急襲
アジトの屋上は昼の太陽に照らされ、コンクリートの床が熱気を放っていた。
チャーリー・ブッカーは、給水タンクのわずかな影に身を潜めながら双眼鏡で周囲を監視していた。日差しが眩しく、額には玉のような汗がじわりと滲む。
ストレイドッグスの仲間たちは、沙羅の囮作戦でほとんど外に出払っていたが、チャーリーだけはアジトに残った。それは狂介に「海斗と未来を頼む」と出発前に託されたからだ。
ポケットから取り出した煙草に火を点けると、立ち昇る紫煙が暑い空気の中で揺れ、すぐに溶けて消えていった。
――その時だった。
北の空から、ヘリのローター音が微かに聞こえてきた。
チャーリーは眉をひそめ、双眼鏡を取り出して音のする方向に目を凝らした。
「……ブラックホーク二機と、リトルバード二機か」
チャーリーはすぐにトランシーバーで、三浦船長に報告した。
「ヘリが四機、こちらへ向かってきている」
「いよいよ来たか!おもてなしの準備しなきゃな」
無線越しの三浦の声には、恐怖よりもむしろ戦いを楽しむような余裕があった。チャーリーは苦笑しながらも、その胆力に感心する。三浦という男は、狂介とはまた違うタイプで、負けん気とカリスマ性は仲間たちを一つにする力があった。
上空では、ブラックホークの機内でレナード・バクスター少佐が指揮を執っていた。
「アルファチーム、屋上から潜入せよ」
「こちらアルファ、コピー!(了解)」
先行するリトルバード二機が、低空飛行でビルの屋上を目指す。この軍用ヘリは小型で機動性が高く、特殊部隊の兵士たちを素早く目的地に投入させることができる。
「こちらアルファ、屋上に一人見張りを発見。排除する」
リトルバードに乗った兵士がアサルトライフルを構えた。その銃口は、屋上のチャーリーを狙っていた。
「クソッ!見つかったか!」
チャーリーは給水タンクから飛び降り、脱兎の如く駆け出した。ヘリからの銃撃をかわしながら、屋上の床に開いた大きな穴に飛び込んで姿を消した。
「見張りが逃げた。屋上に着陸する。オーバー」
リトルバードは埃を舞上げて屋上に着陸。八名の兵士が降り立ち、周囲を素早く確認すると動かないエレベーターを横目に、階段を慎重に降り始めた。
十階のフロアはがらんとしていて、人影ひとつない。チャーリーが飛び込んだ穴が、天井にぽっかりと開いている。アルファチームは四方を警戒しながら人がいないことを確認した。
「クリア!」
アルファチームは素早く階下へ向かう。
九階に差し掛かると、唐突に銃声が響き渡った。
「こちらアルファ、敵の攻撃を受けている!オーバー」
九階フロアの入口に、廃材を積み上げて作られたバリケードがあり、その背後から、瀧田と子分たちが容赦なくライフルを撃ちまくった。
火花が散って、銃弾が壁に当たって白煙を吹く。
アルファチームも応戦して銃撃戦になる。
レナード少佐は即座に別チームへ指令を飛ばした。
「ブラボーとチャーリー、降下開始!」
ブラックホーク二機がアジト近くの空中でホバリングする。側面のドアが勢いよく開かれ、兵士たちが次々にロープを伝って降下していく。
ブラボーチーム八名、チャーリーチーム十名――二つの部隊が、別ルートからアジトを挟み撃ちにする構えだった。
「ブラボーチームは地下二階から侵入。チャーリーチームは正面玄関から突入せよ」
九階フロア入口での銃撃戦は次第に激しさを増した。
アルファチームの兵士がグレネードランチャーで催涙弾を撃ち込むと、瞬く間に白い煙が充満し、涙と咳で目が開けられない状態になる。
「下がれ!」
瀧田たちは催涙ガスにやられて慌てて後退する。
「よし、突入する。」
アルファチームは一気にバリケードを乗り越えて突入する。
視界の先には、四人の兵士が、手足を縛られ、口をガムテープで塞がれた状態で床に座らされている。
「こちらアルファ、仲間を発見した」
「よし、敵の攻撃に用心しながら救出せよ」
「コピー!」
隊員たちは警戒しながら捕虜に近づいていく。
――あと一メートルというところで、突然、床がギシリと音を立て、次の瞬間、床が歪んでバラバラになって崩れ落ちていった。
「うわあああああっ!」
アルファチーム八名が一斉に階下へと落下した。
そこは鉄枠で囲われた檻のような空間で、深さはおよそ五メートル。全身を強く打ちつけ、兵士たちは身動きが取れなくなった。
「こちらアルファ。仕掛けられた穴に落ちた。身動きがとれない……」
悲鳴のような無線報告に続き、頭上から笑い声が降ってきた。
天井の穴から顔を出したのは、瀧田と三浦船長だった。
「カシラ、まんまと罠に引っかかりましたね!」
「ああ、大漁だな!」
三浦船長は愉快そうに穴を覗き込み、檻の中で動けなくなった兵士たちに向かって豪快に叫んだ。
「ウェルカム・トゥ・ニンジャハウス!」