決戦
アスファルトの地面が、低く唸るような地鳴りを上げて揺れていた。
振動に呼応するかのように、小石や破片が路面を踊るように跳ねる。
その振動の正体は、隊列を組んでこちらに向かってくる戦車の隊列だった。
重厚な鋼鉄の獣が、容赦なく道路を進んでくる。戦車の砲塔は前方に構えられ、朽ちた乗用車を踏み潰しながら進む様は、まさに鉄と火による暴力の化身だった。破滅の足音が、廃墟となった街に迫っていた。
かつてデパートだったアジトの七階。窓ガラス越しに、双眼鏡を構えて敵の動きを見下ろしていたのは、海賊の頭領・三浦船長と側近の瀧田だった。
「やつら……とうとう戦車まで出してきやがったな」
三浦は不快げに顔をしかめ、双眼鏡を下ろす。
「あれは自衛隊の一〇式戦車だな」
「自衛隊も世界連合軍に取り込まれましたからね。これから戦争でもおっ始めようってんですかね?」
瀧田の言葉に、三浦は短く吐息を漏らす。
「そうかもしれないな……捕虜もろとも、この建物ごと吹き飛ばすつもりだ」
「えっ!まさか……」
「瀧田、仲間と捕虜を地下まで誘導しろ。総攻撃に備えろ」
「へい、わかりやした!」
瀧田は即座に敬礼し、駆け足でその場を去っていった。
入れ替わるようにして、廊下の奥から海斗とドクターが現れた。海斗は肩で息をしながら、焦燥感を顔に浮かべていた。
「カシラ、未来を見ませんでしたか!?」
「いや……知らねぇな。一緒にいなかったのか?」
三浦が眉をひそめて返すと、海斗は悔しげに唇を噛んだ。
「はい、さっきまでいたのに、急に姿を消して……」
「無線で確認してみるか――」
三浦が無線機に手を伸ばした、その瞬間だった。
空気を切り裂くような鋭いプロペラ音が、上空から響き渡った。
窓の外へ視線を向けると、軍用ヘリがアジトのすぐ上空でホバリングしていた。黒く塗装された機体の側面ドアが開き、姿を現したのはデルタフォースの指揮官、レナード・バクスター少佐だった。
部下を捕虜にされたレナード少佐が、戦車が到着する前に自ら乗り込んできたのだ。
ドアに設置された機関銃を構え、鬼の形相で機銃の連射を開始した。
五・五六ミリの弾丸が雨のように窓を打ち、分厚いガラスを粉々に砕いていく。
「伏せろっ!」
三浦は咄嗟に海斗とドクターの背中を押し、床に伏せさせる。銃弾の嵐が壁や柱を破壊し、ガラス片が飛散する。戦場のような轟音の中、三浦は地を這うように身を起こし、叫んだ
「出口まで走れ!」
海斗とドクターは立ち上がり、散乱した瓦礫を踏み越えて出口へと向かって駆け出す。
「逃すか―!」
レナード少佐の怒声と共に、さらなる弾丸が二人を追い詰めるように壁を穿っていく。そのうちの一発が三浦の左腕を貫通した。
「うっ!」
苦悶の声と共に三浦はその場に倒れ込んだ。
レナード少佐は、それを見逃さなかった。
「止めだ!」
その時、無線で連絡が入る。ジェイコブからだった。
「間もなく攻撃を開始する。建物から離れろ」
「……ラジャー」
無線が終わると、すでに三浦の姿は無かった。
レナード少佐は悔しさを滲ませながら、ヘリをその場から後退させるようパイロットに命じた。
「カシラ!」
海斗とドクターが床に倒れている三浦に駆け寄る。
肩から血が溢れて出て、床が真っ赤に染まっていた。
「大丈夫か?」
ドクターはすぐにポケットからハンカチを取り出し、裂いて応急処置を始める。三浦は顔をしかめながらも、かすかに微笑んだ。
「ドクター……ありがとう」
息を荒くしながらも、彼は冷静さを取り戻し、ドクターの肩に手を置いた。
「はやく娘さんを探すんだ……この建物はもう長くはもたねぇ」
「ああ、わかった」
ドクターは深く頷き、海斗と共に階段を駆け上がっていった。
三浦はそれを見送り、自らはゆっくりと階段を降りていった。
一方その頃、遥か上空――
軍用機オスプレイの内部では、ジェイコブが通信機に向かっていた。
「……わかった。屋上にヘリを向かわせる」
内通者からの報告を受けたジェイコブは、無線チャンネルを切り替えて指令を下す。
「こちらジェイコブ。スコーピオン、聞こえるか。ストレイドックスがさらっていった未来は偽者だ。やつらを殲滅しろ」
戦車部隊が整然と横一列に並び、アジトとなった建物に砲塔を一斉に向けた。砲口が火を吹き、耳をつんざく轟音が辺りに鳴り響く。
次の瞬間、アジトの壁が爆発とともに粉塵と瓦礫が宙を舞った。
「砲撃を始めやがった!はやく地下まで降りろ」
砲撃のたびに建物が揺れる中、瀧田は武装解除した捕虜を誘導していた。
捕虜たちは味方の砲撃にパニックになり、悲鳴を上げながら我先にと階段を降りていく。
建物が大きく揺れ、鉄骨がきしむ音が響き渡り、天井の隙間から粉塵が落ちてきた。
海斗とドクターが爆撃の揺れに耐えながら階段を駆け上がっていた。壁はひび割れ、天井からは粉塵が絶え間なく降り注いでくる。
「このままじゃ、建物ごと潰される……」
十階に辿り着いた二人。そこに未来の姿はなかった。
「未来は屋上かもしれない。上に急ごう!」
「はい!」
ドクターと海斗は全力で階段を駆け上がり、屋上へと通じる扉を押し開けた。
視界の先には、チャーリーと未来の後ろ姿が見えた。
チャーリーに手を引かれつつも、抵抗して地面に足を引きずる未来。
「未来!」
海斗が声を張り上げた。その叫びに、未来ははっとして振り返った。
「海斗!」
チャーリーはゆっくりと振り返った。
「やあ、海斗じゃないか。ドクターも一緒か」
海斗はチャーリーを睨みつけながら問いかけた。
「ここで何をしているんですか?」
チャーリーはゆっくり首を振りながら持っていた拳銃の銃口を、二人に向けた。
「……悪く思うな、これが“任務”なんだ」