた。
未来を乗せた小型ヘリも、複数のビッグバグが機体に群がって張り付く。チャーリーが銃を乱射しながら応戦していたが、背後から鋭い痛みが襲う。
「うああっ!」
振り返ったときにはビッグバグの大きな顎が迫ってきた。次の瞬間、チャーリーの首が喰われて、切り離された身体は機外へと投げ出された。
「きゃあああ!」
揺れるヘリから未来は振り落された。
宙を舞う未来の身体は重力に引き付けられるように地上へと落下していく。
未来は“死”を意識した。この高度から落ちたら、まず助からないだろう。
「未来!」
屋上から落下する未来を見て海斗が叫ぶ。
その時――ビッグバグが飛んできて六本の足で落下する未来を受け止めた。
海斗はその様子を見て驚いた。
ビッグバグは未来を抱えたまま、屋上にいる海斗の目の前に着地する。ゆっくりと地面に気絶した未来を置くと、海斗の方に顔を向けて何かを訴えているようだった。
――この子の痛みを癒せ――
海斗の頭の中に“想い”が響いた。
ビッグバグには感情があるのか?海斗はその事にショックを受けた。ただの巨大な生物兵器ではない。人の感情を理解し、自ら考え行動する事が出来るのだ。
海斗は未来のもとへ駆け寄り、彼女を抱きしめる。
「未来…未来!」
気を失っていた未来が、目を覚ました。
海斗の顔を見つめ涙を流しながら、彼女は微かに声を震わせた。
「海斗…」
そして、かすれた息の中で囁く。
「私、生きてる」
「…バグが助けてくれたんだよ」
赤い複眼のビッグバグが二人を見守っていたが、やがて大きな羽根を羽ばたかせて空へ飛び立っていった。
空には群れを成したバグたちが、静かに旋回していた。
その頃、離れた上空ではオスプレイの中で、モニターを見つめるオペレーターが無線で何度も呼び出していた。しかし反応はなく、空しくノイズの音しか返ってこなかった。
「応答しません。ヘリ、戦車ともにビッグバグによって破壊されました……」
オペレーターが恐る恐る後ろに立っているジェイコブを振り返る。
「全滅です……」
モニターを見つめるジェイコブの表情は意外にも不敵な笑みを浮かべていた。
彼はサングラスを外し、その青い目でビッグバグが整然と隊列を組んで旋回している様子を見つめていた。
「いいぞ……データは取れたか?」
ジェイコブは隣にいる研究員に質問する。
研究員はノートPCの画面に映る周波数の波形を見ながら答えた。
「はい、彼女とビッグバグは特定の高周波で共鳴しているようです。何らかのショックで起こった彼女の感情がトリガーになった可能性があります。ビッグバグが、それに応えて復讐したのでしょう」
「ビッグバグには感情があるというのか?」
「おそらく……」
「そうか……」
未来を守るためにビッグバグたちは軍隊を全滅させた。この最強の生物兵器をコントロールできる方法が見えてきたことに彼は満足気な表情を見せた。
「大きな犠牲は出したが、成果はあった……引き返すぞ」
やがて、オスプレイは旋回を終え、基地方向へと飛び去っていった。
屋上の階段から、腕に包帯を巻いた三浦船長が現れた。
「海斗!無事だったか!」
「はい……でもドクターが…」
月島博士が胸から血を流して横たわっていた。
三浦は静かに跪き、目を閉じて祈るように頭を垂れた。
「ドクター……守れなくてすまねえ。安らかに眠ってくれ」
未来は博士の胸に顔を埋め、泣き叫んだ。
「お父さああん……!」
三浦は空を見上げる。
「まさか……バグに助けられるとはな」
ビッグバグの群れは高度を上げながら夕日が沈む赤い空の彼方へと遠ざかっていった。