潜入
救出作戦決行の夜。
月は薄暗い雲に隠れ、闇が廃墟の街を覆っていた。
ヴェイオス・バイオテック社――
東京郊外にそびえ立つ、この巨大な研究施設は、表向きは医療・バイオテクノロジーの先端企業として世間に知られていた。だが、その実態は“世界連合軍”直轄の軍事研究機関だった。生物兵器、ウイルス兵器を開発し、“ビッグバグ”の発生源として、密かに蠢く悪夢の拠点だった。
その建物の裏手に、五つの影が姿を現した。
海斗、狂介、沙羅、村上は迷彩服に身を包み、防毒マスクを装着して変装しているが、ドクターは普段の白衣のままだった。
「こちら目的地に到着。そちらの様子はどうだ?」
狂介がトランシーバーに小声で話しかける。
近くのビルの屋上。スナイパーライフルを構えたチャーリー・ブッカーがスコープを覗き込んでいた。ヴェイオス・バイオテック社のビルの周辺をドローンがホバリングしながら監視している。赤外線と夜間撮影カメラを搭載した軍用機のようだった。
「ドローンが見張ってる。これから排除する」
チャーリーは深く息を吸い、トリガーを絞った。
小さな発砲音が夜の静寂を裂く。わずかな間のあと、ドローンが空中で火花を散らし、金属片を撒き散らしながら落下した。
「ドローンを仕留めた」
「了解、今から裏口に移動する」
狂介がハンドサインで合図して、五人はビルの裏口へ移動した。
そこには一人の警備員が立っていて、手を前に出して五人を制止する。
「止まりなさい。君たちは何者だ?」
「世界連合軍の者だ。脱走していた月島博士を確保したので、引き渡しのため連れてきた」
警備員は一瞬、眉をしかめて無線で連絡を取ろうとした――その瞬間だった。
とっさに沙羅が飛び出し、電撃スタンガンを警備員の首筋に突き当てた。
警備員は電流で身体が痺れて硬直し、そのまま地面に崩れ落ちた。
「はい、しばらく気絶しててね」
「さすが!素早いな」と村上が感心する。
倒れた警備員のポケットから、ドクターがセキュリティカードを抜き取った。
「これで扉が開くはずだ」
狂介がカードを受け取り、裏口のドア横にある端末にタッチした。
電子音が鳴り、赤だったライトが青に変わる。
「よし、行くぞ」
狂介が扉を開け、海斗たちは兵士の隊列を装いながら中へ入っていく。
監視カメラを意識しながら、廊下を通ってエレベーターホールに到着。地下へ行くため下りのボタンを押すと扉が開いて、五人は中に乗り込んだ。
狂介が地下八階のボタンを押すとエレベーターは静かに地下へ降りていく。
地下八階――
エレベーターの扉が開くと、そこには研究施設の鉄製の扉が待ち構えていた。
ここに未来が閉じ込められているかと思うと、海斗の心臓は高鳴った。
ドクターはスキャン装置の前に立って、スキャナーの前に指を置き、眼を近づけた。
指紋認証……承認
網膜スキャン……承認
重々しい鉄扉が電子音とともにガタンとロックが外れ、ゆっくりと左右に開いた。
中にはガラス張りのパーテーションで仕切られた研究区画が広がっていた。
海斗たちは通路を慎重に進んでいった。
海斗はガラス越しに目を凝らすと、奥に白衣に包まれた研究員たちが装置の前に立ち、中央のベッドに少女の姿があった。
ベッドに寝かされていたのは――未来だった。
頭部と胸部にセンサーが貼り付けられ、モニターに生体データが映し出されている。
「未来……」
海斗はドクターに指を指して確認すると、彼は無言で頷いた。
狂介はそれに気付き、アサルトライフルを構える。
「行くぞ!」
彼の合図と同時に、扉を蹴り破り研究室内へ突入。
「動くな!」
三人の研究員は武装兵士の突入にて驚いた様子で一斉に手を上げた。
「はいはい、大人しく良い子にしてれば痛い目にあわなくてすむんだよ」
沙羅がニヤリと笑い、村上とともに研究員たちを床に伏せさせ、粘着テープで手足を縛る。
その間に、海斗は未来のベッドへ駆け寄る。
「未来!」
声に反応するように、未来がゆっくりと目を開ける。
「……かいと……?」
「未来、ボクだよ。助けに来た!」
海斗の顔を認めた瞬間、未来の瞳から涙が溢れ出した。
「海斗……ありがとう……」
その声に、背後からドクターがゆっくりと歩み寄る。
「未来……!」
「お父さん……!」
未来はベッドから身を起こし、ドクターの胸に飛び込んだ。
「こんな目にあわせてしまって……すまなかった」
「ううん……会いたかったよ……」
再会した親子が抱き合うその姿を、海斗は涙をこらえながら見つめていた。
この瞬間のために、ここまで来たのだ。全てが報われた気がした。
「……急げ。気付かれる前に脱出するぞ」
狂介の言葉に、海斗たちは我に返り研究室を後にした。