トラップ
レナード少佐のヘッドホンから聞こえてきたアルファチームの無線越しに聞こえてきた言葉が頭を駆け巡った。
「……ニンジャハウス?」
一瞬、レナード少佐は言葉の意味を考え、眉をひそめる。精鋭中の精鋭であるデルタフォースが、罠にかかったというのか。だが、無線からの報告は状況の切実さを物語っていた。
「ブラボー、チャーリー。敵は巧妙な罠を仕掛けている可能性が高い。油断するな」と冷静に注意喚起をする。
「コピー。こちらブラボー。これより突入する」
地下二階へ続くスロープに、ブラボーチームの五名が身を屈めて進む。足音を消し、影のように動く彼らの前方には、アジトの地下倉庫の重い鉄扉が立ちはだかる。ドアには鍵がかかっていた。
「ブリーチングだ」
リーダーの合図と共に、兵士が素早くプラスチック爆弾をドアにセットする。
鈍い爆発音が反響し、金属の扉が内側へゆっくりと開いた。兵士たちは銃口を前方へ向け、迅速に倉庫内へ突入した。
中は異様な静けさに包まれていた。照明は落とされ、暗闇が広がっている。
兵士たちはアサルトライフルのハンドガードに備え付けたタクティカルライトを点灯し、光の筋で四方の暗闇を切り裂く。
そこはスチール棚が何列も並んでおり、アクリルケースが棚にぎっしりと積まれ、中にはカブトムシやカマキリ、コオロギの群れが蠢いている。
ブラボーチームは慎重にスチール棚の間の通路を奥に進んでいく。
不意に、蛍光灯が一斉に点灯した。
眩い白い光が室内を満たすと、アクリルケースの中の昆虫たちが一斉に羽音を立て、光へ向かって飛び出した。
「!」
兵士の一人が反射的に顔を覆う。無数の昆虫が宙を舞い、兵士たちのヘルメットやバイザーを叩き、動きを封じる。視界はほとんど奪われ、恐怖のざわめきが隊列を乱した。
「こちらブラボー……虫の群れに襲われている!」
後退しようとしたその瞬間、金属音を響かせながらスチール棚が横にスライドし、退路を塞いだ。反対側に向かって行くが、そちらもスチール棚が動いて、出口を完全に封じた。
「しまった、罠だ!通路を塞がれた!」
その時だった。スチール棚の影に隠れていた海斗がドクターに合図を送る。
ドクターは無言で音響装置のスイッチを押した。
ブィイイイイインッッッッ!!!
轟音と高周波が室内を切り裂く。
兵士たちは耳を塞ぎ、苦痛に顔を歪める。脳髄を直接掻き回されるような不快感が、平衡感覚と集中力を奪っていく。
「うあああああっ!なんだこれは……!」
一人の兵士が思わず防毒マスクを外し、嘔吐しながらその場に膝をついた。
「こちらブラボー……音響兵器の……攻撃を受けている……」
無線から兵士たちの呻き声が聞こえてくる。
レナード少佐は、ヘッドセットから響く不穏な音に眉に皺を寄せた。
「チャーリーチーム、警戒を強化しろ。敵は予想以上に罠を張り巡らせている」
「コピー!これより正面玄関から突入する!」
一階のエントランスに向かったチャーリーチームは、催涙弾を撃ち込み、白煙が広がる中で八名が慎重に隊列を組んで突入した。ガラスのショーケースが立ち並ぶ一階フロアは、白煙に包まれ、視界が遮られた。
その中から防毒マスクを装着した海賊の一人が現れる。
「前方、敵影を確認!」
海賊は威嚇のため銃を乱射して、すぐに白煙の奥に消えた。
先頭の兵士が追跡しようと踏み込んだ瞬間――
床に仕掛けられていた漁網が突然跳ね上がり、兵士四名が、まるで網に掛かった魚のように空中に絡め取った。
「うわっ、トラップだ!」
さらに後方で退避しようとした兵士の足が、床に隠されたワイヤーの輪を踏んだ。瞬時にロープが引かれ、兵士は逆さ吊りにされた。
「ぎゃあああー!」
吊り上げられた兵士の悲鳴で動揺した他の兵士も、次々とロープトラップに掛かり吊り上げられてしまう。最後に残った兵士の一人が慌てて逃げ出すと、脇のガラスショーケースが急に大きくスライドし、兵士はショーケースに挟まれて気絶した。
ショーケースの陰から、巨体の鬼丸が顔を出し、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
無線に流れる断末魔のような叫び声を聞きながら、レナード少佐の額には冷や汗がにじんでいた。その時、ジェイコブの声が割り込んできた。
「突入は失敗したようだな。」
「……はい。もう少し時間をください。残りの兵士を投入します」
「もういい!アジトの中は罠だらけだ。次は切り札を使う」
「切り札……?」
「特殊部隊は一旦撤退しろ」
「……了解」
無線を切ると、レナード少佐は悔しさのあまり奥歯を強く噛みしめた。
地下二階の階段をゆっくり登っている二人の人影。
それはチャーリーと未来だった。
「三浦船長から頼まれてね。君を屋上に避難させてくれと頼まれたんだ。連合軍が本格的に攻撃してくる前にね」
「お父さんと海斗は?」
「彼らは捕虜の後始末があるからね。後でくるよ」
未来は足を止めた。
「私、手伝ってきます」
未来が地下倉庫へ戻ろうとすると、チャーリーは彼女の腕を掴んだ。
「聞き分けのないお嬢さんだ。大人しく付いてくればいいんだよ」
チャーリーは拳銃の銃口を未来に向けた。
「あなたは……一体何者なの?」
未来の瞳は大きく見開かれ、顔が強張っている。
「そうだな……あえて言えば“モグラ”かな」
チャーリーは目を細めて不適な笑みを浮かべた。