表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/32

脱出

 ヴェイオス・バイオテック社の地下施設に警報が鳴り響いた。耳を劈くような凄まじい音が施設内に反響する。


「気付かれたか、逃げるぞ!」


 狂介の掛け声で、海斗たちは未来を連れて研究室を飛び出し、エレベーターの元へと走っていく。沙羅が素早くパネルのボタンを押すが、液晶画面に赤い警告表示が点滅していた。


「……あれ?動かないよ!」


「ロックがかかっているようだ。非常階段を使おう。こっちだ!」とドクターが皆を誘導する。


 廊下の奥にある非常階段の扉をドクターが押し開けた。そこには灰色のコンクリートの壁に囲まれ上下に鉄の階段が果てしなく続いていた。


「……みんな、先に行っててくれ」狂介がアサルトライフルを肩に担ぎ上げる。

「俺は十階のファームを潰してくる」


「アニキ、俺も行く!」村上が食い気味に手を挙げた。


 狂介は軽く笑って頷いた。


「沙羅、海斗、あとは任せたぞ」と言い残して、狂介と村上は非常階段を駆け下りていった。


「もう……勝手にヒーロー気取りしないでよね」沙羅が呆れ顔で見送る。


 海斗は未来を支えながら、階段を一段ずつ登っていく。その背中には、未来の弱々しい手がしがみついていた。


 途中の踊り場に差し掛かったそのとき、非常口のドアが唐突に開いた。警備員の男が現れて、沙羅の肩に警棒を振り下ろす。


「うっ……!」


 鈍い音とともに沙羅は床に倒れて苦痛で呻いた。


「くそっ!」


 反射的に、海斗は拳銃を抜いて構える。警備員が再び警棒を振りかざすより早く、彼は足を狙って一発放った。


「ぐあっ!」と悲鳴と共に警備員は崩れ落ちる。


「沙羅、大丈夫か!」と海斗が沙羅に手を貸して立たせる。


「ああ……大丈夫だ。油断しちまった」


 沙羅は立ち上がって、倒れている警備員に一発蹴りを入れた。


「さっきのお礼だよ!」


 海斗たちは再び非常階段を登り始めた。



 その頃、地下十階に着いた狂介と村上は異様な光景を目の当たりにしていた。広大な実験フロアには巨大なガラス製の培養槽が何十基も並び、それぞれの水槽の中には緑色の液体に浮かんだ、得体の知れない虫の幼虫が蠢いていた。

 狂介は培養槽に浮かぶ幼虫に目を凝らす。


「これが養殖施設ファームか……悪魔の温床ってわけだ」


 静かに呟いたその言葉には、怒りと嫌悪が滲んでいた。

 彼はアサルトライフルを構え、引き金を引いた。


「うらああああああああああああ!」


 無数の銃弾がガラスに突き刺さり、鈍い破裂音と共に培養槽が砕け散る。粘性のある液体とともに無数の幼虫が床に落下していく。


「うおおおおおおおおおおおおお!」

 村上も叫びながら拳銃を乱射し、床に落ちた幼虫たちに弾丸を浴びせた。


 蠢く幼虫の群れは、異様に発達した顎と脚を持ち、まるで何かに飢えているかのように暴れていた。

 狂介は目の前で母親がビッグバグに襲われる瞬間が、今も脳裏に焼き付いている。

 その復讐を今、果たそうとしていた。

「クソ虫が!」

 狂介はその一匹を踏みつけ、さらに銃弾を撃ち込んだ。


 やがて培養槽はすべて破壊され、床にはガラスの破片と絶命した幼虫たちの死骸が転がっていた。その光景を満足気に眺めながら、狂介は荒い呼吸を整え、額の汗を吹いた。


「よし、地上に戻るぞ」


 狂介は村上を連れてファームを後にした。



 地上一階――


 海斗たちは裏口に辿り着いた。そこには逃走用のバイクが三台、物陰に隠すようにして置かれていた。

 遅れて狂介と村上も合流した。


「おい、間に合ったぜ!」


 直後、トランシーバーからチャーリーの声が飛び込んできた。


「狂介!ハンヴィーが隊列を組んで、こっちに向かってきてる。はやく逃げろ」


「了解!全員、バイクに乗れ!」


 狂介の指示で、三台のバイクにそれぞれ乗り込んだ。

 狂介と村上、沙羅とドクター、海斗と未来で分乗して出発した。


「バラバラに逃げるぞ!散開だ!」


 轟音を上げて、三台のバイクは三方向に分かれ、夜の道路へと飛び出していった。



 海斗は未来を背に乗せ、国道十六号線を拝島方面へ向かってバイクを走らせていた。夜の道路はひび割れ、所々に穴が開いているので、用心しながら運転をしなければいけないが、速度を落とせば、すぐに追いつかれる危険性がある。

 背後から、唸るようなエンジン音が近づいてくる。振り返ると、軍用高機動車ハンヴィーが二台、ヘッドライトを照らしながら迫っていた。


「来たな……!」


 ハンヴィ―の屋根に搭載された銃座から兵士が機関銃でバイクを狙う。

 銃口が火を吹き、銃声が暗闇を切り裂いて、アスファルトに火花が散る。


「撃ってきた!」


「怖い……」未来が背中にしがみついてくる。


 海斗はバイクを左右にハンドルを切り、銃弾を避けながら速度を上げ、上り坂を登っていく。

 坂を登りきったところで、彼の視界に映ったのは、信じられない光景だった。


「あっ!!」


 下り坂の先の道路が水没して行き止まりになっていた。


「くそっ、行き止まりかよ!」海斗は急ブレーキをかけた。

 タイヤから白煙を上げバイクが止まる。


 多摩川の下流域は大洪水による増水で一面が海のような光景が広がっていた。


 背後からハンヴィ―のエンジンの咆哮が迫ってくる。


「海斗……」と未来が恐怖に震えている。


 ハンヴィ―は海斗たちの目の前に音を立てて止まり、一人の屈強な兵士が降りてきた。兵士はアサルトライフルを構え、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「Don't move!(動くな)」


 海斗は左手を上げ、右手で拳銃のホルスターに手をかける。


 だが、その瞬間――


(ダメ……海斗。撃たないで。あなたが殺されてしまう)


 それは声ではなかった。未来の思考が、海斗の意識へと直接流れ込んできた。


「……わかったよ」


 海斗は静かに拳銃から手を離し、両手を高く上げた。

 暗闇の海に阻まれた絶望的状況の中で、彼らは運命の瞬間を迎える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ